【朗読】海の声 作:はれのそら 語り:テトミヤ【歴史、時代、伝奇】
概要
はれのそら様の『海の声』を読ませていただきました。
お爺ちゃんが大好きな孫を前に、昔海の中で起こった若かりし頃の自分とお婆ちゃん二人の出逢いとその後を語るお話。
はれのそら様、素敵なお話をありがとうございました!
お爺ちゃんが大好きな孫を前に、昔海の中で起こった若かりし頃の自分とお婆ちゃん二人の出逢いとその後を語るお話。
はれのそら様、素敵なお話をありがとうございました!
語り手: テトミヤ
語り手(かな): てとみや
Twitter ID: teto_miya
更新日: 2024/09/29 19:09
エピソード名: 海の声
小説名: 海の声
作家: はれのそら
Twitter ID: hareno123
本編
昔々、瀬戸内の西北にある浜辺の村に三郎という、漁師の親を持つ子供がおりました。
村は漁場の屋敷以外、木造の平屋がささやかに点在するほどの小さな村でした。
等間隔に建てられた家々の屋根から、なまめいた磯の海と焼いた砂のような大地の匂いが溶け合った、浜辺の薫りが伝わってきます。
三郎は家の離れに住むおじいさん・おばあさんが好きです。特に、2人が話す摩訶不思議な世界の話しが大好きでした。
孫は今日も離れに向かい、2人の話しを聞きにいきます。
笑顔の絶えない老夫婦は、小さな箱に収まった漬物と甘酒を用意して、草履についた砂利もはたかずに、上がりかまちからやってきた三郎を温かく迎えます。
「じいちゃん、ばあちゃん。今日もおもしれえ話し、聞かせてくれろ」
深いえくぼの老婆は三郎のかかとを箒と雑巾ではたき、土間の囲炉裏のそばにある座布団に座らせます。
焦げた潮と囲炉裏の朽ちた灰の匂いが三郎を包み、ああじいちゃん達の家だと安心しました。
指をいじいじといじり、落ち着きのない三郎。
今日の彼の話し相手は、囲炉裏の対面に座ったおじいさんでした。
おばあさんはあしあとになった砂利の掃除に向かいます。
おじいさんは意地悪く話します。
「ほおか、じゃあ話してやる。じいちゃんの昔話だ。俺はな、ずっと昔悪ガキにいじめられた亀を助けてやっての。招待されたんじゃ」
「えっ、招待ってどこへ?」よくわからず、三郎はたずねました。
「海の底じゃ」
「海の底?」
「ああ、……着くまで目をつぶっとれと言われてな、目が見えん中開けろと、亀にせかされてな。目を開けると、そこには……」
「そこには?」三郎はぐっと前のめりになります。
「絵にも描けない美しい城があったんじゃ」
2
三郎は興奮して、思わずおじいさんに食いかかりました。
「ほんと!?」
おじいさんは顎に手をやり、したり顔で言います。
「ああ、言葉に尽くせないほどの歓迎を受けたんじゃ。で、俺はそれは見事なカレイ達魚の踊りを見てな、この世の物とは思えぬほどのうまい飯・酒を浴びるように食べ飲んだのだ」
「おいしかった?」
「ああ。うまかったぞ、あれほどの料理はもう一生食えないだろうな。でもな、三郎……俺はいつのまにかつまらなくなっておったのよ」
「なにに?」
「働かんでも食べられる飯・酒、娯楽。楽しいんだが、ずっと続けられるとな……なにかぽっかり心に穴が空いてしまったんじゃ。
なんだか物足りなくての、それで城の主である姫と話しをしたのじゃ……もう地上に帰りたいと」
「どうして?地上に戻ったら、働かなくちゃいけないし、うまいご飯やお酒も魚の踊りも見られなくなっちゃうんだよ」
「おまけに竜宮城の中にずっといたら、年もとらなかったんですからね」と、掃除から戻ったおばあさんが話しに入ってきます。
「ばあちゃんもじいちゃんの話し、知ってるの?」
おばあちゃんはちらりとおじいさんの気まずそうな顔を、見てから得意げに言いました。
