朗読『バカにつける薬』 作.朽木桜斎
概要
「過ぎたるは及ばざるが如し」とはまさにこのこと。
朽木桜斎さま、素敵なお話をありがとうございます。
朽木桜斎さま、素敵なお話をありがとうございます。
語り手: 和泉吉春
語り手(かな): いずみよしはる
Twitter ID: izumi_yoshiharu
更新日: 2024/06/04 21:08
エピソード名: バカにつける薬
小説名: バカにつける薬
作家: 朽木桜斎
Twitter ID: https://twitter.com/Ohsai_Kuchiki
本編
資産家のT氏はあることに頭を悩ませていた。
それは息子の出来が悪すぎるということだ。
困った彼はある日、友人である科学者N博士にこのことを相談してみた。
「おお、それなら。まったくの偶然ですが、ちょうど『バカにつける薬』というものの開発に成功したところなのです。これを飲みさえすれば、偏差値など軽く30はアップすることうけあいですぞ」
「なんと博士、そのようなすばらしい薬があるのですか? 是が非でもいただきたいところだ。わたしにゆずってはいただけないでしょうか?」
「ほかならぬTさんの頼みとあっては断れませんな。ただ、まだ試作段階で、当然認可なども下りていません。もし、それでもかまわないのなら」
こうしてT氏はまんまと「バカにつける薬」を自宅へ持ち帰った。
さっそくその日の夕食に混ぜ、息子にこっそりと飲ませてみた。
するとどうだろう。
息子は人が変わったように勉強を始め、その日のうちに高校までのカリキュラムを完全に自分のものにした。
そしてジャンルを問わず学問を吸収し、一週間も経たないうちに、彼はノーベル賞級の頭脳を手に入れるにいたった。
「父さん、アメリカの研究所から採用通知が来ました。地球の緑化計画の一環で、大気圏へロケットを飛ばし、肥料をまくという実験があるのです」
T氏は飛び上がって喜んだ。
「おお、それはすごいことじゃないか! ぜひがんばってこいよ! 渡航や生活に必要な経費はすべてわたしが出そうじゃないか!」
「ありがとうございます。父さんの善意に感謝いたします」
息子が渡米して数カ月が経過したのち、T氏はほくほくとしながらN博士の邸宅へと向かった。
「いや~博士、ありがとうございます。おかげさまで息子もすっかり一人前に――」
「Tさん、この映像を見てくれないか……」
「は?」
博士は研究室のパソコンでブラウザを立ち上げた。
するとひとりの男性の姿が映っている。
「これは、なぜわたしの息子が……」
博士は重い口を開いた。
「世界中のサーバーがジャックされておるようじゃ。そして、ほれ」
モニターに映し出されているT氏の息子は、おもむろに語りはじめた。
「人間の存在は間違っています。この美しい地球を汚し、すっかりゴミためのように変えてしまった。神をもおそれぬ大罪と言えるでしょう。これを解決するためには、人類を地球から完全に排除しなければなりません」
息子はとくとくと話しつづけた。
「間もなく、大気圏に突入したロケットが多段分裂し、地球上のありとあらゆる場所に薬剤が降り注がれます。それは人間の細胞のみを分解し、肥料に変えるというものなのです。これによって人類は地球上に還元し、この星は再び緑や美しい海、きれいな空気を取り戻すでしょう。バカにつける薬としてはまさにふさわしい。人間というバカにはね」
「……」
T氏はポカンと口を開いたままだった。
博士は口ひげをもぞもぞといじりながらつぶやいた。
「バカのほうがいいこともある、か……」
次の瞬間、空が光った。
(終わり)
それは息子の出来が悪すぎるということだ。
困った彼はある日、友人である科学者N博士にこのことを相談してみた。
「おお、それなら。まったくの偶然ですが、ちょうど『バカにつける薬』というものの開発に成功したところなのです。これを飲みさえすれば、偏差値など軽く30はアップすることうけあいですぞ」
「なんと博士、そのようなすばらしい薬があるのですか? 是が非でもいただきたいところだ。わたしにゆずってはいただけないでしょうか?」
「ほかならぬTさんの頼みとあっては断れませんな。ただ、まだ試作段階で、当然認可なども下りていません。もし、それでもかまわないのなら」
こうしてT氏はまんまと「バカにつける薬」を自宅へ持ち帰った。
さっそくその日の夕食に混ぜ、息子にこっそりと飲ませてみた。
するとどうだろう。
息子は人が変わったように勉強を始め、その日のうちに高校までのカリキュラムを完全に自分のものにした。
そしてジャンルを問わず学問を吸収し、一週間も経たないうちに、彼はノーベル賞級の頭脳を手に入れるにいたった。
「父さん、アメリカの研究所から採用通知が来ました。地球の緑化計画の一環で、大気圏へロケットを飛ばし、肥料をまくという実験があるのです」
T氏は飛び上がって喜んだ。
「おお、それはすごいことじゃないか! ぜひがんばってこいよ! 渡航や生活に必要な経費はすべてわたしが出そうじゃないか!」
「ありがとうございます。父さんの善意に感謝いたします」
息子が渡米して数カ月が経過したのち、T氏はほくほくとしながらN博士の邸宅へと向かった。
「いや~博士、ありがとうございます。おかげさまで息子もすっかり一人前に――」
「Tさん、この映像を見てくれないか……」
「は?」
博士は研究室のパソコンでブラウザを立ち上げた。
するとひとりの男性の姿が映っている。
「これは、なぜわたしの息子が……」
博士は重い口を開いた。
「世界中のサーバーがジャックされておるようじゃ。そして、ほれ」
モニターに映し出されているT氏の息子は、おもむろに語りはじめた。
「人間の存在は間違っています。この美しい地球を汚し、すっかりゴミためのように変えてしまった。神をもおそれぬ大罪と言えるでしょう。これを解決するためには、人類を地球から完全に排除しなければなりません」
息子はとくとくと話しつづけた。
「間もなく、大気圏に突入したロケットが多段分裂し、地球上のありとあらゆる場所に薬剤が降り注がれます。それは人間の細胞のみを分解し、肥料に変えるというものなのです。これによって人類は地球上に還元し、この星は再び緑や美しい海、きれいな空気を取り戻すでしょう。バカにつける薬としてはまさにふさわしい。人間というバカにはね」
「……」
T氏はポカンと口を開いたままだった。
博士は口ひげをもぞもぞといじりながらつぶやいた。
「バカのほうがいいこともある、か……」
次の瞬間、空が光った。
(終わり)