【短編朗読】その手紙は届かなかった/はれのそら(作)

概要

WEBラジオNFRS「サウンドアンソロジー」にて、2023年1月31日放送回で公開されました。
お楽しみ頂ければ幸いです。

はれのそら様 承認ありがとうございました。
今後の創作活動も応援しております。

語り手: 吉史あん
語り手(かな): よしふみあん

Twitter ID: tsubuyakiaiueon
更新日: 2023/10/22 22:12

エピソード名: 『その手紙は届かなかった』

小説名: 『その手紙は届かなかった』
作家: はれのそら
Twitter ID: hareno123


本編

お誕生日おめでとう。

びっくりしたでしょ、1年以上先の日に郵送する有料サービスがあって利用したの。

そちらの季節は夏になるのかな。

あなた、元気にしてるかな。
こうして、自筆の手紙を書くなんて生まれてはじめて。

でも、今回筆をとりました。
理由は電子データで残すと、あなた以外の人が見てしまうから。

後、お願い。
この手紙を読み終えたら誰にも見せずに燃やしてほしいの。

頼むから読まずに手紙を食べたりしないでね。
でもあなたならやっちゃいそう。

あ、まあ職務に真面目なあなたなら……多分大丈夫でしょう。
その役目はあなたしかできない。
だってこの手紙はあなただけにあてたものなんだから。
この手紙を読んでいる一年後のあなた。
元気でしょうか?
元気なら、今から私の正直な思いを綴ります。
私の汚い感情をです。
私は汚い人間です。
あなたの不幸を心底望んでます。

現にあなたが死ぬほど見ている、紙の便箋にしたためたから。
それは、私からの精一杯の嫌がらせに過ぎないからです。
ざまーみろ。
仕事に支障が出てしまえ。
あなたには幸せになって欲しくありません。
私の事を逐一、どんな時も思い出して欲しいです。
何回でも泣いて欲しいです。
苦しんで。
失った悲しみでいつまでも沈んでいて欲しいです。

だってそうでしょ。
あなたはいつも屈託のない笑顔で私に接して。
優しい眼差しで私を見守って。
あなたはほんとうに素直な人。
私の心にノックもしないで上がりこんできた。
あなたが勝手に住み着き始めて。

あなたのぬくもりで、私の絶望していた心が気持ちよく溶けていきました。

ねぇ、あなたも。



私みたいに余命半年の、手術の成功率が30%を切っている、難病にかかれば良かった。
私は難病にかかる前から、色々な病気で伏せっていた。ほとんど、外に出かけたことなんてなかった。
両親から有り余るお金をもらっていても、一人きり。
親族も誰も見舞いにこなかった。
真っ白な病室は透明な牢獄そのものだった。
そうだ、あなたも一人きりだったね。
ただ私と違うのは、親が早くに亡くなって本当に1人になってしまったこと。
でも、あなたはいつも明るくニコニコ。
ネットでの性格そのままなんて。
素敵な笑顔だった。
明日は必ずいいことあると、真剣な目で私を見つめるから。
ネットで知り合って、こんな出会いができたなんて……私にはもったいないよ。

だけど、あなたに会わなければ良かったと思うの。

あなたに会わなかったら、きっと未練なく死ねた。
病気のせいで、もうなにもかもどうでもいいと思っていた。
そんな私に『外の世界』を教えてくれたあなた。
ほんとうにほんとうに。
あなた、残酷だよ。恨むよ。なにより、ずるいよ。
もっともっと、生きたくなってきちゃったじゃない。
まだ見た事ない景色を一緒に眺めたい、と思ったじゃない。
まだまだあなたと喋りたいのに。
唇が触れ合う以上の事もしたいのに。
あなたとずっと一緒にいたいのに。
だから、あなたの不幸を望みます。
私のいない場所で、嘆き悲しんでください。死ぬまでそうして下さい。

随分長くなりました。
私から生まれた汚い、激しい思いを伝えました。
生きるか死ぬかの手術の前日だからね。ごめん許して。
でも、どうしてかな。汚くて、醜い気持ちなのに涙がこぼれます。
ずっと止まりません。

あ、わかった。

あなたのこと、愛しているからだ。
やっぱりあなたには幸せになってほしいな。
だから、読み終えたら、便箋を焼いて空に還して下さい。
私への返事は、それで必ず届くから。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 と、筆圧の薄い便箋を丁寧に読む者がいた。便箋の文字が涙で汚くなってしまう。
 それでも、読む事をやめなかった。不意にヴァイブレーションの音が室内に響き渡った。

 スマホの画面は恋人の名前。元難病の女性は勢いよく病室から飛び出した。

 彼女は走った。自筆の手紙をコートのポケットに入れて。
 ふらつきながら、『外の世界』に迷いながら郵便局に向かった。理由なんて一つ。奇跡的に手術が成功し、その1年後に退院が決まって、1番に連絡がきたから。

 この、どうしようもなかった気持ちを手紙で伝えたかったから。

 何度も道を間違いながら、彼女は遂に郵便局へ到着した。郵送の窓口へ進む。手紙を握りしめる。

「あっ、愛衣ちゃん」窓口の男性は微笑んで言った。
 いつもと変わらないニコニコ。ずるい。ほんとに……ずるい。その笑顔が引き金になった。

 彼女はずかずかと愛衣の恋人である従業員に近づき、抱きしめる。
 彼女は言った。

「誕生日おめでとう。大好き!」
「ありがとう、僕もだよ」
 抱きしめた。手紙はポケットに仕舞われたままだった。

『その手紙は届かなかった。』

(了)
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