朗読【本屋で雨宿り】
概要
久しぶりに会った幼馴染・・・
知り合い? 私知らないよ、こんなイケメン。
「私のときめきを返せ! このやろう!」
知り合い? 私知らないよ、こんなイケメン。
「私のときめきを返せ! このやろう!」
語り手: 白河 那由多
語り手(かな): しらかわ なゆた
Twitter ID: nayuta9333
更新日: 2024/02/12 10:53
エピソード名: 本屋で雨宿り
小説名: 本屋で雨宿り
作家: 蒼河颯人
Twitter ID: hayato_sohga
本編
「ちょっと! 今日何で雨なのよ!? しかも土砂降りだなんて聞いてないんだけど!! 私傘持ってきてないし、マジでサイッテー!!」
高校からの帰り道の途中、私は自分自身を本気で呪いたくなった。空からバケツをひっくり返したような大雨が絶えず降り注いで来る。徒歩で通学している私にとって家までの距離はまだ遥かに遠い。
今日は一日中降水確率ゼロパーセントって、天気予報で言っていたはず。朝はその通りだったけど、夕方から降水確率百パーセント状態だったのだ。
ヤホー天気予報の嘘つき!
それを信じた私が馬鹿なの?
折り畳み傘不携帯である己の責任を棚に上げ、私は心の中で何度も悪態をついた。そうしたくなるほど今日は、本当についていないのだ。
朝は高校の下駄箱で上履きに履き替えている時に同級生に足を踏まれるし、昼休みにはお弁当のタコさんウィンナーを落としちゃうし、午後の授業では何故か私ばかりあてられるし……帰り道には土砂降りというおまけ付き。
――今日は厄日だ。
生憎友人のアケミ達はバイトの日。帰り道は逆方向だから、帰りは私一人ぼっち。
――今日は本当に厄日だ。
雨はどんどんひどくなる一方で、しばらく止みそうにない。
肩まで伸ばした茶色のくせっ毛の髪の毛は、水気をすってぺしゃんこになるし、紺色のブレザーもチェックのスカートも濡れちゃった。
下に着ている白のブラウスを何とか死守しなくては、風邪をひいちゃう。
雨が勝手に入り込んで来たのか、黒のローファーの中がじっとりと冷たくて、重たい。
ちょっとありえない! 不法侵入だなんて、私は許可してないんだけど!
(あーあ。雨が落ち着くまでどこかで雨宿りをしなくちゃ。私、前世で何か悪いことしちゃったのかしら……)
思わず自分を呪いたくなった。
その時、この日私にとって初の運が降ってきた。
それは本屋の形をしており、今自分の目の前に建っているのだ。
「助かった……!!」
本当は喫茶店かファミレスが良かったが、この際ぜいたくを言っていられない。私は慌ててその本屋の中に駆け込もうとした。
その時、懲りずに不運が再び私を襲って来た。
私の後から店内へと黒い影が駆け込んで来て、よりによって私に突然ぶつかったのだ。
(ちょっと! 今度は一体何なのよ!? いい加減にしてよ!!)
私は文句を心の中で叫びつつよろけそうになったが、足を踏ん張って何とか堪えた。すると、低い声が覆いかぶさるように耳に飛び込んできた。
「きゃっ!!」
「わ!! すみません!!」
盛大にぶつかってきたその影が、私を見て動きを急に止めた。その影は不躾にも私の顔をまじまじと覗いてくる。
(え? え? ちょっと何? そんなにじろじろ見られたら、恥ずかしいじゃないの! )
その影をよく見ると、ベージュ色のブレザーにチェックのスラックスを身に着けた、長身の男子生徒だった。
髪は真っ黒で、雨に濡れているせいか、輪をかけて艶々している。
目鼻立ちがまあまあ整っており、顔立ちは悪くない。
ぱっと見たところすらりとした背たけで、無駄なぜい肉はなさそうだし、クラスでモテそうな感じだ。
昔やんちゃ坊主だったのではと思わせる二重の切れ長の瞳は、私を見て何故か大きく見開かれていた。
それを見た私は何か悔しいけど、飛び跳ねる心臓を抑えつけるのに苦労した。
「……て、あれ? 誰かと思ったらお前……ミナミじゃないか!」
「え……!?」
知り合い? 私知らないよ、こんなイケメン。
人違いじゃないの? でも言われてみれば、どこかで見覚えのある気が……。
首を傾げる私をまじまじと見ていたその爽やかなイケメンは、突然破顔してぷっと吹き出した。かっとなった私は反射的につい言い返してしまう。
「オイオイオイ……まさか俺のこと忘れたとか言うんじゃねぇだろうな、馬鹿ミナミ!」
「ちょ……! 馬鹿は余計!!」
馬鹿ミナミ。
それは私の昔の呼び名。
その呼び名を使うものはこの世でただ一人しかいない。
それに気が付いた私は昔を思い出し、無性に腸が煮えくり返ってきた。
「俺だよ。ガキの頃、毎日どつきあいの喧嘩をしていたアキラだよ」
「アキラ……!? あのチビアキラ? あんたが? 嘘でしょ!?」
「チビは聞き捨てならねぇな……いつまでもチビなわけねぇだろう」
雷が頭上に落ちて来たかのような衝撃が私の身体の中を突き抜けていった。
(あのアキラだって言うの!? ありえない……!! )
あああ一生の不覚!!
