落語風「除霊」
概要
・「霊媒師」…霊が見えないためいつも適当に除霊しているインチキ霊媒師。それっぽい言葉を並べるのが得意。
・「坊主」…近所の寺の坊主(おじいさん)。南蛮言葉には疎い。霊感があることに自分で気づいていない。
・「坊主」…近所の寺の坊主(おじいさん)。南蛮言葉には疎い。霊感があることに自分で気づいていない。
語り手: スキヲカタル
語り手(かな):
Twitter ID: sukiokataru
更新日: 2023/06/02 21:46
エピソード名: 落語風「除霊」
小説名: 落語風「除霊」
作家: ローネ
Twitter ID: lone_rohne
本編
秋笑風亭:
皆様お初にお目にかかります。笑う風には秋来たる、されど燭台の灯火は風前の夢。秋笑風亭 夢燭(じゅうしょふてい むしょく)と申します。
おや、けたけたとお笑いになってるそこのあなた。あたくしのことを宿無し職なしと思われるのは、如何せん遺憾なものです。生きてりゃ職も住まいも何かと入り用。ところがどっこい、死んじまったら宿も職もいりません。それどころか常人には見えなくなっちまう。死んだらどこへ行くのか、それは古今東西、人間の命題なのであります。
この世を去れば、住まいも職も他人に譲るのが世の常、世の定め。中でも、住まいを放ったらかしにすれば、あっというまにあばら家に。そんなところに住みつくのは宿無し職なしろくでなしと相場が決まっております。
さて、とある街にインチキ霊媒師がおりました。この霊媒師、霊なんてとんと見えないが、代々家業というだけで上手く金を稼いできた。そこへ寺の坊主が相談に来なすったのであります。
ー以下、一人二役で。
坊主:
「お前さん、あの角の屋敷の噂は知ってるかの?先代のじいさんが死んでから、巷で幽霊屋敷と呼ばれとるんじゃが、そこで、ついに出たらしいんじゃ」
霊媒師:
「出たって、何がだい」
坊主:
「そりゃ出るっつったらあれに決まってるじゃろ。あれじゃ」
霊媒師:
「アレって、猫かい」
坊主:
「猫なんてそこらじゅうにおるじゃろ。そうじゃなくてあれじゃよ」
霊媒師:
「ああ、熊かい」
坊主:
「ここは江戸じゃ、蝦夷(えぞ)じゃねえんだ。じゃなくてあれじゃよ」
霊媒師:
「御器噛(ごきかぶり)かい」
坊主:
「いやいや聞くのもおぞましいのは同じじゃが、あれと言ったらあれじゃろう。幽霊じゃよ」
霊媒師:
「ほう、そいつはたまげた」
坊主:
「お前さん、霊媒師じゃろ。ワシは昔から恐ろしいのが苦手でのお。餅は餅屋というじゃろう。近くの神社とは折り合いが悪くてな、お前さんにしか頼めんのじゃ。もちろんタダとは言わん」
霊媒師:
「ほう。いくらだい?」
坊主:
「そうじゃなあ、八十文」
霊媒師:
「いや、全然足りないな。もう一声」
坊主:
「しかたないのお、なら百文でどうじゃ」
霊媒師:
「よし、やってやろうじゃないか」
秋笑風亭:
しかしこの霊媒師、幽霊などまるで見えぬばかりか信じておらぬ。幽霊の正体見たり枯れ尾花。そんなものは、人の恐怖心が産みだしたものだと考えているのでありました。それゆえいつもは適当な念仏を唱えて誤魔化すものを、此度こたびの相手は坊主ですから、下手な念仏を聞かせるわけには参りません。さていかにして誤魔化すか、腕の見せ所であります。
ー幽霊屋敷に着いた二人
坊主:
「相変わらずここは空気が悪いのお」
霊媒師:
「人が出入りしてないせいで、空気がこもってるんだ」
坊主:
「いや、人なら……そこにおるんじゃが」
霊媒師:
「何だ坊さん。暗がりが怖いのか。それとも歳食ったせいか。さて、除霊を始めるか」
坊主:
「いやいやよく見るんじゃよ。ほれそこに、髪の長い白い着物の女が」
霊媒師:
「寿限無(じゅげむ)、寿限無、五劫(ごこう)の擦り切れ、海砂利水魚(かいじょりすいぎょ)の、水行末(すいぎょうまつ)・雲来末(うんらいまつ)風来末(ふうらいまつ)」
坊主:
「ちょいと待ちな。それは二軒先の赤ん坊の名前じゃろ」
霊媒師:
「いや、いや、ほんの戯れだ。これは、その、ちょっとした肩慣らしだ。さて、そろそろ除霊しようか」
坊主:
「ほれ見ろ、あの女も呆れた顔をしておる」
霊媒師:
「拙者親方と申すは、」
坊主:
「ちょいと待ちな。そいつは表によくいる薬売りの口上じゃろ。なんだってこんな時に」
霊媒師:
「まだ最後まで言っていないではないか」
坊主:
「真面目にやるんじゃ。いつも通りやってくれればええんじゃから。ほれ、早く。こんな不気味なところに長居しとうないわ」
霊媒師:
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前(りん びょう とう しゃ かい じん れつ ざい ぜん)」
坊主:
「え~、急急如律令(きゅうきゅうにょりつりょう)!っと」
霊媒師:
「待て。なぜ坊さんがその先を知っているのだ」
坊主:
「陰陽師は憧れの職だったのじゃ」
秋笑風亭:
何を言っても坊主に看破されてしまいます。これでは埒が明かない。しかし引き受けたからには後には引けぬ。と、霊媒師は遂に賭けに出ます。
坊主:
「お前さんどうした。いつも通りと言っておるじゃろうが。さてはお前さん、まさかでたらめでやってるんじゃあるまいな」
霊媒師:
「むむ。そんなわけはなかろう。さあ、次で終わりだ。
オルガン、タバコ、パン、カルタ、カステラ、カッパ、キリシタン、シャボン、ビードロ、ミイラ、フラスコ、ブランコ、チョッキ、ボタン、カボチャ、金平糖、テンプラ、チャルメラ、バッテラ―あぶらかたぶら、ちちんぷいぷい!」
坊主:
「な、な、なんじゃその強そうな呪文は。おや?お前さん、どこへ行くのじゃ。なに? 急にわけのわからんことを言われて薄気味悪くなった?」
霊媒師:
「アルカリ、レンズ、メス、ビール、ランドセル、ペンキ、ズック、ブリキ、オルゴール、ガラス、カバン、コルク、コーヒー、ポンプ、リュックサック、ホース、スポイト、ピンセット、サーベル、コップ、レッテル、カトリック、ヨーロッパ、ドイツ、ベルギー、ポン酢、ポマード!」
坊主:
「やや、これは。急にいなくなっちまったぞ。いやあ、かたじけない、こいつがわけのわからんことを。じゃが、これは除霊のため。元々お住みのお前さんにはお騒がせしたのお」
霊媒師:
「ところで坊主、さっきから誰と話しているのか知らないが、ここには最初から誰もいないぞ」
坊主:
「なんじゃと?!じゃあ、わしが見たものは、ゆ、幽霊だってのかい!こりゃたまげた。南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏。アブラカタマリ、寿限無寿限無の急急如律令!」
秋笑風亭:
坊主はすっかり怖くなっちまって、そこらに御札を貼りまくり、霊媒師が霊の見えないことに気づかないまま逃げていったんだと。
言葉なぞ、しょせんは上っ面。何が呪文になるかは、誰がいかように読むのかに由来するのでございます。はたまた霊から見れば、いかなる除霊も霊媒師も、うわごとを呟く狂人に見えていてもおかしくはありません。
いやはや、皆々様はあちらの世でもこちらの世でも、重ね重ねご用心を。どうも、お粗末様でございました。
―終
皆様お初にお目にかかります。笑う風には秋来たる、されど燭台の灯火は風前の夢。秋笑風亭 夢燭(じゅうしょふてい むしょく)と申します。
おや、けたけたとお笑いになってるそこのあなた。あたくしのことを宿無し職なしと思われるのは、如何せん遺憾なものです。生きてりゃ職も住まいも何かと入り用。ところがどっこい、死んじまったら宿も職もいりません。それどころか常人には見えなくなっちまう。死んだらどこへ行くのか、それは古今東西、人間の命題なのであります。
この世を去れば、住まいも職も他人に譲るのが世の常、世の定め。中でも、住まいを放ったらかしにすれば、あっというまにあばら家に。そんなところに住みつくのは宿無し職なしろくでなしと相場が決まっております。
さて、とある街にインチキ霊媒師がおりました。この霊媒師、霊なんてとんと見えないが、代々家業というだけで上手く金を稼いできた。そこへ寺の坊主が相談に来なすったのであります。
ー以下、一人二役で。
坊主:
「お前さん、あの角の屋敷の噂は知ってるかの?先代のじいさんが死んでから、巷で幽霊屋敷と呼ばれとるんじゃが、そこで、ついに出たらしいんじゃ」
霊媒師:
「出たって、何がだい」
坊主:
「そりゃ出るっつったらあれに決まってるじゃろ。あれじゃ」
霊媒師:
「アレって、猫かい」
坊主:
「猫なんてそこらじゅうにおるじゃろ。そうじゃなくてあれじゃよ」
霊媒師:
「ああ、熊かい」
坊主:
「ここは江戸じゃ、蝦夷(えぞ)じゃねえんだ。じゃなくてあれじゃよ」
霊媒師:
「御器噛(ごきかぶり)かい」
坊主:
「いやいや聞くのもおぞましいのは同じじゃが、あれと言ったらあれじゃろう。幽霊じゃよ」
霊媒師:
「ほう、そいつはたまげた」
坊主:
「お前さん、霊媒師じゃろ。ワシは昔から恐ろしいのが苦手でのお。餅は餅屋というじゃろう。近くの神社とは折り合いが悪くてな、お前さんにしか頼めんのじゃ。もちろんタダとは言わん」
