まじない猫の恋模様

概要

あたしは黒猫。
骨董屋さんのお家に住んでいるの。
飼い主である店主の柳都が大好き。
でも、彼はそんなあたしの心を知らない。

こちらは
「骨董屋と猫」
https://kakuyomu.jp/works/16816927861860117821
の外伝にあたります。これを読まなくても問題ないようにしておりますが、この二人の見方が変わるかもしれません。宜しければどうぞ。

語り手: 白河 那由多
語り手(かな): しらかわ なゆた

Twitter ID: nayuta9333
更新日: 2023/06/12 15:04

エピソード名: まじない猫の恋模様

小説名: まじない猫の恋模様
作家: 蒼河颯人
Twitter ID: hayato_sohga


本編

 あたしはディアナ。
 見ての通り黒猫よ。
 この名前は柳都がつけてくれたの。
 柳都が誰だって?
 柳都はね、あたしの飼い主。自慢のご主人様なの。
 
 彼はあたしがこう言うのもなんだけど、とってもすてきな人間よ。
 丁寧な物ごし。
 銀縁眼鏡をかけた細面は色白でどこか優雅。
 目鼻立ちが整っていてさわやかな感じ。
 イケメンというものかしら。
 
 彼のお仕事は骨董屋というものらしい。
 古めかしい絵や器、つやつやした櫛、お人形さんといった様々な物を売っているみたい。
 あたしがみても、あめ玉みたいな飾りものとか何だか古そうな物が多いの。
 何が良いのか良く分からないんだけど、訪れるお客は目を光らせているのよ。お宝だと言って。
 人間っておもしろい生きものね。
 
 彼はあたしのブラッシングや爪切りと言ったお手入れを毎日欠かさずしてくれるの。
 あたしの毛は短いほうだと思うんだけどね。
 マメでしょう?
 
 彼は優しく毛を調えてくれる。
 お腹や首まわりまでしてくれるの。
 くすぐったいし、ちょっと恥ずかしいけど。
 
 毛並みに沿って身体全体に櫛が通っていく。
 ブラッシングしてもらうのって、とっても気持ちが良い。
 つい眠たくなっちゃって、大きなあくびがでちゃう。
 あらやだ。大口開けるなんて、あたしったらだめねぇ。
 
 あたしこれでも毎日頑張って毛づくろいをしてるのだけど、細かいところまで行き届いてないみたい。
 くしに抜け毛がたくさんついてるのを見ると、自分はつくづく大ざっぱだなぁと思う。
 でも良いやとわりきっている。
 だって、性格は変えようがないんだもの。
 
 でも、もうちょっとして欲しいなと思った辺りで終わりの声が聞こえてくる。
 え〜やだぁ。もっとして欲しいってのどをゴロゴロ鳴らしてみたら、
 
「やりすぎは良くないですよ。ディアナ。今日はここまで。明日してあげますから」
 
 と顎を優しくなでてくれる。その手は大きく温かくって、気持良くてついすりすりしたくなっちゃう。
 
 あたしは柳都が大好き。
 色んなおしゃべりをしてみたいと、ずっと思っているの。
 でもあたしは人間の言葉なんて話せないし、柳都は猫の言葉を話せない。
 せめて言葉が通じたら良いのに。
 
「なーごぉ」
 
 あたしの鼻の上にとまっていたちょうちょに聞いてみたけど、そりゃあ無理だよとかわされてしまった。

 ※ ※ ※

 あたし、実は捨て猫だったの。
 まだ仔猫だったころ。あの日は朝からずっとひどい雨だった。
 冷たく凍りつくような雨。
 段ボール箱の中のあたしは、すっかり濡れてやせっぽちになっていた。
 そんな時、ちょうどお店の入り口に錠をかけに外に出てきた柳都があたしを見つけてくれたの。
 たまたまお店の裏側に来てくれたから、気付いてくれたみたい。
 もしそうじゃなかったら、あたしはこごえ死んでいたかもしれない。
 
「誰でしょう? 何てひどいことを……」
 
 柳都があわててあたしを拾い上げ、腕に抱きかかえて家の中に入れてくれた。
 彼は店の入り口の戸に「本日の営業は終了致しました」の札を下げて内鍵を掛け、その足で奥へと入ってゆく。
 