馬鹿馬鹿馬鹿!!
あのアキラを一度でもカッコいいと思ってしまったなんて、私視力絶対落ちてるかも!
それよりもチビアキラ、私のときめきを返せ! このやろう!
何と、私にぶつかって来たのは、小学校の時六年間一緒だったアキラだった。近所住まいだった彼とは何故か始終喧嘩だらけで、顔を合わせれば常にどちらかが口か手を出してはあいさつのように応酬や殴り合いをしていた。アキラは私を「馬鹿ミナミ」と呼び、不服な私はお返しにと彼を「チビアキラ」と呼んでいたのだ。
磁石の陽極同士が反発しあっているようなものだろうか? そんな彼は小学校卒業と同時に人知れず隣町に引っ越して、中学校からは別々だった。あの時は彼が自分の目の前から勝手にいなくなるとは思わず、子供心に怒りの矛先をどう向けたら良いのか分からなくてわんわん泣いたものだった。
そんなあいつが私の目の前に再び現れるなんて。
しかも、頭が丸坊主で私より背が低くてチビだったのに、いつの間にか身長を越されて、見上げないといけない位になっているなんて、思わないじゃない。
昔をふと思い出し、私はアキラにずっと聞きたかったことを尋ねた。
「……あんたね。あの時どうして何も言わずに引っ越しちゃったのよ?」
「あ? ひょっとして、寂しかったとか言うヤツ?」
「うるさいわね! 突然いなくなるなんて、普通失礼でしょ!?」
彼はその問いに答えず周囲を見渡している。そこで私もふと我に返った。
自分達は本屋の店先で一体何をしているのだろうか?
やばい。どうしよう。お客さんに迷惑をかけてるかもしれない!
「とりあえず、このまんまじゃなんだし、場所を変えようか……」
焦ってそう提案してみると、彼は私に向かって右手を突き出した。その手には、青い折り畳み傘が握られている。
「これ、お前にかしてやるよ」
「え? でも、あんた自分のは?」
「これ位へーき」
「でも、そういう訳には……」
「俺は良いから。人の好意ぐらい素直に受け取れって、馬鹿ミナミ」
「馬鹿は余計だっつーの! とにかく後で返すよ。あんたさぁ今どこに住んでるのよ?」
それを聞いたアキラは小首を傾げ、面倒くさそうに後頭部をぼりぼりかき始めた。ああ、こういうところは変わらず昔のままだとまざまざと思い出す。
「あー……今日はスマホ家に忘れて来たし、説明が面倒くせぇからまた今度な! 来週の火曜日のこの時間、この本屋に俺、必ず用事で来るから、続きはその時にな」
「え? ……ちょ……ちょっと!」
「じゃぁな!! 俺急いでるから」
「だって、あんた何故この本屋に来たのよ」
「急な用事を思い出したんだ。悪いな!」
そう言うとアイツはカバンを両腕で抱え込み、背中を丸めたと思った瞬間、あっと言う間に雨の中に姿を消してしまった。
何てアナログな方法なんだ。
九十年代じゃあるまいし。
でも、スマホがないなら仕方がない。
雨はまだ振り続けているが、いつの間にか普通の降り方になっていた。どこか、穏やかな雨音に変わっている。
私は右手に残された折り畳み傘をそっと開いてみた。
女子が使うには少し大きめの傘だった。
妙に、温かい気持ちに包まれる。
(チビアキラ……いや、アキラ、今度絶対に聞き出してやるんだから)
今日の下校時、喧嘩仲間だったアキラとの再会が待っているとは思わなかった。
この日、傘を持っていたら。
この日、晴れていたら。
この日、帰り道が一人でなかったら……。
この偶然は起こらなかったに違いない。
それが果たして吉なのか凶なのか?