霊媒師:
「ほう。いくらだい?」
坊主:
「そうじゃなあ、八十文」
霊媒師:
「いや、全然足りないな。もう一声」
坊主:
「しかたないのお、なら百文でどうじゃ」
霊媒師:
「よし、やってやろうじゃないか」
秋笑風亭:
しかしこの霊媒師、幽霊などまるで見えぬばかりか信じておらぬ。幽霊の正体見たり枯れ尾花。そんなものは、人の恐怖心が産みだしたものだと考えているのでありました。それゆえいつもは適当な念仏を唱えて誤魔化すものを、此度こたびの相手は坊主ですから、下手な念仏を聞かせるわけには参りません。さていかにして誤魔化すか、腕の見せ所であります。
ー幽霊屋敷に着いた二人
坊主:
「相変わらずここは空気が悪いのお」
霊媒師:
「人が出入りしてないせいで、空気がこもってるんだ」
坊主:
「いや、人なら……そこにおるんじゃが」
霊媒師:
「何だ坊さん。暗がりが怖いのか。それとも歳食ったせいか。さて、除霊を始めるか」
坊主:
「いやいやよく見るんじゃよ。ほれそこに、髪の長い白い着物の女が」
霊媒師:
「寿限無(じゅげむ)、寿限無、五劫(ごこう)の擦り切れ、海砂利水魚(かいじょりすいぎょ)の、水行末(すいぎょうまつ)・雲来末(うんらいまつ)風来末(ふうらいまつ)」
坊主:
「ちょいと待ちな。それは二軒先の赤ん坊の名前じゃろ」
霊媒師:
「いや、いや、ほんの戯れだ。これは、その、ちょっとした肩慣らしだ。さて、そろそろ除霊しようか」
坊主:
「ほれ見ろ、あの女も呆れた顔をしておる」
霊媒師:
「拙者親方と申すは、」
坊主:
「ちょいと待ちな。そいつは表によくいる薬売りの口上じゃろ。なんだってこんな時に」
霊媒師:
「まだ最後まで言っていないではないか」
坊主:
「真面目にやるんじゃ。いつも通りやってくれればええんじゃから。ほれ、早く。こんな不気味なところに長居しとうないわ」
霊媒師:
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前(りん びょう とう しゃ かい じん れつ ざい ぜん)」
坊主:
「え~、急急如律令(きゅうきゅうにょりつりょう)!っと」
霊媒師:
「待て。なぜ坊さんがその先を知っているのだ」
坊主:
「陰陽師は憧れの職だったのじゃ」
秋笑風亭:
何を言っても坊主に看破されてしまいます。これでは埒が明かない。しかし引き受けたからには後には引けぬ。と、霊媒師は遂に賭けに出ます。
坊主:
「お前さんどうした。いつも通りと言っておるじゃろうが。さてはお前さん、まさかでたらめでやってるんじゃあるまいな」
霊媒師:
「むむ。そんなわけはなかろう。さあ、次で終わりだ。
オルガン、タバコ、パン、カルタ、カステラ、カッパ、キリシタン、シャボン、ビードロ、ミイラ、フラスコ、ブランコ、チョッキ、ボタン、カボチャ、金平糖、テンプラ、チャルメラ、バッテラ―あぶらかたぶら、ちちんぷいぷい!」
坊主:
「な、な、なんじゃその強そうな呪文は。おや?お前さん、どこへ行くのじゃ。なに? 急にわけのわからんことを言われて薄気味悪くなった?」
霊媒師:
「アルカリ、レンズ、メス、ビール、ランドセル、ペンキ、ズック、ブリキ、オルゴール、ガラス、カバン、コルク、コーヒー、ポンプ、リュックサック、ホース、スポイト、ピンセット、サーベル、コップ、レッテル、カトリック、ヨーロッパ、ドイツ、ベルギー、ポン酢、ポマード!」
坊主:
「やや、これは。急にいなくなっちまったぞ。いやあ、かたじけない、こいつがわけのわからんことを。じゃが、これは除霊のため。元々お住みのお前さんにはお騒がせしたのお」
霊媒師:
「ところで坊主、さっきから誰と話しているのか知らないが、ここには最初から誰もいないぞ」
坊主:
「なんじゃと?!じゃあ、わしが見たものは、ゆ、幽霊だってのかい!こりゃたまげた。南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏。アブラカタマリ、寿限無寿限無の急急如律令!」
秋笑風亭:
坊主はすっかり怖くなっちまって、そこらに御札を貼りまくり、霊媒師が霊の見えないことに気づかないまま逃げていったんだと。
言葉なぞ、しょせんは上っ面。何が呪文になるかは、誰がいかように読むのかに由来するのでございます。はたまた霊から見れば、いかなる除霊も霊媒師も、うわごとを呟く狂人に見えていてもおかしくはありません。
いやはや、皆々様はあちらの世でもこちらの世でも、重ね重ねご用心を。どうも、お粗末様でございました。
―終