「知ってますよ。その後ね、水底の美姫と呼ばれた乙姫とおじいさんがお互いの事を話すようになっていった。
乙姫はね、おじいさんと同じ気持ちだったの、城の主として何もかも満たされているのにどこかつまらなくて、かなしかったの。そんな気持ちだったけど、彼女は変わったの」
「乙姫はどうなったの?」
「おじいさんの事を……浦島太郎さんの事を好きになってしまったの」老婆は照れもなく言いました。
おじいさんは気まずそうに席を立ちます。
「それで、乙姫はどうしたの?」
「浦島太郎さんに同情してね、地上に返そうとしたの。……でも、やっぱりどうしても自分でも行きたくなっちゃって……駆け落ちしちゃったの。こっそり、城から2人で逃げ出したの……玉手箱を持ち出しながら」
「玉手箱って?」三郎が不思議がります。
「水底の海の住人から陸の住人になれる秘宝なの。
太郎さんと乙姫……私は年をとらない水底の海の民だったから、どうしても玉手箱を使って大地の民にならなければならなかったの。でも……」
「でも?」
3
おばあさんはこほんとせきをしました。
「でも……その代わり、玉手箱を開けたら年をとってしまうの。いつか必ず死んでしまうのよ。
それとね、私の父が大地の神様だった関係で、どっちでも大丈夫だったのよ、私は。水底でも大地でも、ずっと生きてられた。死ななかったの」
ここでおじいさんが帰ってきて、諭すように三郎に話します。
「でもよ……あいつがそういうの嫌いだったのを俺は知ってたからな……地上に出て俺は玉手箱を開けようとした。その時聞いたんだ、乙姫に。
いつか死ぬかもしれないけど……その時まで一緒に『生きて』みないかってな」
「それで乙姫は?」
水底の美姫だった、おばあさんが答えます。
「おじいさんと一緒に玉手箱を開けたわ。おじいさんと一緒に生きて、一緒に死にたかったから。
まあ、いつか死ぬ存在に変わってしまったけど……今の状況だとこわくて仕方ないわ。でもね」
とおばあさんは三郎を見てから、おじいさんに聞きます。
「おじいさん、私良かったって思うわ。あんな漬物入れの箱、開けて正解だった」
おじいさんも、うなづきます。
「ああ、竜宮城には絶対になかった宝物を俺達は見つけたんだからな」
「それってなんなの?」興味津々な様子で三郎はたずねます。
「孫のお前だよ」2人の声は揃いました。
理由はわかりませんでしたが、三郎は嬉しくて大泣きしました。
(了)
村は漁場の屋敷以外、木造の平屋がささやかに点在するほどの小さな村でした。
等間隔に建てられた家々の屋根から、なまめいた磯の海と焼いた砂のような大地の匂いが溶け合った、浜辺の薫りが伝わってきます。
三郎は家の離れに住むおじいさん・おばあさんが好きです。特に、2人が話す摩訶不思議な世界の話しが大好きでした。
孫は今日も離れに向かい、2人の話しを聞きにいきます。
笑顔の絶えない老夫婦は、小さな箱に収まった漬物と甘酒を用意して、草履についた砂利もはたかずに、上がりかまちからやってきた三郎を温かく迎えます。
「じいちゃん、ばあちゃん。今日もおもしれえ話し、聞かせてくれろ」
深いえくぼの老婆は三郎のかかとを箒と雑巾ではたき、土間の囲炉裏のそばにある座布団に座らせます。
焦げた潮と囲炉裏の朽ちた灰の匂いが三郎を包み、ああじいちゃん達の家だと安心しました。
指をいじいじといじり、落ち着きのない三郎。
今日の彼の話し相手は、囲炉裏の対面に座ったおじいさんでした。
おばあさんはあしあとになった砂利の掃除に向かいます。
おじいさんは意地悪く話します。
「ほおか、じゃあ話してやる。じいちゃんの昔話だ。俺はな、ずっと昔悪ガキにいじめられた亀を助けてやっての。招待されたんじゃ」
「えっ、招待ってどこへ?」よくわからず、三郎はたずねました。
「海の底じゃ」
「海の底?」