 タオルでばさばさになった毛の水気をとり、他のタオルでくるんだあたしをストーブの前に座らせてくれた。
 
「そこで少し待っていて下さいね」
 
 しばらくすると、彼は白いお皿を片手に持って戻ってきた。眼鏡のレンズに水滴がついたまま。お皿にはゆらりと湯気のたつ、白い液体が入っている。
 お腹がぐぅと鳴った。そう言えば、昨日から何も食べてなかったわ。
 
「見た目ほど熱くないから大丈夫ですよ」
 
 あたしは鼻でその匂いをかぎ、舌をちろりと出してそれをなめてみた。
 ミルクだ。ぬるめで、ちょうどいい温度。
 おいしい。
 ぬくもりがお腹の中から、じんわりと身体中へと広がっていった。お腹がきゅっとなる。
 
 その時、あたしの頭の中を黒いものがふとよぎったの。 
 
 何にもない段ボール箱の中。
 雨の矢に打たれて。
 寒くて寒くて、こごえて。
 生まれてすぐ親に捨てられ、すぐ拾ってくれた人間にもすぐ捨てられたの。
 今度こそもうだめかと思ったわ。
 
 あたしはなぜ捨てられるの?
 尻尾の先が鍵のように曲がっているから?
 左眼しか見えないから?
 あたしの一体何が悪いのかしら。
 悪いこと何もしてないじゃない!
 
「みゃーみゃー」
 
 あらやだ。あたしったら、つい口から出てしまったみたい。
 
 柳都は急にあたしを毛布でくるんで膝の上にのせてくれたの。
 ふかふかのソファーに腰掛けた膝の上。
 毛布ごと抱き寄せてくれた。
 ぽかぽかと温かい。
 彼はあたしの心の中を見すかしてたのかしらね。
 こう優しく言ってくれたの。
 
「うちにいて良いですよ。あなたが迷い猫でないかどうか、身元は後で調べておきますから」 
 
 それを聞いて、あたしの中ですとんと何かが落ちた。
 
 それから先、あんまり覚えてないの。
 優しくて大きな腕の中につつまれながら、あたしはいつの間にか眠ってしまったみたい。
 
 ※ ※ ※

 
 柳都のお仕事場は、お家のすぐとなりにある。
 つながっているから、すぐ仕事場にいけるわ。
 一度こっそり忍び足で覗きに行ったんだけど、すぐ見つかって奥に連れ戻されちゃったの。
 
「店内は割れ物が多くて危ない。あなたがケガをしたらいけないから」
 
 という理由らしいけど、多分あたしが品物をこわしちゃうからだろうな。片目しか見えないから余計に。お仕事している柳都、見たかったのになぁ。残念。
 
 そんなある日、お客さんの一人が悩んでいて、柳都が相談にのっていた。
 優しそうなお婆さんだった。
 その方は亡くなったご主人様からもらった指輪をなくしたそうで、大いに困っていたようなの。
 たまたま柳都の腕の中にいたあたしは前足をそっと前に出した。
 そのお婆さんは握手のお誘いととったようで、その足を握ったの。
 すると、彼女は大きく目を見開いて動けなくなった。
 
「……柳都さん、今思い出したことがあるの。一旦失礼するわ」
 
「? それは構いませんが、どうされました?」
 
「この猫ちゃんの足を握ったら、頭の中にぱっと浮かび上がったの! 大切な指輪のありかが!」
 
「そうですか。それは良かったです。本当にあると良いですね」
 
 柳都から聞けば、それから彼女の探しものはすぐ見つかったらしいの。玄関のお花に水やりをした時に落としたんだって。
 
 それからこういう“不思議なこと”色々があって、お客さんが少し増えた気がする。
 彼らの狙いはここの品物だけではなく、“探しもの”や“願いごと”みたい。
 お客さん達が言うには、あたしの目を見ながら前足を握ると分かるのですって。驚いちゃった。
 
「ディアナ、あなたは凄い力を持っているようですね。驚きました」
 
 大きな手で撫でられて、あたしは鼻たかだかだった。
 
「お客様が増えることは、お店にとってもうれしいことです」
 
「でも、凄い力はとんでもないことを呼び寄せるきっかけにもなります。用心しないといけませんね」
 
 柳都が言う“とんでもないこと”ってどんなことかしら?
 よく分からないけど、お客さんが増えることは良いことだもの。
 あたしはすごくうれしかった。
 だって、柳都にはいつもやってもらってばかりなんだもの。
 あたしにできることってほとんどない。
 こういうことでよろこんでもらえるなら、あたし張り切っちゃう。
  
