お先にどうぞ
概要
語り手: 道野 草太 🕯怖い話を読む人 / 語る人🕯
語り手(かな): みちのそうた こわいはなしをよむひと かたるひと
Twitter ID: MICHI_KUSA_
更新日: 2023/06/02 21:46
エピソード名: お先にどうぞ
小説名: お先にどうぞ
作家: 柴
Twitter ID: shibaSpoon
本編
あらかじめ言っておきますと、この話にはいくつかフェイクが入っております。
話を聞くうちに少し違和感を感じる箇所があるかもしれませんが、あまり気にしないでもらえると幸いです。
ある時、私が勤務する警察署にAさんという方から通報が入りました。
なんでも一人暮らししている娘さんと、ここ2週間ほど連絡がつかない、自宅を訪ねて合鍵で部屋に入ってみても、少なくとも数日間は部屋に帰ってきた形跡がない、とのことでした。
娘さん、ではここからはB子さんとしましょうか。
B子さんは女子大生なのですが、調べると大学やバイト先でもAさんがおっしゃっていた時期とほぼ同じタイミングから姿を見かけなくなっていたということがわかりました。
若い女性の一人暮らしですので、警察は事件と事故、両方の線から調査することになりました。
私は捜査の一環で後輩と一緒にB子さんの自宅マンションへと足を運び、マンションの管理人さんに許可をとって、B子さんの部屋にあがらせてもらいました。
なにか事件性のあるものがないか、ひととおり物色したのですが、ごく一般的な一人暮らし女性の部屋といった感じで、特に怪しいものは見つかりませんでした。
次に管理人室で、建物に設置されている監視カメラの録画をチェックすることにしました。
B子さんのマンションには2台の監視カメラが設置されており、1台はオートロック付きの正面玄関に、もう1台はエレベーターの内部にありました。
最後にB子さんの消息が確認できたのは2週間前。彼女のアルバイト先でのことになります。
私と後輩は管理人さんにお願いし、その当日の録画映像から見せてもらうことにしました。
B子さんは飲食店でアルバイトをされており、その日は閉店時間までの勤務だったことがあらかじめわかっていました。
その事前情報と照らし合わせて、特に違和感のない時間帯にあたる22:55分、マンション玄関の監視カメラがB子さんの姿を映しました。特に連れもいません。
当たり前かもしれませんが妙な素振りもなく、B子さんはオートロックを開錠してマンション内に入っていきました。
私たちはここで監視カメラを切り替えて、今度はエレベーター内を映したカメラをチェックすることにしました。
玄関を通り過ぎたB子さんが、エレベーターに入ってくる姿がもうひとつのカメラの方に映し出されます。
エレベーターに乗り込むと同時にボタンを押して、ドアの脇に佇むB子さん。
間をあけずドアが閉まると、ゆっくりと彼女の部屋のある6階まで上ってゆきます。
目的のフロアに着きドアが開きましたが、この時、B子さんは何故だか直ぐにはエレベーターから降りずに、カメラの方向へと振り返り数秒間そのまま立ち尽くしていました。
一体何をしているんだろう?そう思ったのも束の間、B子さんはすぐに何事も無かったかのようにエレベーターを降りていきました。
後輩も私と同じ違和感を抱いたようでした。映像を巻き戻して、B子さんがエレベーターに乗るところからもう一度見てみることにしました。
エレベーターが1階に到着し、ドアが開くと同時にB子さんが中に入ってくる。ボタンパネルの前にB子さんが立ち、陰に隠れて見えないけれどおそらくは自分の部屋のある6階のボタンを押したのが肩の動きでわかります。
エレベーターがゆっくりと閉まり、6階まで上がっていきます。その間B子さんはバッグからスマホを取り出してそれを見ているようでした。特に違和感はありません。
やがてエレベーターは6階に到着し、B子さんはやはりすぐには降りずに後ろを振り返ってそのまま数秒間静止します。つまり、カメラからは見えませんが「開」ボタンを押しているということです。
