【朗読】作家とラナンシー 作:Kyoshi Tokitsu 語り:テトミヤ【その他】
概要
Kyoshi Tokitsu様の『作家とラナンシー』を読ませていただきました。
自らの長い生の中で一際輝く己が内の世界を自らの意思で形にしようと筆を手に取った、創作の才を与える魔のモノとある男のお話。
Kyoshi Tokitsu様、素敵なお話をありがとうございました!
自らの長い生の中で一際輝く己が内の世界を自らの意思で形にしようと筆を手に取った、創作の才を与える魔のモノとある男のお話。
Kyoshi Tokitsu様、素敵なお話をありがとうございました!
語り手: テトミヤ
語り手(かな): てとみや
Twitter ID: teto_miya
更新日: 2024/11/02 09:50
エピソード名: 作家とラナンシー
小説名: 作家とラナンシー
作家: Kyoshi Tokitsu
Twitter ID: kyoshi_tokitsu
本編
ラナンシーを知っていますか? 詩人、作家の男に愛を求め、それに応じた者には無上の才を与えるという妖精です。しかし、その才を手に入れた者はそれと引き換えに必ず早逝(そうせい)すると伝えられています。それがラナンシーの愛なのです。
「ねえ、まだ気は変わらないの? 私の愛を受け入れるだけで貴方は他の誰よりも優れた作品が書けるのよ」
「そんなものに興味はない」
「嘘。貴方は作家よ。それあ、まだ名は売れていないけれど、貴方は作家。私が認めるのだから間違いないわ。それなのに優れた作品に興味がない? 嘘ね。死ぬのが怖いの?」
「勘違いするな。俺にとって死は不都合なだけだ。それに俺には才能も必要ない。ただ書きたいものを書くだけだ。俺の内にある世界を表現できればそれでいい。ましてやそれが誰かより優れていようといまいと関係ない」
「ふうん。貴方、変わってるわね」
「そんなに優れたものが好きならお前が書けばいいだろう」
「それこそ興味ないわ。私はあくまでも才能を与えるだけ。私自身、何かを書こうだなんて、思ったこともないんだもの」
「妙なものだな」
男は相変わらず、机に向かって筆を走らせていた。ラナンシーはその傍らでつまらなそうに外を眺めていた。簡素な部屋は昼間にも拘(かかわ)らず、随分と薄暗かった。そこから日暮れまで、男はひと言も発することなく書き続け、ラナンシーも何処へ行くでもなく部屋の中を歩きまわっていた。
「ねえ、貴方は一体、何を書いているの?」
ある日のこと、ラナンシーは男の肩越しに原稿用紙を覗き込んで尋ねた。男は原稿用紙を手元に引き寄せ、わずか身体を縮こまらせた。しかし、筆を止めることなく声だけ、ラナンシーに応じた。
「俺にまとわりついているくせに知らなかったのか」
「ええ、私はただ、私の愛を受け入れて欲しいだけ。別に物語だとか詩に通じている訳じゃないし、興味もないわ」
「興味がないなら俺が何を書いていようと関係ないだろう」
「いいえ、そんなことないわ。私は貴方に興味があるの。貴方が知りたいの。貴方は以前言ったわ。自分の内にある世界を表現しているって。だから私は貴方がそれほどまでに熱をあげている世界を見てみたいのよ。だって貴方ってちっとも私と遊んでくれないんだもの。知りたいのよ、貴方が」
男は手を止め、しばらく黙っていたが、やがてゆっくりと部屋の隅にある木箱を指して言った。
「見たいなら勝手に見ればいい。俺が書いたものは全てそこにある」
男は再び筆を走らせ始めた。
ラナンシーは言われたとおり、木箱からひとつずつ男の作品を取り出して読み始めた。
数日間、二人とも会話を交わさなかった。男は書き続け、ラナンシーは読み続けた。
「どうだ。何か分かったか」
男が唐突に尋ねた。
