帰省 【朗読】
概要
あたたかい気持ちになる素敵なお話でした。
5分程度の朗読になりますので、気軽に聴いていただけたら嬉しいです。
いとうかよこ様、素敵な作品ありがとうございます!
5分程度の朗読になりますので、気軽に聴いていただけたら嬉しいです。
いとうかよこ様、素敵な作品ありがとうございます!
語り手: kuro
語り手(かな): くろ
Twitter ID: shirokuromono96
更新日: 2023/06/02 21:46
エピソード名: 帰省
小説名: 帰省
作家: いとうかよこ
Twitter ID: kotobaya
本編
「まったく、飛行機や新幹線に乗る距離でもあるまいし。もっとちょくちょく顔を出してくれてもいいんじゃない? お盆とお正月にしか帰ってこないなんて、ほんと、薄情な息子だこと」
帰ってきた途端に始まったおふくろの愚痴。うんざりしながら適当に聞き流していると、玄関から「ただいま!」と声が聞こえた。
あぁ、姉ちゃん帰ってきたのか。お盆休みだもんな。
そんなことを思い、大きなあくびをひとつ。
「夕飯までまだ時間もあることだし、ひと眠りするか」
オレは実家の居間にゴロリと寝転がり、まだ続いているらしいおふくろの愚痴をBGMにうたた寝をする。
畳の香りが、懐かしい時間にオレを引き戻していった。
「ほんと、あんたって鈍くさい」
小学3年生になっても補助輪なしの自転車に上手く乗れないオレを、呆れ顔で姉ちゃんが見おろす。
失敗するたびに派手に転んで、半べそ状態だったオレはとうとう大きな声で泣き出した。
「このくらいで泣くんじゃないの。男の子でしょ?」
「だって、だって…」
「まったく、いくつになっても泣き虫なんだから」
いかにも仕方ない、という口調で言う姉ちゃんは、その言葉とはうらはらに柔らかくオレの頭を何度もなでて、
「自転車に乗れないくらい、大したことじゃないよ」と、今度はやさしい声で言う。
「でも、しんちゃんも、ゆうくんも、みんな補助輪なしで自転車に乗れるよ」
意気地がないくせに負けず嫌いなオレの言葉に、姉ちゃんはちょっと笑った後、オレと目線を合わせてこう言った。
「そうか。でも、しんちゃんはあんたを昆虫博士って言ってるよね? ゆうくんもいっつもあんたに勉強を聞きに来る、でしょ?」
「うん、そうだけど…」
「人には、得手不得手があるんだよ」
「えて、ふえて? 何それ?」
「誰にも得意なことがあって、それは人によって違うってこと。しんちゃんやゆうくんは自転車に乗るのが上手いけど、あんたは下手。だけど、昆虫のことや学校の勉強はあんたの方が得意でしょ? だからね、自転車に乗れないくらい、大した問題じゃないんだよ」
姉ちゃんとオレは十も歳が離れていた。
そのうえ、姉ちゃんは勉強もできたし、運動神経もよくて、小さい頃のオレからしたらヒーローみたいな人だった。
だから、姉ちゃんの言うことは絶対で、正しくて。そして、姉ちゃんはいつだってオレの一番の味方だったんだ。
「ほら、いつまで寝てるの? たまに帰ってきたと思ったらゴロゴロしてばかりで、ほんと、だらしないわねぇ」
寝起きでいきなりおふくろの愚痴攻撃はキツイ。
慌てて起き上がり、茶碗でも運んでおふくろのご機嫌を取るか、と立ち上がる。
すると、目の前で、今さっき夢に出てきた姉ちゃんがニコニコと笑っていた。
「姉ちゃん、おかえり」
そう言うと、姉ちゃんは何も言わず、オレの顔をじっと見ていた。
思わず、座り直すと、姉ちゃんはオレの頭を静かになでる。
夢で見た姉ちゃんとほとんど変わらない姿で、あの頃と同じように柔らかく、何度もオレの頭をなでていた。
「ちょっと、お箸くらい運んでよ」