また、B子さんはマスクをしていたので先程はわからなかったのですが、振り返った時にどうやら何か短い言葉を発しているようでした。表情が少し動いているのが確認できたからです。
そして次の瞬間には、B子さんは何食わぬ様子でエレベーターから出ていきました。
これが、B子さんの映っている最後の映像でした。
翌日以降、エレベーターにもマンション玄関の監視カメラにも、建物を出ていくB子さんらしき姿は一切捉えられませんでした。
監視カメラを避けてマンションを出ていくこと自体は不可能ではありません。階段で降りればエレベーターは使わずに済むし、住人だけが利用出来るオートロックの裏口には、ダミーカメラしか付いていませんでした。
しかし6階に住むB子さんが理由もなくわざわざ階段を使って建物を出ていったとは考えづらく、さらに裏口のカメラがダミーであることなどは知っている人間はかなり限られております。B子さん自身も知る機会などなかったはずです。
警察は、B子さんは今もマンション内のどこかに居る可能性を考え、マンションの住人たちをさらに捜査対象に加え、入念な捜査を進めました。
ですが、結論から言うとB子さんはその後も見つかることはありませんでした。
―ここから先は後輩が後日言っていたことで、報告書にも載せていない内容になります。
彼が言うには、B子さんはエレベーターが止まった時、振り返って「お先にどうぞ」と言っていたのではないかと言うんです。
なるほど確かに言われてみれば、エレベーターを降りる際、他にも同じ階で降りる人がいれば、「開」ボタンを押してその人が先に降りるのを促したりもします。軽く声もかけるかもしれません。
でも、もし後輩の言う通りだとしたら、それは一体どういうことなのでしょうか。
B子さんが1人でエレベーターに乗っていたことは、私と一緒に映像を見ていた後輩と管理人さんも確認しています。
それなら彼女は、一体誰に「お先にどうぞ」と声をかけたというのでしょうか。
そして、誰の後に続いてエレベーターを降りていったのでしょうか。
なお、B子さんの部屋のある6階のフロアは、彼女の部屋以外は全て空部屋だったそうです。
話を聞くうちに少し違和感を感じる箇所があるかもしれませんが、あまり気にしないでもらえると幸いです。
ある時、私が勤務する警察署にAさんという方から通報が入りました。
なんでも一人暮らししている娘さんと、ここ2週間ほど連絡がつかない、自宅を訪ねて合鍵で部屋に入ってみても、少なくとも数日間は部屋に帰ってきた形跡がない、とのことでした。
娘さん、ではここからはB子さんとしましょうか。
B子さんは女子大生なのですが、調べると大学やバイト先でもAさんがおっしゃっていた時期とほぼ同じタイミングから姿を見かけなくなっていたということがわかりました。
若い女性の一人暮らしですので、警察は事件と事故、両方の線から調査することになりました。
私は捜査の一環で後輩と一緒にB子さんの自宅マンションへと足を運び、マンションの管理人さんに許可をとって、B子さんの部屋にあがらせてもらいました。
なにか事件性のあるものがないか、ひととおり物色したのですが、ごく一般的な一人暮らし女性の部屋といった感じで、特に怪しいものは見つかりませんでした。
次に管理人室で、建物に設置されている監視カメラの録画をチェックすることにしました。
B子さんのマンションには2台の監視カメラが設置されており、1台はオートロック付きの正面玄関に、もう1台はエレベーターの内部にありました。
最後にB子さんの消息が確認できたのは2週間前。彼女のアルバイト先でのことになります。
私と後輩は管理人さんにお願いし、その当日の録画映像から見せてもらうことにしました。
B子さんは飲食店でアルバイトをされており、その日は閉店時間までの勤務だったことがあらかじめわかっていました。