「いいえ。貴方が何を考えているのかさっぱり分からないわ。貴方はどんなメッセージを込めてこんなにたくさんの作品を書いたの?」
「メッセージ? そんなものは無い。言っただろう。俺はただ、俺の内にある世界を表現するだけだ。意味、教訓、メッセージ、そんなものがある筈(はず)がないだろう。俺の世界が作品として存在している、それだけだ」
幾日もラナンシーは男の作品を読み続けた。いつまで経ってもやはりそれらの良さは分からなかった。ただ、そこには確かに男の創りあげた世界があった。その世界を通して、ラナンシーは口数の多くない男の心を見た気がした。男は人類を愛していた。善き心を愛していた。そして意思無き集団と苦悩の民を憎んだ。人が在るがままの姿で、望む幸せが手中にあることを叫んだ。狂気とさえ思われるほどまっすぐな強い力が秘められていた。
次第にラナンシーは男の作品に魅了され、新たな作品ができあがるのを心待ちにするようになっていった。男の作品が完成する度にラナンシーの心は踊った。男もまた、少し筆の進みがはやくなったようであった。相変わらず二人の間に会話は多くなかったものの、二人は以前よりもはるかに強く結びついていた。
ある年の冬、男は死んだ。亡くなるような歳ではなかった。
寿命の概念を持たないラナンシーは人の死を幾度となく見てきた筈であった。しかし、男の死をきっかけにラナンシーの心はうろが広がるように色を失い、彼女はそれを埋めるように男が遺した作品を読み漁った。それでも彼女の心は色彩を取り戻さなかった。
そんなある日、ラナンシーの脳裏にいつか男と交わした言葉が蘇った。
「お前は書かないのか、作品を」
「書けないわ」
「そんなことはない。お前の心にどうしても表現したいものがあればできぬことはない」
「きっと、とんでもなく下手くそな作品になってしまうわ」
「いいじゃないか。お前の内にある世界がそこに現れるんだ。それは尊いことだ」
ラナンシーは男が平生(へいぜい)、作品を書いていた机に向かうと、男の使っていた筆を手に、創作を始めた。それは彼女がどうしても表現したくてたまらない己が内の世界であった。
ラナンシーを知っていますか? 詩人、作家の男に愛を求め、それに応じた者には無上の才を与えるという妖精です。しかし、その才を手に入れた者はそれと引き換えに必ず早逝すると伝えられています。それがラナンシーの愛なのです。
彼女はたった一度だけ、自分の運命を呪ったことがあります。彼女は亡くした人との思い出を振り返りながら、それを追い求めるように物語を書き始めました。
「ねえ、まだ気は変わらないの? 私の愛を受け入れるだけで貴方は他の誰よりも優れた作品が書けるのよ」
「そんなものに興味はない」
「嘘。貴方は作家よ。それあ、まだ名は売れていないけれど、貴方は作家。私が認めるのだから間違いないわ。それなのに優れた作品に興味がない? 嘘ね。死ぬのが怖いの?」
「勘違いするな。俺にとって死は不都合なだけだ。それに俺には才能も必要ない。ただ書きたいものを書くだけだ。俺の内にある世界を表現できればそれでいい。ましてやそれが誰かより優れていようといまいと関係ない」
「ふうん。貴方、変わってるわね」
「そんなに優れたものが好きならお前が書けばいいだろう」
「それこそ興味ないわ。私はあくまでも才能を与えるだけ。私自身、何かを書こうだなんて、思ったこともないんだもの」
「妙なものだな」
男は相変わらず、机に向かって筆を走らせていた。ラナンシーはその傍らでつまらなそうに外を眺めていた。簡素な部屋は昼間にも拘(かかわ)らず、随分と薄暗かった。そこから日暮れまで、男はひと言も発することなく書き続け、ラナンシーも何処へ行くでもなく部屋の中を歩きまわっていた。
「ねえ、貴方は一体、何を書いているの?」
