【失恋墓地】作:トガシテツヤ 様:ミステリー
概要
その墓地には、読まれなかったラブレターが集まる…。
どれほど熱い、どれほど清い、どれほど甘い想いを綴られても、封を解かれず
読まれなかった恋文は、好きとは言えない恋文は。死んでしまった。
★トガシテツヤ様、開いてもらえなかったラブレターはまさしく「死」と
いうイメージがぴったり胸に合いました。失恋墓地でいつまでも眠り続けるのでしょうね。
これからも素敵な作品をお待ちしてます。また朗読の機会を頂ければと存じます。
ありがとうございました!
どれほど熱い、どれほど清い、どれほど甘い想いを綴られても、封を解かれず
読まれなかった恋文は、好きとは言えない恋文は。死んでしまった。
★トガシテツヤ様、開いてもらえなかったラブレターはまさしく「死」と
いうイメージがぴったり胸に合いました。失恋墓地でいつまでも眠り続けるのでしょうね。
これからも素敵な作品をお待ちしてます。また朗読の機会を頂ければと存じます。
ありがとうございました!
語り手: 水乃樹 純
語り手(かな): みずのき じゅん
Twitter ID: jun_mizunoki
更新日: 2023/08/26 04:54
エピソード名: 失恋墓地
小説名: 失恋墓地
作家: トガシテツヤ
Twitter ID: Togashi_Design
本編
「よう、マスター」
私が右手を上げると、マスターは「いらっしゃいませ」と小さく会釈した。相変わらずオールバックがキマっている。もう10年来の付き合いだが、マスターの外見は全く変わらない。
カウンターの中心から、少し左の席に座る。
「水割りでよろしいですか?」
「ああ、頼むよ」
このバーで水割り以外の酒を頼んだことがない。いや、そもそも水割り以外の酒は置いてあるんだろうか。
「今月は1通だけですね」
「1通か。良かった……って、言っていいのかな?」
マスターは微笑みながら「そうですね」と言い、白い封筒をカウンターに置く。封筒には何も書かれていない。
私が水割りのグラスを掲げて頷くと、マスターは封筒にそっと手を置き、「読ませてもらいますね」と呟いて目を閉じた。
――潮の香りがします。海の近くに住んでいたんですね。
――中学1年生の女の子。先輩……サッカー部のキャプテンに宛てた手紙です。
「中学1年か……早いな」
『先輩、大好きです』
グラスの中の氷が「カラン」と心地いい音を立てる。
「ずいぶんとストレートだな」
「以上です」
「え? それだけ?」
「多分、これ以外はあとで書くつもりだったんでしょう」
「なるほど、書き終えないまま……か」
突然、入口の方から女の子が歩いて来た。足音はしない。
「死因は?」
私は遠慮なしに聞く。
「それを書いてて、アイスを買いにコンビニに行ったら、帰りに信号無視のトラックに……」「そうか……気の毒に」
先月は病気で亡くなった人の手紙だった。出されなかった手紙ほど、人の未練を宿すものはない。
「ありがとう」
女の子はそう言うと、スーッと姿を消した。
私は水割りを|呷《あお》る。
「そろそろ閉めましょうか」
私が「二度と会わないことを願って」と言うと、マスターは深々と頭を下げた。その瞬間、辺りは暗闇に包まれる。
少しずつ目が慣れてくると、辺り一面に墓地が広がった。
口の中に、かすかに水割りの味が残っている。
その余韻に浸りながら、私は自分の世界へと戻った。
私が右手を上げると、マスターは「いらっしゃいませ」と小さく会釈した。相変わらずオールバックがキマっている。もう10年来の付き合いだが、マスターの外見は全く変わらない。
カウンターの中心から、少し左の席に座る。
「水割りでよろしいですか?」
「ああ、頼むよ」
このバーで水割り以外の酒を頼んだことがない。いや、そもそも水割り以外の酒は置いてあるんだろうか。
「今月は1通だけですね」
「1通か。良かった……って、言っていいのかな?」
マスターは微笑みながら「そうですね」と言い、白い封筒をカウンターに置く。封筒には何も書かれていない。
私が水割りのグラスを掲げて頷くと、マスターは封筒にそっと手を置き、「読ませてもらいますね」と呟いて目を閉じた。
――潮の香りがします。海の近くに住んでいたんですね。
――中学1年生の女の子。先輩……サッカー部のキャプテンに宛てた手紙です。
「中学1年か……早いな」
『先輩、大好きです』
グラスの中の氷が「カラン」と心地いい音を立てる。
「ずいぶんとストレートだな」
「以上です」
「え? それだけ?」
「多分、これ以外はあとで書くつもりだったんでしょう」
「なるほど、書き終えないまま……か」
突然、入口の方から女の子が歩いて来た。足音はしない。
「死因は?」
私は遠慮なしに聞く。
「それを書いてて、アイスを買いにコンビニに行ったら、帰りに信号無視のトラックに……」「そうか……気の毒に」
先月は病気で亡くなった人の手紙だった。出されなかった手紙ほど、人の未練を宿すものはない。
「ありがとう」
女の子はそう言うと、スーッと姿を消した。
私は水割りを|呷《あお》る。
「そろそろ閉めましょうか」
私が「二度と会わないことを願って」と言うと、マスターは深々と頭を下げた。その瞬間、辺りは暗闇に包まれる。
少しずつ目が慣れてくると、辺り一面に墓地が広がった。
口の中に、かすかに水割りの味が残っている。
その余韻に浸りながら、私は自分の世界へと戻った。