おふくろの声に、ハッと我に返る。
台所へ箸を取りに行くと、おふくろが親父に声をかけ、準備が整った食卓を3人で囲んだ。
姉ちゃんはそんなオレたちを、ただニコニコと笑って見ている。
盆と正月にしか帰らないオレよりずっと親不孝な姉ちゃんは、お盆にだけ帰ってくる。
でも、そのことをおふくろも親父も知らない。
オレだけが、姉ちゃんの静かな帰省を知っている。
帰ってきた途端に始まったおふくろの愚痴。うんざりしながら適当に聞き流していると、玄関から「ただいま!」と声が聞こえた。
あぁ、姉ちゃん帰ってきたのか。お盆休みだもんな。
そんなことを思い、大きなあくびをひとつ。
「夕飯までまだ時間もあることだし、ひと眠りするか」
オレは実家の居間にゴロリと寝転がり、まだ続いているらしいおふくろの愚痴をBGMにうたた寝をする。
畳の香りが、懐かしい時間にオレを引き戻していった。
「ほんと、あんたって鈍くさい」
小学3年生になっても補助輪なしの自転車に上手く乗れないオレを、呆れ顔で姉ちゃんが見おろす。
失敗するたびに派手に転んで、半べそ状態だったオレはとうとう大きな声で泣き出した。
「このくらいで泣くんじゃないの。男の子でしょ?」
「だって、だって…」
「まったく、いくつになっても泣き虫なんだから」
いかにも仕方ない、という口調で言う姉ちゃんは、その言葉とはうらはらに柔らかくオレの頭を何度もなでて、
「自転車に乗れないくらい、大したことじゃないよ」と、今度はやさしい声で言う。
「でも、しんちゃんも、ゆうくんも、みんな補助輪なしで自転車に乗れるよ」
意気地がないくせに負けず嫌いなオレの言葉に、姉ちゃんはちょっと笑った後、オレと目線を合わせてこう言った。
「そうか。でも、しんちゃんはあんたを昆虫博士って言ってるよね? ゆうくんもいっつもあんたに勉強を聞きに来る、でしょ?」
「うん、そうだけど…」
「人には、得手不得手があるんだよ」
「えて、ふえて? 何それ?」
「誰にも得意なことがあって、それは人によって違うってこと。しんちゃんやゆうくんは自転車に乗るのが上手いけど、あんたは下手。だけど、昆虫のことや学校の勉強はあんたの方が得意でしょ? だからね、自転車に乗れないくらい、大した問題じゃないんだよ」
姉ちゃんとオレは十も歳が離れていた。
そのうえ、姉ちゃんは勉強もできたし、運動神経もよくて、小さい頃のオレからしたらヒーローみたいな人だった。
だから、姉ちゃんの言うことは絶対で、正しくて。そして、姉ちゃんはいつだってオレの一番の味方だったんだ。
「ほら、いつまで寝てるの? たまに帰ってきたと思ったらゴロゴロしてばかりで、ほんと、だらしないわねぇ」
寝起きでいきなりおふくろの愚痴攻撃はキツイ。
慌てて起き上がり、茶碗でも運んでおふくろのご機嫌を取るか、と立ち上がる。
すると、目の前で、今さっき夢に出てきた姉ちゃんがニコニコと笑っていた。
「姉ちゃん、おかえり」
そう言うと、姉ちゃんは何も言わず、オレの顔をじっと見ていた。
思わず、座り直すと、姉ちゃんはオレの頭を静かになでる。
夢で見た姉ちゃんとほとんど変わらない姿で、あの頃と同じように柔らかく、何度もオレの頭をなでていた。
「ちょっと、お箸くらい運んでよ」
おふくろの声に、ハッと我に返る。
台所へ箸を取りに行くと、おふくろが親父に声をかけ、準備が整った食卓を3人で囲んだ。
姉ちゃんはそんなオレたちを、ただニコニコと笑って見ている。
盆と正月にしか帰らないオレよりずっと親不孝な姉ちゃんは、お盆にだけ帰ってくる。
でも、そのことをおふくろも親父も知らない。
オレだけが、姉ちゃんの静かな帰省を知っている。