久々の友人からの連絡は、壺か宗教だと思え|エッセイ

概要

専門学校時代の知り合いからハガキが来た。久しぶりの友人からの連絡は壺を売りつけられるか、宗教の勧誘に決まっている。実は過去にそう思うに至った出来事があった。

語り手: スキヲカタル
語り手(かな):

Twitter ID: sukiokataru
更新日: 2023/09/30 16:29

エピソード名: 久々の友人からの連絡は、壺か宗教だと思え

小説名: 久々の友人からの連絡は、壺か宗教だと思え|エッセイ
作家: トガシテツヤ
Twitter ID: Togashi_Design


本編

少し前、母から「専門学校の友達らしき人からはがきが来てる」と、スマートフォンのメッセージアプリで写真が送られてきた。

ごく普通の官製はがきの、パソコンで印刷された文面で、要約すると「卒業生のK(男性)です。お元気ですか? もしよろしければご連絡いただけませんか?」と、携帯電話の番号とメールアドレスが記載されている。

――誰?

卒業して20年以上経っているとはいえ、専門学校時代に仲の良かった人の顔と名前は大体覚えている。しかし、その中にK君(一応敬称付ける)という人物はいない。ただ、私は学科を超えて、割とアクティブにいろいろな人と交流していたので、私が覚えていなくても、相手が覚えているというパターンが考えられる。もしそうだったら……なんか申し訳ない。

私は高校卒業後、東京のとある音響技術の専門学校に通っていた。芝公園が真横にあり、東京タワーまで歩いて15分という、なかなかいい立地の学校だった。
ちなみに、当時の夢は「FMラジオ番組のディレクターになりたい」だった。それなのに、なぜ音響技術の学校に入ってレコーディングエンジニアの勉強をしていたのか……今となっては上手く説明できない。

話を戻そう。

母に「全く覚えてない。何かの勧誘じゃなかろうか」と返信すると、

「んじゃ捨てる」

と血も涙もない返事が来て、母よりも慈悲の心がある私は慌てて「待て待て、俺の部屋に置いといて」と返した。まぁ、どうせ記載されている番号に電話するつもりも、メールを送るつもりもないのだが、いつか実家に帰った時、せめて自分の手でゴミ箱に葬ってやろうと考えていた。

私は常々「久々の友人からの連絡は、壺(を売りつけられるか)か宗教(の勧誘をされるか)だと思え」と肝に銘じている。ゆえに、同窓会というものには一度も出席したことがない。(今は、少しくらい出ておけばよかったと後悔している)

もちろん、そう思うに至った出来事がある。
それは成人式の日だった。

***

「成人は駅前のホテルでバイキング半額だってよー!」
「行く行くー!」

成人式が終わり、スーツ、紋付袴、振袖姿の軍団について行こうとすると、中学の時の同級生のN君が声をかけてきた。
N君は静かでおとなしく、目立たない存在だった。他にN君を言い表すピッタリの言葉があるのだが、ちょっとコンプライアンスに配慮して、あとは察して頂きたい。
とにかく、陰キャ……N君は、私に声をかけてきた。

「夜、ファミレスでも行かない? ちょっと話が合って」
「今じゃダメなの?」
「これから別の予定があって。夜7時くらいに、近くまで迎えに行くよ」
「あ、じゃあ近くのコンビニの…」

私はバカ正直に、近所のコンビニへの行き方を教えた。今思えば、おかしなところがたくさんある。当時、特に仲が良かったわけでもないN君が突然成人式で声をかけてきたこと、わざわざ近くまで迎えに来ると言い出したこと……。しかし、成人式の浮かれ気分が、その疑問を打ち消してしまったのかもしれない。結局、言われるがままN君の車に乗り、ファミレスに行ってしまった。そこで何が待っているとも知らずに。

N君と一緒にファミレスに入ると、一番奥の席で手を振る人がいた。早足で席まで行くと、見知らぬ男が2人座っている。私やN君より少し年上だろうか。「こっち、どうぞ」と、ニコニコしながら見知らぬ男「その1」が席を立ち、私を奥へと座らせる。

「えーと、富《と》樫《がし》君、でいいんだよね?」

N君の横に座っている体格のいい見知らぬ男「その2」が、ニコニコしながら馴れ馴れしく話しかけてきた。

「吹奏楽部で部長やってたんだって?」
「ええ、まぁ」
「楽器吹ける男ってカッコいいなぁ。楽器は何をやってたの?」
「トロンボーンとユーフォニウムとチューバを……」
「凄いなぁ。俺は音楽の才能ないから羨ましいよ」

私はもう一度「ええ、まぁ」と言いながら正面のN君を見た。「その1その2」と同じく、ニコニコと笑っている。3人とも、まるでお面を付けたようにニコニコと笑っている。不気味だ。今会ったばかりの、どこの馬の骨とも分からない奴にあれこれ聞かれている。これ以上に不気味なことはない。

「今はえーと、大学生?」
「東京の専門学校に通ってるんだって」

――余計なこと言うなよ!

