【朗読】廃棄された言葉
概要
男の犯した大罪とは・・・
語り手: kuro
語り手(かな): くろ
Twitter ID: shirokuromono96
更新日: 2024/05/09 00:03
エピソード名: 廃棄された言葉
小説名: 廃棄された言葉
作家: Kyoshi Tokitsu
Twitter ID: kyoshi_tokitsu
本編
朦朧(もうろう)とした頭で私は首から縄を外し、船に乗った。船頭は無言のままに櫂(かい)を動かし続けた。川の面(おもて)は鏡面のようで、そこにやつれた顔の男が一人、映っていた。それが自身だと分かるまで、私は呆(ほう)けたように動かなかった。
私は何故ここに居るのだろう。
船頭を見た。彼は枯れ枝のような腕で船を漕いでいた。
「お前さん、やってしまったね」
「え? 何を……」
「ああ、まだ醒めていないか。幸せもんだそりゃ。苦しいぜここからは」
「この船は、何処に向かっているのです」
「王様の所さ。お前さんはそこで裁きを受けるのさ」
「王? 裁き? 何のことです」
「じきに思い出すさ」
やがて船は岸へと着き、私は王の前に引き出された。薄暗い洞窟のような場所で、王は土塊(つちくれ)のような玉座に座り、足元に書物をうずたかく積み、軽蔑にも似た表情で私を見下ろしていた。
「さて、何から問おうか。お前、己の過去を思いだせるか」
低くしわがれた声はなんとか私の耳に届いた。
「過去……私の過去は……」
何も思いだせなかった。王は、ふむ、と唸(うな)った。
「ならば、これはどうだ」
王が背後の壁に触れると、文字が浮かび上がった。
“汝を肯定し続けよ。汝こそ誰よりもその人物を知る者である”
“誰に顧(かえり)みられぬとしても、魂の叫ぶようにして生きよ”
“苦悩に蹂躙(じゅうりん)されたとて、決してそこに自我を求めるなかれ”
“銀河の支流としての必然の生は正しき運命に誘引される”
「お前はこれを見てどう思う」
忌々(いまいま)しい言葉だった。そんな言葉は世間に通用するものではない。
「そんなのは、皆、キレイゴトです」
「馬鹿者!」
王が洞窟に響き渡る声で怒鳴った。
「これらは悠然と世界を見渡し、孤高にも正しき道を歩んだ賢者の言葉として、我が書物に書き加えられる筈(はず)のものだったのだ。それが、先ほど廃棄された。お前自身の手によってな」
「私によって廃棄された? どういうことです」
「お前はこの言葉を紡(つむ)いだ賢者を殺したのだ」
「私は、決して人殺しなどしておりません」
「ほう、では答えよ。そろそろ思い出す頃であろう? お前は何故ここに居るのだ」
突然、頭に断片的な映像が流れ込んできた。人里離れた海辺の防風林、ひときわ大きな松の木、丈夫なロオプ、脚立、遺書。
これは、私だ。突発的な無力感と怠慢(たいまん)の延長上にある幻影としての陰鬱な未来像のために、私は自ら死を選んだのだ。
「どうだ、思い出したであろう。貴様の罪を。先の言葉はお前自身が紡いだものだ。もしも、お前が自ら死ぬことなく、天上へと至っていたならば、お前の言葉はそこで永久に語り継がれていただろう。しかし、お前はそれを自らの手で廃棄した。この罪の重さがお前に理解できるか」
「しかし、私は生きていた時でさえ、誰にも顧みられませんでした。そんな私の言葉がどうして天上で語られましょう」
「愚か者め。地上の価値観で物事の本質を計れると思うな。天上で扱われる全ての書物、いや芸術はその者の魂から発現したものばかりよ。地上で大勢が見たから、誰にも顧みられなかったからなんだというのだ。大体、“誰に顧みられぬとしても、魂の叫ぶようにして生きよ”とは誰が言った。お前だろう。お前は書物の上で幾万もの言葉を大衆へと投げかけた。しかし、いつでも、その対象にはお前だけが含まれていなかったのだ。それもお前の罪だ。大罪人(たいざいにん)め」
王の言葉が、鋭く、胸に突き刺さった。
「では、では私は一体どうしたら良かったというのです」