「ああ、……着くまで目をつぶっとれと言われてな、目が見えん中開けろと、亀にせかされてな。目を開けると、そこには……」
「そこには?」三郎はぐっと前のめりになります。
「絵にも描けない美しい城があったんじゃ」
2
三郎は興奮して、思わずおじいさんに食いかかりました。
「ほんと!?」
おじいさんは顎に手をやり、したり顔で言います。
「ああ、言葉に尽くせないほどの歓迎を受けたんじゃ。で、俺はそれは見事なカレイ達魚の踊りを見てな、この世の物とは思えぬほどのうまい飯・酒を浴びるように食べ飲んだのだ」
「おいしかった?」
「ああ。うまかったぞ、あれほどの料理はもう一生食えないだろうな。でもな、三郎……俺はいつのまにかつまらなくなっておったのよ」
「なにに?」
「働かんでも食べられる飯・酒、娯楽。楽しいんだが、ずっと続けられるとな……なにかぽっかり心に穴が空いてしまったんじゃ。
なんだか物足りなくての、それで城の主である姫と話しをしたのじゃ……もう地上に帰りたいと」
「どうして?地上に戻ったら、働かなくちゃいけないし、うまいご飯やお酒も魚の踊りも見られなくなっちゃうんだよ」
「おまけに竜宮城の中にずっといたら、年もとらなかったんですからね」と、掃除から戻ったおばあさんが話しに入ってきます。
「ばあちゃんもじいちゃんの話し、知ってるの?」
おばあちゃんはちらりとおじいさんの気まずそうな顔を、見てから得意げに言いました。
「知ってますよ。その後ね、水底の美姫と呼ばれた乙姫とおじいさんがお互いの事を話すようになっていった。
乙姫はね、おじいさんと同じ気持ちだったの、城の主として何もかも満たされているのにどこかつまらなくて、かなしかったの。そんな気持ちだったけど、彼女は変わったの」
「乙姫はどうなったの?」
「おじいさんの事を……浦島太郎さんの事を好きになってしまったの」老婆は照れもなく言いました。
おじいさんは気まずそうに席を立ちます。
「それで、乙姫はどうしたの?」
「浦島太郎さんに同情してね、地上に返そうとしたの。……でも、やっぱりどうしても自分でも行きたくなっちゃって……駆け落ちしちゃったの。こっそり、城から2人で逃げ出したの……玉手箱を持ち出しながら」
「玉手箱って?」三郎が不思議がります。
「水底の海の住人から陸の住人になれる秘宝なの。
太郎さんと乙姫……私は年をとらない水底の海の民だったから、どうしても玉手箱を使って大地の民にならなければならなかったの。でも……」
「でも?」
3
おばあさんはこほんとせきをしました。
「でも……その代わり、玉手箱を開けたら年をとってしまうの。いつか必ず死んでしまうのよ。
それとね、私の父が大地の神様だった関係で、どっちでも大丈夫だったのよ、私は。水底でも大地でも、ずっと生きてられた。死ななかったの」
ここでおじいさんが帰ってきて、諭すように三郎に話します。
「でもよ……あいつがそういうの嫌いだったのを俺は知ってたからな……地上に出て俺は玉手箱を開けようとした。その時聞いたんだ、乙姫に。
いつか死ぬかもしれないけど……その時まで一緒に『生きて』みないかってな」
「それで乙姫は?」
水底の美姫だった、おばあさんが答えます。
「おじいさんと一緒に玉手箱を開けたわ。おじいさんと一緒に生きて、一緒に死にたかったから。
まあ、いつか死ぬ存在に変わってしまったけど……今の状況だとこわくて仕方ないわ。でもね」
とおばあさんは三郎を見てから、おじいさんに聞きます。
「おじいさん、私良かったって思うわ。あんな漬物入れの箱、開けて正解だった」
おじいさんも、うなづきます。
「ああ、竜宮城には絶対になかった宝物を俺達は見つけたんだからな」
「それってなんなの?」興味津々な様子で三郎はたずねます。
「孫のお前だよ」2人の声は揃いました。
理由はわかりませんでしたが、三郎は嬉しくて大泣きしました。
(了)