思わずN君を睨みつけた。もう一人の私が「この連中にプライベートなことを話してはいけない」と危険信号を出す。
その後、何を聞かれても「ええ、まぁ」という言葉を連発しながら、必死にここを脱出する方法を考えていた。

「今の世の中はさぁ、ホント物騒だよね。中国は日本へ向けていつでもミサイルを発射できるようにしてるし、地震も多いし。心が病んでるよね」

正確には覚えていないが、確かこんなことを言っていた。いくら世間知らずの田舎のガキとはいえ、このあとに何が起こるかは大体想像がつく。私はノコノコとファミレスにやって来たことを後悔した。

「ねぇ、ドラマチックな人生送りたくない?」

――きたか。

あまりにも分かりやすい前振りだ。

退路は「その1」に塞がれている。とにかく時間稼ぎが必要だ。私はコップの水を一気に飲み干し、通りかかった店員さんに大声で「すみません、水」と言った。

「そりゃ送りたいですよ、ドラマチックな人生!」

精一杯の演技をする。それに気を良くしたのか、「その2」がバッグからパンフレットのような紙と数珠のようなものを取り出し、私の前に置いた。N君を信じたかった私は落胆した。落胆しながらも、まだN君のことを信じたかった。

――N君は利用されている。

静かでおとなしく、目立たない存在だった陰キャ……N君は、きっとこの連中に言葉巧みに騙され、「成人式で誰かに声かけて連れて来い」とか何とか言われたに違いない。成人式でたまたま私を見かけ、「当時、普通に接してくれた富樫なら、拒絶することはない」と考えたんだろう。
この時、私は「できればN君も助けたい」と本気で思った。まずは自分の心配をするべきなのに。

「富樫君はどこに住んでるの?」

私はさすがに「え……」と黙った。マズい。住んでいるところを教えたらアウトだ。しかし、人間というものは、とっさに嘘がつけないものである。私はこともあろうに、近所の祖母の家の住所を言おうとした。その瞬間……。

「○○町の○○〇の近くだよね?」

N君がナイスアシストした。

ハッキリ言おう。

Nは俺を売った最低のク〇野郎だ!(コンプライアンス配慮)

「あ、何か注文しようよ。ご馳走するから」
「ちょっとトイレ行っていいですか? 水飲み過ぎちゃって……」
「ああ、どうぞどうぞ」

横に座っていた「その1」は意外にもあっさりと席を立った。通路へ出た瞬間、怒り、悲しみ、そしてN君に対する軽蔑……いろいろな感情が湧き上がる。

トイレが出入口の横にあって助かった。もうN君を助ける気なんて微塵もない私は、心の中で「Nよ、さらばだ」と呟きながらトイレに入り、友人のF君に連絡した。

――ファミレスで宗教の勧誘されてる! 助けて!

分かりやすく、全く無駄のない完璧な状況説明をすると、F君は何も言わずに車で迎えに来てくれた。救世主の登場に、マジで泣きそうになった。

「ぶっ飛ばしてきていいか?」

店の入口で、F君は戦闘モードに入っていた。ぶっ飛ばすどころか、できることなら3人とも始末してほしかったが、宗教勧誘より大きな事件を起こしては元も子もないので、私は「早くこの場から離れよう!」と、血の気の多い救世主を引っ張って運転席へ押し込めた。

「ラーメンでも奢るよ」という私の誘いを、F君は「もう飯食った」と断り、真っ直ぐ家まで送ってくれた。本当の友人とは、F君みたいな奴のことを言うのだと思う。

家に着いた瞬間、リビングで退屈そうにテレビを見ている父と母に立ったまま叫んだ。

「今後、俺にかかってきた電話には全部『いません』って言って! 携帯電話の番号を教えるのもダメ! 『息子は携帯電話を持っていません』って言って! 同窓会の案内のはがきも全部捨てて! よろしく!」

口が半開きで頷く父と母にもう一度「よろしく!」と念を押し、「腹減った」と付け加えた。

***

懐かしい。
私は、そんな当時のことを思い出し、母にこんなメッセージを送った。

「万が一電話がかかって来たら、俺は『死んだ』って言っていいから」

人の親なら、いや、赤い血が流れているなら、「そんな、縁起でもない」と言うだろう。しかし、母は

「分かった」

と即答。

母よ、そこに愛はあるのかい?

N君はドラマチックな人生を送っているだろうか。
あの時、ファミレスから逃げて行った私のことを覚えているだろうか。

え? もし今、N君から連絡が来たらどうするかって?

もちろん行くよ。

壺を脇に抱えて。

そして、こう言う。

専門学校卒業後は地元で段ボール製造工場に就職して、そのあとシステムエンジニアになって、北海道のオホーツクの豪雪地帯の、24時間降雪量が80センチを超えて家と車が埋まって全国ニュースになるようなとこに住んで、毎日せっせとエッセイや小説を書ている。

「十分、ドラマチックだよ」

と。
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