今の私には良く分からないけど……。
今日この雨が降ってくれて良かったと思う自分がいて、不思議な気分だ。
再び家に向かって歩き始めたずぶ濡れの足元が、妙に軽く感じた。
高校からの帰り道の途中、私は自分自身を本気で呪いたくなった。空からバケツをひっくり返したような大雨が絶えず降り注いで来る。徒歩で通学している私にとって家までの距離はまだ遥かに遠い。
今日は一日中降水確率ゼロパーセントって、天気予報で言っていたはず。朝はその通りだったけど、夕方から降水確率百パーセント状態だったのだ。
ヤホー天気予報の嘘つき!
それを信じた私が馬鹿なの?
折り畳み傘不携帯である己の責任を棚に上げ、私は心の中で何度も悪態をついた。そうしたくなるほど今日は、本当についていないのだ。
朝は高校の下駄箱で上履きに履き替えている時に同級生に足を踏まれるし、昼休みにはお弁当のタコさんウィンナーを落としちゃうし、午後の授業では何故か私ばかりあてられるし……帰り道には土砂降りというおまけ付き。
――今日は厄日だ。
生憎友人のアケミ達はバイトの日。帰り道は逆方向だから、帰りは私一人ぼっち。
――今日は本当に厄日だ。
雨はどんどんひどくなる一方で、しばらく止みそうにない。
肩まで伸ばした茶色のくせっ毛の髪の毛は、水気をすってぺしゃんこになるし、紺色のブレザーもチェックのスカートも濡れちゃった。
下に着ている白のブラウスを何とか死守しなくては、風邪をひいちゃう。
雨が勝手に入り込んで来たのか、黒のローファーの中がじっとりと冷たくて、重たい。
ちょっとありえない! 不法侵入だなんて、私は許可してないんだけど!
(あーあ。雨が落ち着くまでどこかで雨宿りをしなくちゃ。私、前世で何か悪いことしちゃったのかしら……)
思わず自分を呪いたくなった。
その時、この日私にとって初の運が降ってきた。
それは本屋の形をしており、今自分の目の前に建っているのだ。
「助かった……!!」
本当は喫茶店かファミレスが良かったが、この際ぜいたくを言っていられない。私は慌ててその本屋の中に駆け込もうとした。
その時、懲りずに不運が再び私を襲って来た。
私の後から店内へと黒い影が駆け込んで来て、よりによって私に突然ぶつかったのだ。
(ちょっと! 今度は一体何なのよ!? いい加減にしてよ!!)
私は文句を心の中で叫びつつよろけそうになったが、足を踏ん張って何とか堪えた。すると、低い声が覆いかぶさるように耳に飛び込んできた。
「きゃっ!!」
「わ!! すみません!!」
盛大にぶつかってきたその影が、私を見て動きを急に止めた。その影は不躾にも私の顔をまじまじと覗いてくる。
(え? え? ちょっと何? そんなにじろじろ見られたら、恥ずかしいじゃないの! )
その影をよく見ると、ベージュ色のブレザーにチェックのスラックスを身に着けた、長身の男子生徒だった。
髪は真っ黒で、雨に濡れているせいか、輪をかけて艶々している。
目鼻立ちがまあまあ整っており、顔立ちは悪くない。
ぱっと見たところすらりとした背たけで、無駄なぜい肉はなさそうだし、クラスでモテそうな感じだ。
昔やんちゃ坊主だったのではと思わせる二重の切れ長の瞳は、私を見て何故か大きく見開かれていた。
それを見た私は何か悔しいけど、飛び跳ねる心臓を抑えつけるのに苦労した。
「……て、あれ? 誰かと思ったらお前……ミナミじゃないか!」
「え……!?」
知り合い? 私知らないよ、こんなイケメン。
人違いじゃないの? でも言われてみれば、どこかで見覚えのある気が……。
首を傾げる私をまじまじと見ていたその爽やかなイケメンは、突然破顔してぷっと吹き出した。かっとなった私は反射的につい言い返してしまう。
「オイオイオイ……まさか俺のこと忘れたとか言うんじゃねぇだろうな、馬鹿ミナミ!」
「ちょ……! 馬鹿は余計!!」
馬鹿ミナミ。
それは私の昔の呼び名。
その呼び名を使うものはこの世でただ一人しかいない。
それに気が付いた私は昔を思い出し、無性に腸が煮えくり返ってきた。
「俺だよ。ガキの頃、毎日どつきあいの喧嘩をしていたアキラだよ」
「アキラ……!? あのチビアキラ? あんたが? 嘘でしょ!?」
「チビは聞き捨てならねぇな……いつまでもチビなわけねぇだろう」
雷が頭上に落ちて来たかのような衝撃が私の身体の中を突き抜けていった。
(あのアキラだって言うの!? ありえない……!! )
あああ一生の不覚!!