ある日のこと、ラナンシーは男の肩越しに原稿用紙を覗き込んで尋ねた。男は原稿用紙を手元に引き寄せ、わずか身体を縮こまらせた。しかし、筆を止めることなく声だけ、ラナンシーに応じた。
「俺にまとわりついているくせに知らなかったのか」
「ええ、私はただ、私の愛を受け入れて欲しいだけ。別に物語だとか詩に通じている訳じゃないし、興味もないわ」
「興味がないなら俺が何を書いていようと関係ないだろう」
「いいえ、そんなことないわ。私は貴方に興味があるの。貴方が知りたいの。貴方は以前言ったわ。自分の内にある世界を表現しているって。だから私は貴方がそれほどまでに熱をあげている世界を見てみたいのよ。だって貴方ってちっとも私と遊んでくれないんだもの。知りたいのよ、貴方が」
男は手を止め、しばらく黙っていたが、やがてゆっくりと部屋の隅にある木箱を指して言った。
「見たいなら勝手に見ればいい。俺が書いたものは全てそこにある」
男は再び筆を走らせ始めた。
ラナンシーは言われたとおり、木箱からひとつずつ男の作品を取り出して読み始めた。
数日間、二人とも会話を交わさなかった。男は書き続け、ラナンシーは読み続けた。
「どうだ。何か分かったか」
男が唐突に尋ねた。
「いいえ。貴方が何を考えているのかさっぱり分からないわ。貴方はどんなメッセージを込めてこんなにたくさんの作品を書いたの?」
「メッセージ? そんなものは無い。言っただろう。俺はただ、俺の内にある世界を表現するだけだ。意味、教訓、メッセージ、そんなものがある筈(はず)がないだろう。俺の世界が作品として存在している、それだけだ」
幾日もラナンシーは男の作品を読み続けた。いつまで経ってもやはりそれらの良さは分からなかった。ただ、そこには確かに男の創りあげた世界があった。その世界を通して、ラナンシーは口数の多くない男の心を見た気がした。男は人類を愛していた。善き心を愛していた。そして意思無き集団と苦悩の民を憎んだ。人が在るがままの姿で、望む幸せが手中にあることを叫んだ。狂気とさえ思われるほどまっすぐな強い力が秘められていた。
次第にラナンシーは男の作品に魅了され、新たな作品ができあがるのを心待ちにするようになっていった。男の作品が完成する度にラナンシーの心は踊った。男もまた、少し筆の進みがはやくなったようであった。相変わらず二人の間に会話は多くなかったものの、二人は以前よりもはるかに強く結びついていた。
ある年の冬、男は死んだ。亡くなるような歳ではなかった。
寿命の概念を持たないラナンシーは人の死を幾度となく見てきた筈であった。しかし、男の死をきっかけにラナンシーの心はうろが広がるように色を失い、彼女はそれを埋めるように男が遺した作品を読み漁った。それでも彼女の心は色彩を取り戻さなかった。
そんなある日、ラナンシーの脳裏にいつか男と交わした言葉が蘇った。
「お前は書かないのか、作品を」
「書けないわ」
「そんなことはない。お前の心にどうしても表現したいものがあればできぬことはない」
「きっと、とんでもなく下手くそな作品になってしまうわ」
「いいじゃないか。お前の内にある世界がそこに現れるんだ。それは尊いことだ」
ラナンシーは男が平生(へいぜい)、作品を書いていた机に向かうと、男の使っていた筆を手に、創作を始めた。それは彼女がどうしても表現したくてたまらない己が内の世界であった。
ラナンシーを知っていますか? 詩人、作家の男に愛を求め、それに応じた者には無上の才を与えるという妖精です。しかし、その才を手に入れた者はそれと引き換えに必ず早逝すると伝えられています。それがラナンシーの愛なのです。
彼女はたった一度だけ、自分の運命を呪ったことがあります。彼女は亡くした人との思い出を振り返りながら、それを追い求めるように物語を書き始めました。