日々是朗読【くぐる ~REPLAY】〈江山菰〉

概要

手が届きそうで届かない。
解りそうで解らない。
何とも言えない、もどかしい気持ち。
そんなお話でした。

語り手: 読書人流水
語り手(かな): どくしょじんりゅうすい

Twitter ID: bass_ryu_z
更新日: 2024/03/02 20:12

エピソード名: くぐる ~REPLAY

小説名: くぐる ~REPLAY
作家: 江山菰
Twitter ID: Petalodepersiko


本編

 私は小学一年生のころ、田舎のこの町へ引っ越してきました。
 管理さえしていればただで貸してもらえる家をお父さんがネットで見つけて、そこに住むことになったのです。
 山に囲まれて、からっと晴れることがなくいつも曇っている町です。
 でも、お父さんもお母さんも面白くて優しくて、幼稚園に行っている弟とはけんかもするけど仲良しで、幸せでした。

 今、私は二年生です。
 でも学校に行ってはいません。
 私は引っ越してきてから、今までのことを覚えていないのです。
 覚えていない間に、お父さんもお母さんも弟もいなくなってしまいました。近所の人から、みんな死んだと聞いて、私はたくさん泣きました。
 最後に残っていたお父さんが死んでしまってから、私は普通の子に戻ったそうです。
 普通の子って何でしょう?
 近所の人も親戚のみんなも私には関わりたくないと言っています。
 たくさんたくさん泣いたので、もう怒ったり悲しくなったりするのはなくなって、そうなんだと思いました。
 
 なくなったのは家族だけではありません。
 家も消えてしまっていました。
 ぼろぼろの「ブンカジュウタク」という家だったのですが、もう完全に取り壊されて、ぺったんこで石がゴロゴロした土地になっていました。更地、というのだそうです。
 その真ん中には小さな石のお人形の家みたいなのがありました。祠というもので触ってはいけないのだそうです。なぜかその横に、泥がいっぱいこびりついたお父さんの運転免許証が落ちていて、私はそれを大事にポケットに入れました。

 その家は、小さな裏山がありました。そこへ入る小さな道を塞いで家が建っていたのです。
 道といっても草や小さな木がいっぱいのジャングルみたいなところで、家があった頃はもちろん、更地になった今も登る人を見たことがありません。
 私は明日にはお寺の人に施設に連れていかれることになっています。最後だから登ってみよう、と私はその道へ入っていきました。

 裏山と言っても丘みたいに低い山で、登っていくとボロボロの家がありました。
 白くペンキで塗られた洋風の一階建てで、テラスがあって、ぼろぼろじゃなかったらテレビに出てくるおしゃれな家みたいでした。
 つる草がぶらぶらしている崩れたテラスから中に入りました。
 家具や食器はそのまま置いてあって、普通のおうちみたいです。家じゅう山の土みたいに湿って、苔や草が家の中まで上がってきていました。
 私は一つの部屋に入りました。この家の部屋はどこもみんな狭く作られていましたが、ここだけ大きくて、家具も何もない中で子どもが遊ぶ迷路トンネルのようなものが壁にぴったり寄せておいてありました。
 段ボールと木の枝で誰かが作ったもののようです。子どもがハイハイして通り抜けて使うのです。私が行っていた幼稚園にも先生たちが作ったものがあって私はよく遊んでいました。
 中を覗くと一度に二人くらいなら入れそうな幅と高さです。山の湿気でふにゃふにゃしてカビだらけですが、私は中に入ってみました。
 不思議とそんなに暗くはありません。
 奥へ進むと少し広くなったところがあり、トンネルはそこから手袋の指みたいに分かれていました。分かれたところを覗いてみると先は狭くなっていて浅く、突き当たりの壁が見えます。
 一つのところだけまだ先に行けるようになっていたので、私ははいはいで進んでいきました。
 そこのダンボールの壁には、白くてぽろぽろした棒のようなものがいっぱいついていて棘みたいでした。でもポキポキ折れるので体に当たっても痛くはありません。
 その突き当たりは、この部屋の壁にくっついていて、そこには座布団くらいの大きさの扉がありました。
 扉はすごく厚い木の板と鉄でできていて鍵がかかっています。
 扉を目にした途端、なんだかめまいと吐き気がしました。
 気のせいだと思って、とりあえずその扉を開けようとしてて触ってみたとき

「開けるな! 早く出ろ!」

と怒鳴られました。急いで出ると、猟銃のようなものを持った知らないおじさんがいました。

「開けたら死ぬぞ! さっさと出ていけ! ……まったく、最近の子どもは!」

 開けたら死ぬと言われたことより、私はおじさんが持っている猟銃のようなものが怖くて、動けませんでした。
 私の服には、小さな白いものがたくさんついていました。トンネルの中の棘のような白いもののかけらです。
 おじさんは、それは指の骨だと言いながら、私の服をものすごい勢いで叩いて払ってくれて、それからそそくさと離れ、また怒鳴りました。

「二度と来るな」

 私は気がつくと祠の前にいました。
 どうやってここへ戻ったか、覚えていません。
 その代りに思い出したことがあります。
 私が記憶をなくしてどこで何をしていたか思い出せない間に、あのトンネルにとても良く似たもので遊んだ気がするのです。
 そこでも、土臭さや黴臭さ、白い指の骨もそのままでした。違ったのは最後の突き当たりはただの段ボールの底で閉じられた空間で、壁に接してはいなかったことと、誰だかわからないけど、トンネルで遊ぶのを勧め、中を進む私を囃したり褒めそやしたりしていた人がいたこと。ちょっと気味が悪いなと思いながら私はその時その人の言いなりで遊んでいました。顔も年齢も性別すらも思い出せません。
 そしてそこから私は何も覚えていなくて、その間に家族は消えてしまいました。

 近所の人は言っていました。
「あんたのせいで、あんたの親も弟も連れていかれたんだよ!」

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 ここで一度夢は終わりました。

 あのドアを開けていたら、どうなってたんだろう?
 私は夢の中で疎まれた子どもだったので、私一人が死んでもあの地域にとってなんということもないでしょう。とすると、あの中に入っていたものは、開けたものにだけ影響を及ぼすものではなく、地域に災厄をもたらす何かが入っていたのかも?

 ところで私は夢のREPLAYができる体質なのです。
 この夢の内容の不条理さに納得がいかなかったので、私はこの夢をREPLAYしてあの扉の奥を覗いてみることにしました。
 現在の大人の私の意識を持ったままならきっと大丈夫だろうと。

 あの座布団ほどの扉の前へ行き、物は試しでぐっと引っ張ってみると、あっけなく鍵は壊れて音もなく開きました。
 中は二畳程度の広さで、あのトンネル内部と同様不思議と薄明るい空間でした。なのに、どこから採光しているのか、まったくわかりません。
 床には朽ちた藁で土俵のように円が描かれ、その中央になにか動物の死骸がありました。
 兎だか猫だか、そのくらいの大きさで一部白骨化したミイラでした。

 あれだけ人間の指を通路に植えたりするような猟奇的なことをしておいて、中身は動物の死骸? と拍子抜けしたのですが、そのとたん目の前が真っ暗になりサイケデリックな色の粒子が現れました。水に浮いた鉱物油の色をぎらぎらとどぎつくしたようなものが視野いっぱいに現れ、ぐにゃぐにゃと歪みます。
 まともにものが見えません。
 
 私は怖がり屋なので、これはアカンやつ、とREPLAYを終了して逃げました。

 この夢の話は今度こそ終わりです。

     <了>
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