 でも、柳都を困らせることはしたくない。
 だから、あたしの目を見ながら前足を握ったりする以外にも“不思議なこと”が色々起きたんだけど、ここでもナイショにしておくわ。

 柳都との約束だから。

 ※ ※ ※

 ある日、ベランダにある砂場でごろりごろりと砂浴びをしていたら、柳都の声がした。
 やけにあせっている。一体どうしたのかしら。
 肉球についた砂を落とし、建物へこっそり近寄ってみたの。

 柳都はお店で一人のお客さんと向き合っていた。
 
「お気持ちはありがたいのですが、私はまだ今のままで充分です」
 
 柳都はズレた眼鏡を指でかけ直しつつ、ため息を一つついている。彼の眼の前にいるのは背の少し曲がった人の良さそうなお爺さん。何を話しているのかしら。両耳をくるりくるりと回して聞き耳を立ててみたわ。
 
「だからって、マスターもいつまでも独り身というわけにはいきませんでしょう」
 
「いいえ、私は今のままで充分ですから」
 
「あなた。強引は良くないですわ」
 
 その後ろから静かだがどこか凛とした声が響いてきて、二人のやり取りを止めた。一人、優しそうなお婆さんが現れたの。きっとこのお爺さんの奥さんね。
 
「すみません。柳都さん。先日、あなたに私の願い事を叶えてもらったものだから、主人はそのお礼として嫁御の世話を焼きたいと申して聞きませんの」
 
「いくら若いと言っても、ずっと一人では寂しかろうと思ったものでしてね。だって、寂しいから猫を飼い始めたのではないですか?」
 
「!?」
 
 お爺さんたら突然あたしのことを言ってくるものだから、驚いちゃった。からだ中にびりっと電気が走ったかと思ったわ。
 その時、柳都は冷静にこう言ったの。
 
「彼女は私が拾った猫です。拾った以上は責任もって面倒をみるべきと思っているだけですよ。私は一人が好きなんです」
 
 何か、いつもの柳都らしくない。
 無理してるみたい。
 
「ほおら。私が言った通りでしょう。今の若い方は自由に生きているのですから、押し付けは良くないですわ。ささ、もう帰りましょう。柳都さんごめんなさいね。うちの人ったら急に押し付けちゃったりして」
 
「いえいえ。どうぞお構いなく。どうしてもパートナーが必要と感じた時は是非お願いします」

 柳都はすでにいつもの営業スマイルに戻っていた。
 
「分かりましたわ。それではまた」
 
 何かを言いたげだったお爺さんの手を強引に引いて、お婆さんはにこにこしながらお店を出て行った。その手には色紙のような物が握られていた。なんだろう。ひょっとして、人間の世界で聞く「お見合い写真」というやつかしら?
 
 それにしても柳都、やっぱり何かいつもと違う。どうしたんだろう?

「なーごぉ」

 柳都の足を前足で叩いてみた。

「今の話しはあなたには関係ない話しですから、気にしなくて良いですよ。ほら、もう少し砂浴びしていらっしゃい」

 いつもなら抱っこしてくれるのに、ベランダに追いやられてしまった。つまんないな。あたしは後ろ足で耳の裏をかいた。

 ※ ※ ※

 ある日、あたしは柳都に怒られてしまったの。
 つい品物であるお茶碗をけっとばして割ってしまったの。
 
「お店に入ってきたらだめって言ったでしょう!!」

 転がったお茶碗は真っ二つになっちゃった。 
 しょんぼり。うなだれたってどうにもならない。
 
 割れた破片をばたばた片付けている柳都を見ながらため息をついた。
 
 ごめんなさい。柳都。あたし、やっぱり単なる厄介ものだわ。
 ただでさえお仕事で忙しい彼に手間ばかりかけてる。
 あたし、人間だったら良かったのに。
 人間なら両足で立ってお手伝いできるし、言葉を話せる。
 でも、あたしは猫だから。
 言葉が伝わらないし、気持ちも伝えられない。
 柳都の本当の気持ちを知りたいのに、分からない。
 あたし、本当は柳都とずっと一緒にいたいけど。このままだと邪魔なだけね。
 
 あたしはお店から外に出て、そのまま真っすぐ道路を歩いてみた。みじめな気分から抜け出すために、気晴らしのお散歩するの。そんなあたしの傍を自転車がチリンと音を立てて走ってゆく。
 
 どれだけ歩いたのだろうか。
 こんな距離、久々に歩いた気がする。
 
 すると、ごろごろ……と変な音が聞こえてきた。
 あたしのお腹の音じゃないわね。
 空を見上げると、鼻の上にぽたりと水滴が落ちてきた。
 
 うそ。今日のお天気は雨だなんて聞いていないわ!
 
