『その手紙は届かなかった』

作家: はれのそら
作家(かな):

『その手紙は届かなかった』

更新日: 2023/06/02 21:46
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本編


お誕生日おめでとう。

びっくりしたでしょ、1年以上先の日に郵送する有料サービスがあって利用したの。

そちらの季節は夏になるのかな。

あなた、元気にしてるかな。
こうして、自筆の手紙を書くなんて生まれてはじめて。

でも、今回筆をとりました。
理由は電子データで残すと、あなた以外の人が見てしまうから。

後、お願い。
この手紙を読み終えたら誰にも見せずに燃やしてほしいの。

頼むから読まずに手紙を食べたりしないでね。
でもあなたならやっちゃいそう。

あ、まあ職務に真面目なあなたなら……多分大丈夫でしょう。
その役目はあなたしかできない。
だってこの手紙はあなただけにあてたものなんだから。
この手紙を読んでいる一年後のあなた。
元気でしょうか?
元気なら、今から私の正直な思いを綴ります。
私の汚い感情をです。
私は汚い人間です。
あなたの不幸を心底望んでます。

現にあなたが死ぬほど見ている、紙の便箋にしたためたから。
それは、私からの精一杯の嫌がらせに過ぎないからです。
ざまーみろ。
仕事に支障が出てしまえ。
あなたには幸せになって欲しくありません。
私の事を逐一、どんな時も思い出して欲しいです。
何回でも泣いて欲しいです。
苦しんで。
失った悲しみでいつまでも沈んでいて欲しいです。

だってそうでしょ。
あなたはいつも屈託のない笑顔で私に接して。
優しい眼差しで私を見守って。
あなたはほんとうに素直な人。
私の心にノックもしないで上がりこんできた。
あなたが勝手に住み着き始めて。

あなたのぬくもりで、私の絶望していた心が気持ちよく溶けていきました。

ねぇ、あなたも。



私みたいに余命半年の、手術の成功率が30%を切っている、難病にかかれば良かった。
私は難病にかかる前から、色々な病気で伏せっていた。ほとんど、外に出かけたことなんてなかった。
両親から有り余るお金をもらっていても、一人きり。
親族も誰も見舞いにこなかった。
真っ白な病室は透明な牢獄そのものだった。
そうだ、あなたも一人きりだったね。
ただ私と違うのは、親が早くに亡くなって本当に1人になってしまったこと。
でも、あなたはいつも明るくニコニコ。
ネットでの性格そのままなんて。
素敵な笑顔だった。
明日は必ずいいことあると、真剣な目で私を見つめるから。
ネットで知り合って、こんな出会いができたなんて……私にはもったいないよ。

だけど、あなたに会わなければ良かったと思うの。

あなたに会わなかったら、きっと未練なく死ねた。
病気のせいで、もうなにもかもどうでもいいと思っていた。
そんな私に『外の世界』を教えてくれたあなた。
ほんとうにほんとうに。
あなた、残酷だよ。恨むよ。なにより、ずるいよ。
もっともっと、生きたくなってきちゃったじゃない。
まだ見た事ない景色を一緒に眺めたい、と思ったじゃない。
まだまだあなたと喋りたいのに。
唇が触れ合う以上の事もしたいのに。
あなたとずっと一緒にいたいのに。
だから、あなたの不幸を望みます。
私のいない場所で、嘆き悲しんでください。死ぬまでそうして下さい。

随分長くなりました。
私から生まれた汚い、激しい思いを伝えました。
生きるか死ぬかの手術の前日だからね。ごめん許して。
でも、どうしてかな。汚くて、醜い気持ちなのに涙がこぼれます。
ずっと止まりません。

あ、わかった。

あなたのこと、愛しているからだ。
やっぱりあなたには幸せになってほしいな。
だから、読み終えたら、便箋を焼いて空に還して下さい。
私への返事は、それで必ず届くから。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 と、筆圧の薄い便箋を丁寧に読む者がいた。便箋の文字が涙で汚くなってしまう。
 それでも、読む事をやめなかった。不意にヴァイブレーションの音が室内に響き渡った。

 スマホの画面は恋人の名前。元難病の女性は勢いよく病室から飛び出した。

 彼女は走った。自筆の手紙をコートのポケットに入れて。
 ふらつきながら、『外の世界』に迷いながら郵便局に向かった。理由なんて一つ。奇跡的に手術が成功し、その1年後に退院が決まって、1番に連絡がきたから。

 この、どうしようもなかった気持ちを手紙で伝えたかったから。

 何度も道を間違いながら、彼女は遂に郵便局へ到着した。郵送の窓口へ進む。手紙を握りしめる。

「あっ、愛衣ちゃん」窓口の男性は微笑んで言った。
 いつもと変わらないニコニコ。ずるい。ほんとに……ずるい。その笑顔が引き金になった。

 彼女はずかずかと愛衣の恋人である従業員に近づき、抱きしめる。
 彼女は言った。

「誕生日おめでとう。大好き!」
「ありがとう、僕もだよ」
 抱きしめた。手紙はポケットに仕舞われたままだった。

『その手紙は届かなかった。』

(了)
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