馬鹿馬鹿馬鹿!!
あのアキラを一度でもカッコいいと思ってしまったなんて、私視力絶対落ちてるかも!
それよりもチビアキラ、私のときめきを返せ! このやろう!
何と、私にぶつかって来たのは、小学校の時六年間一緒だったアキラだった。近所住まいだった彼とは何故か始終喧嘩だらけで、顔を合わせれば常にどちらかが口か手を出してはあいさつのように応酬や殴り合いをしていた。アキラは私を「馬鹿ミナミ」と呼び、不服な私はお返しにと彼を「チビアキラ」と呼んでいたのだ。
磁石の陽極同士が反発しあっているようなものだろうか? そんな彼は小学校卒業と同時に人知れず隣町に引っ越して、中学校からは別々だった。あの時は彼が自分の目の前から勝手にいなくなるとは思わず、子供心に怒りの矛先をどう向けたら良いのか分からなくてわんわん泣いたものだった。
そんなあいつが私の目の前に再び現れるなんて。
しかも、頭が丸坊主で私より背が低くてチビだったのに、いつの間にか身長を越されて、見上げないといけない位になっているなんて、思わないじゃない。
昔をふと思い出し、私はアキラにずっと聞きたかったことを尋ねた。
「……あんたね。あの時どうして何も言わずに引っ越しちゃったのよ?」
「あ? ひょっとして、寂しかったとか言うヤツ?」
「うるさいわね! 突然いなくなるなんて、普通失礼でしょ!?」
彼はその問いに答えず周囲を見渡している。そこで私もふと我に返った。
自分達は本屋の店先で一体何をしているのだろうか?
やばい。どうしよう。お客さんに迷惑をかけてるかもしれない!
「とりあえず、このまんまじゃなんだし、場所を変えようか……」
焦ってそう提案してみると、彼は私に向かって右手を突き出した。その手には、青い折り畳み傘が握られている。
「これ、お前にかしてやるよ」
「え? でも、あんた自分のは?」
「これ位へーき」
「でも、そういう訳には……」
「俺は良いから。人の好意ぐらい素直に受け取れって、馬鹿ミナミ」
「馬鹿は余計だっつーの! とにかく後で返すよ。あんたさぁ今どこに住んでるのよ?」
それを聞いたアキラは小首を傾げ、面倒くさそうに後頭部をぼりぼりかき始めた。ああ、こういうところは変わらず昔のままだとまざまざと思い出す。
「あー……今日はスマホ家に忘れて来たし、説明が面倒くせぇからまた今度な! 来週の火曜日のこの時間、この本屋に俺、必ず用事で来るから、続きはその時にな」
「え? ……ちょ……ちょっと!」
「じゃぁな!! 俺急いでるから」
「だって、あんた何故この本屋に来たのよ」
「急な用事を思い出したんだ。悪いな!」
そう言うとアイツはカバンを両腕で抱え込み、背中を丸めたと思った瞬間、あっと言う間に雨の中に姿を消してしまった。
何てアナログな方法なんだ。
九十年代じゃあるまいし。
でも、スマホがないなら仕方がない。
雨はまだ振り続けているが、いつの間にか普通の降り方になっていた。どこか、穏やかな雨音に変わっている。
私は右手に残された折り畳み傘をそっと開いてみた。
女子が使うには少し大きめの傘だった。
妙に、温かい気持ちに包まれる。
(チビアキラ……いや、アキラ、今度絶対に聞き出してやるんだから)
今日の下校時、喧嘩仲間だったアキラとの再会が待っているとは思わなかった。
この日、傘を持っていたら。
この日、晴れていたら。
この日、帰り道が一人でなかったら……。
この偶然は起こらなかったに違いない。
それが果たして吉なのか凶なのか?
今の私には良く分からないけど……。
今日この雨が降ってくれて良かったと思う自分がいて、不思議な気分だ。
再び家に向かって歩き始めたずぶ濡れの足元が、妙に軽く感じた。