 途端、桶をひっくり返したような雨が降ってきたの。
 あわてて近くの建物に雨宿りしようと思ったけど、軒がない。
 結構歩いて来たから、今どこを歩いているかも分からない。
 雨で匂いが消えて、お家にも帰れない。
 
 ああ、どうしよう……!
 あたし迷子になっちゃった!
 
 あちこち歩き回って、やっと屋根がある場所を見つけ、あわてて入り込んだの。
 立て看板みたいなのがあるけど、何が書いてあるのか分からない。
 いすのようなものが置いてあるから、その下に潜り込み、ぶるると身震いして水気を飛ばした。
 泥だらけ。
 時々大きな車が止まっては水しぶきを上げて走り去ってゆく。あれはバスというものかしら。
 お空は真っ黒。雨はどんどんひどくなってゆく。
 
 これからどうしよう……。
 
 ぼんやりしていたら、聞きたくてたまらなかった声が耳に飛び込んできたの。
  
「ディアナ! 心配したではないですか……!」
 
 柳都は傘を放り投げ、ベンチの下で小さくなっていたあたしを抱き上げてくれた。いきおいすぎて額が輝く眼鏡の縁とぶつかって痛かったけど。

「みゃうっ!!」
 
 柳都、ごめんなさい。
 あたしがいたら迷惑ばかりかけちゃうだけだよ。
 顔をもっと見たいのに、ぼやけて見えない。 
 
「あなたは私の大切な猫です。大事なパートナーです。勝手にいなくならないで下さい!」

 何て言われたのかよく分からないけど、お腹の底からぞくっときた。
 彼は泥のついた顔で何も言わず、あたしを強く抱き締めてくれたの。

 冷たい雨を、妙に温かく感じたわ。

 ※ ※ ※

 それから数日後。
 夜のブラッシングを終えてふにゃふにゃになっているあたしに、柳都がこう言ったの。
 
「今日、あなたにこれをあげようかと思いまして」
 
 彼が手のひらの上に乗せて見せてくれたのは、きらきらと輝いた首輪だった。首輪というより首飾りに近い。
 それは、あたしの首の周りに優しく巻かれ、鏡に映してみると、輝く首飾りを着けた自分がこちらを覗いてきたの。

「みゃあっ!?」
 
 これがあたしなの!?
 黒目が大きく丸くなっているわ。
 小さいけど青くてすっごく綺麗なものが一緒に映ってる!!
 
「とても良く似合っていますよ」
 
 柳都ったら、あたしの頭を手で優しくなでてくれるものだから、つい顔をその手にすりすりしてしまう。
 
「飼い猫なのに首輪一つなかったら身元が分かりませんからね。私としたことが、うっかりしてました」
 
 あたしが前足で首にぶら下がった青いきらきらした石をいじっていると、彼はあたしを膝の上に乗せてくれた。
 
「アクアマリンのついた首輪にしてみました。あなたの左眼は空というより、海のように美しいサンタマリア・アクアマリンの色に似ています。それは月の女神、ディアナの石と言われているのです。実は、あなたの名前はそこからもじりました」
 
 何か良く分からないけど、すごいことを言われている気がする。
 お尻が妙にムズがゆくなってきた。
 先の曲がったしっぽをぶんぶん動かしてみる。
  
「首輪を着けたらすてきなお嬢様になりましたね。あまり遠くへと行かないで下さい。さらわれたら大変ですから」
 
 あたしの目を眼鏡越しで見つめてくる優しい榛色の瞳。なんだか背中までムズムズしてきた!
 
「なーごぉ……!?」
 
 ねぇ。あたし、柳都とずっと一緒にいていいということかしら!? そうとっても良いよね!?
 
 うれしくなったあたしは彼の整った鼻に、自分の小さな鼻をくっつけた。今回は銀縁眼鏡とはち合わせしなくてすんだわ。彼は微笑んで、そんなあたしを優しく抱き締めてくれた。
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