その事前情報と照らし合わせて、特に違和感のない時間帯にあたる22:55分、マンション玄関の監視カメラがB子さんの姿を映しました。特に連れもいません。
当たり前かもしれませんが妙な素振りもなく、B子さんはオートロックを開錠してマンション内に入っていきました。
私たちはここで監視カメラを切り替えて、今度はエレベーター内を映したカメラをチェックすることにしました。
玄関を通り過ぎたB子さんが、エレベーターに入ってくる姿がもうひとつのカメラの方に映し出されます。
エレベーターに乗り込むと同時にボタンを押して、ドアの脇に佇むB子さん。
間をあけずドアが閉まると、ゆっくりと彼女の部屋のある6階まで上ってゆきます。
目的のフロアに着きドアが開きましたが、この時、B子さんは何故だか直ぐにはエレベーターから降りずに、カメラの方向へと振り返り数秒間そのまま立ち尽くしていました。
一体何をしているんだろう?そう思ったのも束の間、B子さんはすぐに何事も無かったかのようにエレベーターを降りていきました。
後輩も私と同じ違和感を抱いたようでした。映像を巻き戻して、B子さんがエレベーターに乗るところからもう一度見てみることにしました。
エレベーターが1階に到着し、ドアが開くと同時にB子さんが中に入ってくる。ボタンパネルの前にB子さんが立ち、陰に隠れて見えないけれどおそらくは自分の部屋のある6階のボタンを押したのが肩の動きでわかります。
エレベーターがゆっくりと閉まり、6階まで上がっていきます。その間B子さんはバッグからスマホを取り出してそれを見ているようでした。特に違和感はありません。
やがてエレベーターは6階に到着し、B子さんはやはりすぐには降りずに後ろを振り返ってそのまま数秒間静止します。つまり、カメラからは見えませんが「開」ボタンを押しているということです。
また、B子さんはマスクをしていたので先程はわからなかったのですが、振り返った時にどうやら何か短い言葉を発しているようでした。表情が少し動いているのが確認できたからです。
そして次の瞬間には、B子さんは何食わぬ様子でエレベーターから出ていきました。
これが、B子さんの映っている最後の映像でした。
翌日以降、エレベーターにもマンション玄関の監視カメラにも、建物を出ていくB子さんらしき姿は一切捉えられませんでした。
監視カメラを避けてマンションを出ていくこと自体は不可能ではありません。階段で降りればエレベーターは使わずに済むし、住人だけが利用出来るオートロックの裏口には、ダミーカメラしか付いていませんでした。
しかし6階に住むB子さんが理由もなくわざわざ階段を使って建物を出ていったとは考えづらく、さらに裏口のカメラがダミーであることなどは知っている人間はかなり限られております。B子さん自身も知る機会などなかったはずです。
警察は、B子さんは今もマンション内のどこかに居る可能性を考え、マンションの住人たちをさらに捜査対象に加え、入念な捜査を進めました。
ですが、結論から言うとB子さんはその後も見つかることはありませんでした。
―ここから先は後輩が後日言っていたことで、報告書にも載せていない内容になります。
彼が言うには、B子さんはエレベーターが止まった時、振り返って「お先にどうぞ」と言っていたのではないかと言うんです。
なるほど確かに言われてみれば、エレベーターを降りる際、他にも同じ階で降りる人がいれば、「開」ボタンを押してその人が先に降りるのを促したりもします。軽く声もかけるかもしれません。
でも、もし後輩の言う通りだとしたら、それは一体どういうことなのでしょうか。
B子さんが1人でエレベーターに乗っていたことは、私と一緒に映像を見ていた後輩と管理人さんも確認しています。
それなら彼女は、一体誰に「お先にどうぞ」と声をかけたというのでしょうか。
そして、誰の後に続いてエレベーターを降りていったのでしょうか。
なお、B子さんの部屋のある6階のフロアは、彼女の部屋以外は全て空部屋だったそうです。