夏らしいタイトルです
概要
あまりに暑いので涼しげなタイトルを探していたらピッタリなタイトルを見つけました。
語り手: すー
語り手(かな):
Twitter ID: kanemoti0504
更新日: 2023/07/23 21:43
エピソード名: 氷売り
小説名: 氷売り
作家: Kyoshi Tokitsu
Twitter ID: kyoshi_tokitsu
本編
旅人はある日、砂漠の近くの寂れた町を通りかかった。辺りには崩れかけた廃屋が並びまだ日の高い時刻ではあったものの、人の気配は全く感じられなかった。旅人はいち早くこの町を抜けるため、足を速めた。周囲に目を配りながら歩いたものの、動くものは何も無かった。ただ、時折渇いた風が砂を巻き上げながら、路地の間を吹き抜けていった。やがて、彼方に町の出口と思われる門が見えてきた。正確には、それはかつては門を形作っていたであろう二つの石柱であった。扉の部分は長い年月と熱風にさらされていたためか、失われていた。旅人は一つ息をつくと、一層歩みを速めてそこを目指した。
しばらく歩き、旅人はその門の手前までやってきた。しかし、そこでふと足を止めた。門の傍、日光が遮られ、僅かな影が生まれている場所に、老人が座っているのを見つけたのであった。帽子を目深にかぶり、大きな白い箱を抱えていた。眠っているようにも見えたが、旅人が声をかけると彼は顔を上げた。そして柔和な笑顔を浮かべると嬉しそうに口を開いた。
「ああ、旅人さんですな。いやはや、人に会うのはいつ以来でしょうな。この辺りを通る人はほとんどおりませんからな」
旅人はこの炎天下、その老人が僅かばかりの汗もかいておらず、疲弊もしていないことに違和感を覚えつつも、何をしていたのかと尋ねた。老人は笑顔のままで答えた。
「私はずっと、ここで氷を売っております。この町にはもう人間はおりませんが時々、こうしてあなたのような旅人さんが通りますからな、その方々をお相手にこうやって氷を売っておるのです」
旅人はなぜそんなことをしているのか、聞いてみた。
「さあ、なぜでしょうな。氷なぞ、売ったところで人様に喜んでもらえるものではありませんのにな。無駄なことと思われるかもしれません。実は私にも己がなんのためにこんなことをしているのか、よく分からないのですよ。」
老人はそう言うと少しだけ笑い声をあげ、こう続けた。
「もしかすると、私は自分が生きた証が欲しいのかもしれませんな。例えば、あなたがどこか遠くの地で誰かにこの氷売りの話をなさったとしたら、それで、少しばかりの話題になれば、私というものが生きていた証になるのでは、と思っているのですよ」
旅人には、その老人の言葉の意味はよくわからなかった。
「そうはいっても、やはり、本当のところはわかりません。でも、こんな風に自分という存在が確かに在ったという証を残そうとしている者は存外、多いものですよ。どうやって証を残すかは分かりませんがな。私には氷を売ることしか思いつきませんでした」
そういうと老人は立ち上がり、旅人の目を見据えた。
「ある者は知識を蓄え、ある者は物語を紡ぎ、私は氷を売り、あなたは旅をする。そうやって皆、自分が在った証を残そうとするのではないでしょうかね」
旅人は黙って微笑んだ。旅人は氷を少し買うことにした。老人は白い箱から澄んだ氷をいくつか取り出し、銀の器に入れ、旅人に渡した。旅人が受け取った器はほんのりと冷たく心地よかった。
「氷がすべて溶けたら、飲んでみてください。それでは、さようなら」
やがて旅人は歩き出した。器の氷は、すでに溶けはじめていた。
しばらく歩き、旅人はその門の手前までやってきた。しかし、そこでふと足を止めた。門の傍、日光が遮られ、僅かな影が生まれている場所に、老人が座っているのを見つけたのであった。帽子を目深にかぶり、大きな白い箱を抱えていた。眠っているようにも見えたが、旅人が声をかけると彼は顔を上げた。そして柔和な笑顔を浮かべると嬉しそうに口を開いた。
「ああ、旅人さんですな。いやはや、人に会うのはいつ以来でしょうな。この辺りを通る人はほとんどおりませんからな」
旅人はこの炎天下、その老人が僅かばかりの汗もかいておらず、疲弊もしていないことに違和感を覚えつつも、何をしていたのかと尋ねた。老人は笑顔のままで答えた。
「私はずっと、ここで氷を売っております。この町にはもう人間はおりませんが時々、こうしてあなたのような旅人さんが通りますからな、その方々をお相手にこうやって氷を売っておるのです」
旅人はなぜそんなことをしているのか、聞いてみた。
「さあ、なぜでしょうな。氷なぞ、売ったところで人様に喜んでもらえるものではありませんのにな。無駄なことと思われるかもしれません。実は私にも己がなんのためにこんなことをしているのか、よく分からないのですよ。」
老人はそう言うと少しだけ笑い声をあげ、こう続けた。
「もしかすると、私は自分が生きた証が欲しいのかもしれませんな。例えば、あなたがどこか遠くの地で誰かにこの氷売りの話をなさったとしたら、それで、少しばかりの話題になれば、私というものが生きていた証になるのでは、と思っているのですよ」
旅人には、その老人の言葉の意味はよくわからなかった。
「そうはいっても、やはり、本当のところはわかりません。でも、こんな風に自分という存在が確かに在ったという証を残そうとしている者は存外、多いものですよ。どうやって証を残すかは分かりませんがな。私には氷を売ることしか思いつきませんでした」
そういうと老人は立ち上がり、旅人の目を見据えた。
「ある者は知識を蓄え、ある者は物語を紡ぎ、私は氷を売り、あなたは旅をする。そうやって皆、自分が在った証を残そうとするのではないでしょうかね」
旅人は黙って微笑んだ。旅人は氷を少し買うことにした。老人は白い箱から澄んだ氷をいくつか取り出し、銀の器に入れ、旅人に渡した。旅人が受け取った器はほんのりと冷たく心地よかった。
「氷がすべて溶けたら、飲んでみてください。それでは、さようなら」
やがて旅人は歩き出した。器の氷は、すでに溶けはじめていた。