失恋墓地【作:トガシテツヤ/演:尾花そこつ】
概要
いつものように水割りを頼み、誰にも読まれる事のなかったラブレターに心を寄せる。
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酒を片手に大の大人が二人、カウンターを挟んで読むのが年端もいかない女の子のラブレターっていうギャップが面白いですよね。
夢から醒めるような物悲しい締め方も良いなとは思いつつ、墓地ってそこにも掛かってるんだ? みたいなおかしさも一緒に来るので少し感情の置き場所に戸惑う不思議な作品でした。
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酒を片手に大の大人が二人、カウンターを挟んで読むのが年端もいかない女の子のラブレターっていうギャップが面白いですよね。
夢から醒めるような物悲しい締め方も良いなとは思いつつ、墓地ってそこにも掛かってるんだ? みたいなおかしさも一緒に来るので少し感情の置き場所に戸惑う不思議な作品でした。
語り手: 尾花そこつ
語り手(かな):
Twitter ID: O_Sokotsu
更新日: 2023/06/02 21:46
エピソード名: 失恋墓地
小説名: 失恋墓地
作家: トガシテツヤ
Twitter ID: Togashi_Design
本編
「よう、マスター」
私が右手を上げると、マスターは「いらっしゃいませ」と小さく会釈した。相変わらずオールバックがキマっている。もう10年来の付き合いだが、マスターの外見は全く変わらない。
カウンターの中心から、少し左の席に座る。
「水割りでよろしいですか?」
「ああ、頼むよ」
このバーで水割り以外の酒を頼んだことがない。いや、そもそも水割り以外の酒は置いてあるんだろうか。
「今月は1通だけですね」
「1通か。良かった……って、言っていいのかな?」
マスターは微笑みながら「そうですね」と言い、白い封筒をカウンターに置く。封筒には何も書かれていない。
私が水割りのグラスを掲げて頷くと、マスターは封筒にそっと手を置き、「読ませてもらいますね」と呟いて目を閉じた。
――潮の香りがします。海の近くに住んでいたんですね。
――中学1年生の女の子。先輩……サッカー部のキャプテンに宛てた手紙です。
「中学1年か……早いな」
『先輩、大好きです』
グラスの中の氷が「カラン」と心地いい音を立てる。
「ずいぶんとストレートだな」
「以上です」
「え? それだけ?」
「多分、これ以外はあとで書くつもりだったんでしょう」
「なるほど、書き終えないまま……か」
突然、入口の方から女の子が歩いて来た。足音はしない。
「死因は?」
私は遠慮なしに聞く。
「それを書いてて、アイスを買いにコンビニに行ったら、帰りに信号無視のトラックに……」「そうか……気の毒に」
先月は病気で亡くなった人の手紙だった。出されなかった手紙ほど、人の未練を宿すものはない。
「ありがとう」
女の子はそう言うと、スーッと姿を消した。
私は水割りを|呷《あお》る。
「そろそろ閉めましょうか」
私が「二度と会わないことを願って」と言うと、マスターは深々と頭を下げた。その瞬間、辺りは暗闇に包まれる。
少しずつ目が慣れてくると、辺り一面に墓地が広がった。
口の中に、かすかに水割りの味が残っている。
その余韻に浸りながら、私は自分の世界へと戻った。
私が右手を上げると、マスターは「いらっしゃいませ」と小さく会釈した。相変わらずオールバックがキマっている。もう10年来の付き合いだが、マスターの外見は全く変わらない。
カウンターの中心から、少し左の席に座る。
「水割りでよろしいですか?」
「ああ、頼むよ」
このバーで水割り以外の酒を頼んだことがない。いや、そもそも水割り以外の酒は置いてあるんだろうか。
「今月は1通だけですね」
「1通か。良かった……って、言っていいのかな?」
マスターは微笑みながら「そうですね」と言い、白い封筒をカウンターに置く。封筒には何も書かれていない。
私が水割りのグラスを掲げて頷くと、マスターは封筒にそっと手を置き、「読ませてもらいますね」と呟いて目を閉じた。
――潮の香りがします。海の近くに住んでいたんですね。
――中学1年生の女の子。先輩……サッカー部のキャプテンに宛てた手紙です。
「中学1年か……早いな」
『先輩、大好きです』
グラスの中の氷が「カラン」と心地いい音を立てる。
「ずいぶんとストレートだな」
「以上です」
「え? それだけ?」
「多分、これ以外はあとで書くつもりだったんでしょう」
「なるほど、書き終えないまま……か」
突然、入口の方から女の子が歩いて来た。足音はしない。
「死因は?」
私は遠慮なしに聞く。
「それを書いてて、アイスを買いにコンビニに行ったら、帰りに信号無視のトラックに……」「そうか……気の毒に」
先月は病気で亡くなった人の手紙だった。出されなかった手紙ほど、人の未練を宿すものはない。
「ありがとう」
女の子はそう言うと、スーッと姿を消した。
私は水割りを|呷《あお》る。
「そろそろ閉めましょうか」
私が「二度と会わないことを願って」と言うと、マスターは深々と頭を下げた。その瞬間、辺りは暗闇に包まれる。
少しずつ目が慣れてくると、辺り一面に墓地が広がった。
口の中に、かすかに水割りの味が残っている。
その余韻に浸りながら、私は自分の世界へと戻った。