聴くっしょ!作品を朗読してみた~ 柊 あると・臨死体験~朗読:yukisige

概要

体験した事もない臨死体験ですが、この作品を読むと妙にリアルなのです。
作者様はもしや…?

朗読承認ありがとうございました!

語り手: yukisige
語り手(かな):

Twitter ID: @yukisige13
更新日: 2024/07/03 09:12

エピソード名: 臨死体験

小説名: 臨死体験
作家: 柊 あると
Twitter ID: alto_hiiragi


本編

 あなたは友人が亡くなったという手紙を手にしていました。ふっと、半世紀も前の記憶がよみがえります。八歳だったあなたは、病院のベッドに寝かされています。何やら黒いお椀のようなものが口に近づいてきました。がばっとそれで口を塞がれたので、あなたは何が起こったのか、皆目わからずに大きく目を見開いて天井を見上げていました。声が聞こえてきます。

「ゆっくりと、十まで数えてください」

 被されたマスクで息ができません。それでもあなたは必死で数えています。

「い~ち。にぃ~い。さぁ~ん。……」

 あなたはとても苦しかったけれど、必死に数を数えています。

「はぁ~ち……」

 そこであなたの意識は途切れました。……が、すぐさま目を覚ましました。あなたの目には、あなたに覆い被さるように何かをしている人の、背中で結ばれたエプロンの三つの結び目が見えています。

「なんだろう?」

 あなたは天井に張り付いてその姿を見ていましたが、すぐさま情景が変わりました。

 あなたは青黒く分厚い雲の渦でできたトンネルの中にいます。ゆっくりと渦が回っていて、足が宙(ちゅう)に浮いているような感じです。トンネルの先を見ると、ものすごく遠くに八ミリ玉の真珠色をした出口が見えています。そこに意識を集中すると、あなたは出口の先はとても楽しいところだと分かりました。

 気がつくと、すぐ近くにかわいらしい乳児に白い羽をつけた二人の天使が飛び回っています。プルンっとしたお尻に目が行きます。

「鬼ごっこしよう。おいでよ。おいでよ。早く。早く」

 天使たちがあなたを誘っています。あなたは、天使がトンネルの出口に向かって飛んでいくのを追いかけ始めます。

「待って。待って」

 あなたは天使を追いかけるのですが、足が宙を蹴っているので、一向に先へは進めません。それでもあなたは、一生懸命に天使たちを追いかけています。

「早く。早く」

「待って。待って」

 あなたはどんどんと天使との距離が離れていくので、焦りながら一生懸命に走っています。それでも地面がない雲のトンネルの中では、あなたは全く出口には近づけません。ついに、天使たちだけが明るい出口へと消えていきました。

「あ~あ、置いていかれちゃった」

 呟いた瞬間、あなたは泣きはらした目の母親を、見つめていました。吐き気がして目が回ります。

「よかった。大量に吐いたから、このまま死ぬんじゃないかと思ったわ」

 遠くで母親の声がしましたが、あなたは再び意識を失いました。次に気がついたのは車中です。車窓を流れる街をぼんやりと見つめていました。

「気がついた? 何か食べたいものはある?」

 母親の問いかけに、あなたは躊躇することなく呟きました。

「桃が食べたい」

 あなたの目の中には、天使のお尻が見えていたのでした。

 それから二十年後です。あなたは「臨死体験」という本を手にしていました。そこに書かれている体験談は、あなたが実際に体験したあのトンネルの様子と酷似していることに気がつきます。あなたは自分が「臨死体験」をしたことを確信しました。クロロフォルムを嗅がされて、意識を失った直後あなたが見たものは、「幽体離脱」したあなたが天井に張り付いて見降ろしていた、執刀医の姿だったのだと分かりました。あなたは自分の魂が肉体から離脱して、天使に導かれて死者の世界へと誘(いざな)われたことを理解したのです。トンネルの先の明るい世界は「死者の世界」だったのだろうと推測しました。

 その後のあなたは、「死」を恐れなくなりました。あなたが八歳の時に体験したのが「臨死体験」であるならば、「死」の瞬間は大騒ぎするほどのものではないと知っています。一瞬意識を失いますが、すぐに「魂」は肉体を離れるので、肉体的苦痛は一瞬だと知っているのです。しかし、あなたは「死は怖いものではない」とは誰にも言いません。言ったところで理解できる人がいないことをあなたは知っています。あなた自身も、確信しているわけではないと、心の中で付け加えています。しかし、「臨死体験」をした多くの人が、一様に同じような状況に置かれることは本に書かれています。あなたは希望的な思いを込めて、「死」は怖いものではないと思うのです。

 亡くなった友人は、トンネルを抜け出口にたどり着いたのだと、あなたは思いました。  
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