「どうしたらも何もない。ただ、生きておれば良かったのだ。馬鹿者」
肩を落とす私の頭上から、尚も王の声が降り注いだ。
「さあ、これからお前の罰を執行する。先ずは千年、お前の死を悼(いた)むものの嘆きを見続けるのだ。それが終われば、お前の廃棄した言葉を千遍、書き続けるのだ。連れて行け」
私は兵士に抱えられ、嘆きの川へと連行された。
私は何故ここに居るのだろう。
船頭を見た。彼は枯れ枝のような腕で船を漕いでいた。
「お前さん、やってしまったね」
「え? 何を……」
「ああ、まだ醒めていないか。幸せもんだそりゃ。苦しいぜここからは」
「この船は、何処に向かっているのです」
「王様の所さ。お前さんはそこで裁きを受けるのさ」
「王? 裁き? 何のことです」
「じきに思い出すさ」
やがて船は岸へと着き、私は王の前に引き出された。薄暗い洞窟のような場所で、王は土塊(つちくれ)のような玉座に座り、足元に書物をうずたかく積み、軽蔑にも似た表情で私を見下ろしていた。
「さて、何から問おうか。お前、己の過去を思いだせるか」
低くしわがれた声はなんとか私の耳に届いた。
「過去……私の過去は……」
何も思いだせなかった。王は、ふむ、と唸(うな)った。
「ならば、これはどうだ」
王が背後の壁に触れると、文字が浮かび上がった。
“汝を肯定し続けよ。汝こそ誰よりもその人物を知る者である”
“誰に顧(かえり)みられぬとしても、魂の叫ぶようにして生きよ”
“苦悩に蹂躙(じゅうりん)されたとて、決してそこに自我を求めるなかれ”
“銀河の支流としての必然の生は正しき運命に誘引される”
「お前はこれを見てどう思う」
忌々(いまいま)しい言葉だった。そんな言葉は世間に通用するものではない。
「そんなのは、皆、キレイゴトです」
「馬鹿者!」
王が洞窟に響き渡る声で怒鳴った。
「これらは悠然と世界を見渡し、孤高にも正しき道を歩んだ賢者の言葉として、我が書物に書き加えられる筈(はず)のものだったのだ。それが、先ほど廃棄された。お前自身の手によってな」
「私によって廃棄された? どういうことです」
「お前はこの言葉を紡(つむ)いだ賢者を殺したのだ」
「私は、決して人殺しなどしておりません」
「ほう、では答えよ。そろそろ思い出す頃であろう? お前は何故ここに居るのだ」
突然、頭に断片的な映像が流れ込んできた。人里離れた海辺の防風林、ひときわ大きな松の木、丈夫なロオプ、脚立、遺書。
これは、私だ。突発的な無力感と怠慢(たいまん)の延長上にある幻影としての陰鬱な未来像のために、私は自ら死を選んだのだ。
「どうだ、思い出したであろう。貴様の罪を。先の言葉はお前自身が紡いだものだ。もしも、お前が自ら死ぬことなく、天上へと至っていたならば、お前の言葉はそこで永久に語り継がれていただろう。しかし、お前はそれを自らの手で廃棄した。この罪の重さがお前に理解できるか」
「しかし、私は生きていた時でさえ、誰にも顧みられませんでした。そんな私の言葉がどうして天上で語られましょう」
「愚か者め。地上の価値観で物事の本質を計れると思うな。天上で扱われる全ての書物、いや芸術はその者の魂から発現したものばかりよ。地上で大勢が見たから、誰にも顧みられなかったからなんだというのだ。大体、“誰に顧みられぬとしても、魂の叫ぶようにして生きよ”とは誰が言った。お前だろう。お前は書物の上で幾万もの言葉を大衆へと投げかけた。しかし、いつでも、その対象にはお前だけが含まれていなかったのだ。それもお前の罪だ。大罪人(たいざいにん)め」
王の言葉が、鋭く、胸に突き刺さった。
「では、では私は一体どうしたら良かったというのです」
「どうしたらも何もない。ただ、生きておれば良かったのだ。馬鹿者」
肩を落とす私の頭上から、尚も王の声が降り注いだ。
「さあ、これからお前の罰を執行する。先ずは千年、お前の死を悼(いた)むものの嘆きを見続けるのだ。それが終われば、お前の廃棄した言葉を千遍、書き続けるのだ。連れて行け」
私は兵士に抱えられ、嘆きの川へと連行された。