【朗読】怪談・心霊タクシー

概要

このキャンペーン、僕なら聞かないです(臆病)

ローネ様、素敵な作品をありがとうございました!

語り手: kuro
語り手(かな): くろ

Twitter ID: shirokuromono96
更新日: 2023/06/02 21:46

エピソード名: 怪談・心霊タクシー

小説名: 怪談・心霊タクシー
作家: ローネ
Twitter ID: lone_rohne


本編

足元にお気を付けてご乗車ください。お客さん、本日はどちらまで?
はい、かしこまりました。それでは、只今よりメーターを入れさせて頂きます。22時を過ぎておりますので、深夜料金となりますことをご了承ください。

そういえば最近、うちのグループでこういうキャンペーンをやっておりましてね。
ええ、「心霊タクシー」です。とは言っても、お代替わりに魂を頂くとか、運転手が話す怪談を最後まで聞くとあの世に連れていかれてしまう……といったものではございませんので、ご安心を。

ここ数年暑い夏が続いておりますから、少しでもお客様に涼んで頂けるように、私たちが見聞きした怖いお話をお聞かせしよう、というキャンペーンでございます。
いかがですか? せっかくですし、聞いていかれますか?
……はい、かしこまりました。それでは。


これは私が同僚から聞いた話なんですけどね。
ある時、市内の山奥にある廃神社に行きたいというお客様がいらっしゃったそうなんです。
肝試しには似つかわしくない、OL風の若い女性でした。

運転手も詳しい事情を伺うのは野暮だと思って、何も聞かずに二十分くらい山道を走らせて、ここでいいと言うところで車を停めたんです。その日もこんな風に蒸し暑い夜でした。時刻は一時半を回っていましたかね。
若い女性がこんな場所に何の用なのか、何にせよ置き去りにするわけにもいかないので、待っていようかと申し出たんですが、女性はお金がかかるから結構だと言うんです。

とはいえ人気のない山道、行きはよいよい帰りは怖い。この際メーターは切っておくことを伝えると、女性は助かります、と会釈して降りていきました。

辺りは街灯もないので真っ暗です。そんな中を懐中電灯も持たずに行ってしまったので、ヘッドライトは切らずにエンジンはつけっぱなしで待っておりました。辺りはエンジン音以外は聞こえずとても静かです。

それから十分、二十分……と経ちましたが、女性が戻ってくる気配はありません。

どうしたんだろう。参拝と言っても鳥居も階段もボロボロ。たとえ肝試しであったとしてもおよそ女ひとりで行くところではありません。

人の手入れがされていない廃神社には、ひょっとするとよくない輩がたむろしていて、恐ろしい目にあってしまうかもしれない。そう思うと、運転手は勇気を出して、携帯電話の明かりを頼りに外へ降り立ちました。

暑いとばかり思っていた外は意外にも涼しい。それどころかうっすら寒いような気がします。

階段を登って崩れた鳥居の前までいくと、両脇にいる苔の生えたお稲荷さんと目が合いました。
「わたくし悪いものじゃあありません、ただ客を迎えに来たんです」
と、そう心で言い訳しながら境内を照らしましたが、朽ち果てたお社が目に付くばかりで他には何もありません。

思い切って「お客さん、大丈夫ですか?」と呼んでみると、どこかからか微かに音が聞こえるんです。

コツ……コツ……、と何かを叩くような音です。なんとなく嫌だな、怖いなと思ったものの、運転手はなおも呼びかけました。
「お客さん、いるなら返事してください。こんなところで何かに巻き込まれたんじゃシャレになりませんよ」

するとまた聞こえてくるんですよ。コツ……コツ……って。ハイヒールの音でしょうか…?

いや、行きにこんな音はしなかったので、あの女性が履いているはずはないのです。

ならこの音はなんなのでしょうか。コツ……コツ……。木に何かがぶつかるような鈍い音は、神社のすぐ裏手から聞こえてきます。コツ……コツ……コツ……コツ……と、だんだんと大きくなってくる。どっと汗が吹き出るような嫌な感じがして、ふと腕時計を見ました。

午前二時。……丑の刻参り。

その瞬間、ぞっとしました。運転手は境内を後ずさると、回れ右して階段を駆け下りました。何度も転びそうになりながら、やっとのことで車にたどり着くと……おかしい。エンジンをつけっぱなしにしたはずが、なぜか止まっていて、ライトも消えているんです。

あわてて運転席に座り、差し込んだままの鍵を回そうとするが、どうにも回らない。
何かが引っかかっているのか、錆び付いてしまったかのようです。急いで何度も何度も鍵を回そうとするうちに、静かな外から聞こえてくるのは相変わらずコツ…コツ…という音。

運転手はもう神社の方を見ることができない。それでも力任せに鍵を回し、やっとエンジンがかかりました。
ほっとしてギアを入れ、ハンドルを切るが、道が狭いのでどうしても切り返さないといけない。
そうするとバックミラーに神社の階段が映るんですよ。赤いブレーキランプに照らされた階段はさながら血に染ったようで不気味です。

そうこうしているうちに、エンジンにかき消されて聞こえなくなっていたあの音が、また聞こえてくるんですよ。コツ……コツ……コツ……コツ……って。まるでこっちに近づいてきているかのように。

どうにか車を切り返して、ギアを入れた次の瞬間。バン、と何かにぶつかるような振動が走りました。後ろからです。もう見たくない。見たくないけど、視界の端にバックミラーが映るんです。後ろの窓に、手が張り付いているんですよ。その手には……大きな釘が握られていました。
運転手は声にならない悲鳴をあげると、慌てふためいたままアクセルを踏んで、なんとか命からがら逃げ出しました。


あれが本当に丑の刻参りだったとしたら…途中で人に見つかると、かけようとした呪いが自分に降り掛かってしまうので、目撃者を殺さなければならないそうです。
いやあ、本当に怖いのは生きている人間、ってところですかね。

……まあ、あの手があの女性のものだったのか、そもそも彼女が生身の人間だったかどうかも、わかりませんけどね。
そして、同僚はあの後すぐに会社を辞めたので、その後どうなったか……一切の消息は不明だそうです。


ね、怖いお話でしょう?
ああ、そろそろ着きますね。ではこちらに停めますね。
足元お気をつけください。ドアを開けますね。
ああ、お代ですか? ……いえ? 結構ですよ。


(怪しげに)だって……もうすでに頂きましたからね。


​ー終
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