千年桜 ~ほのかに寄せる思いは届くのか~
概要
良かれと思ったことだったのに。
それは、あなたのことを・・・
それは、あなたのことを・・・
語り手: 中島なおみ
語り手(かな):
Twitter ID: dobladordenatch
更新日: 2024/01/17 23:07
エピソード名: 千年桜
小説名: 千年桜
作家: 夏凪ひまり
Twitter ID: natunagi_sp
本編
散りゆく運命と知りつつも、求めて止まないこの恋は、せめて、春風に舞いあなたを元気づけられたならと、願って止まないのです。
私がこんな事をポツリと呟くと、白猫は
「あなたはだいぶ消極的なのね。欲しいもの、手に入れたいものは、貪欲にならないと何の望みも叶わないわよ。」
そう言いながら、私の枝にひょいと飛び乗った。
「君は、誰だい?私の言葉がわかる猫なんて見たことも聞いたこともない。」
「それはそうでしょうよ。私も、桜の木と話が出来るなんて思ってもなかったわ。」
私が面食らっていると、白猫は私の枝の上で前足を舐めながら顔を洗っている。
「で、あなたは誰に恋煩いをしたのかしら?」
猫はそう言って、ちらりと私を見上げてぷっくりした口元をにんまりと釣り上げる。
「そ、それは……」
私が口ごもると、
「はっきりしない男ね、しゃんとなさいっ!」
そう言って猫は私の幹に爪を立てて引っ掻いた。
私は、昔出会った少女の話を猫に語って聞かせた。
「なるほどね、折れた枝が可哀想だとハンカチを巻いてくれた少女に一目惚れ……素敵じゃないの。協力してあげるわ。私、この街には詳しいの。その間にあなたは、人の形になる修行をなさい。」
そうして、数ヶ月の時が過ぎ、私は安定して人の形が取れるようになっていた。あの時は少女と話がしたくて必死に青年の形になったものの、あれ以来この術は使っていない。数百年も生きていると、こんな所業まで出来るようになるものかと己で己に驚きを隠せなかった。そこにしなやかな足取りの猫がやってきた。少し神妙な面持ちで。
「見つけたわ……でも、彼女はもしかしたら……いや、なんでもない。この河原に沿って行って左に曲がったら見える古い瓦屋根の家よ。」
私は、元気よく猫にお礼を言うと教えられた家まで一目散に駆け出した。やっと会えるのだ。数十年間恋焦がれた、あの少女に。
家の前まで行くと、一人の少女が竹のほうきを持って掃き掃除をしていた。ひとつに結わえたサラサラの黒髪。微睡むようにとろんとした目、ふっくらとした小さな唇、間違いない。彼女だ。
私は、高鳴る鼓動でぎゅっとしまった喉から声を振り絞った。
「八重子さん……?」
私が、声をかけると驚いたように少女は私を凝視した。
「……あの、祖母になにか?」
「え?」
私が事情を話すと、少女は家の一室に通してくれた。私は、鈴棒を手に取りチーンと鐘を鳴らす。そして、人間達が私にいつもするように八重子さんの写真に向かって両手を合わせた。
そこへ孫の紗栄子さんが入ってきてお茶を出してくれた。紗栄子さんは、八重子さんが3ヶ月前に亡くなったこと、刺繍が好きだったこと、そして、おじいさんには内緒よといって、50年前桜の木の下で出会った青年に一目惚れした話を聞かされたことを、彼女は私に教えてくれた。
話を聞きながら、ぼろぼろと涙が止まらなかった。人間の体とは何とも不便なものだ。感情によって胸がぎゅっと締め付けられ苦しくなるし、涙も出る。笑ったかと思えばお腹が空いて、こんなにも呆気なく年老いて死んでしまう。
それでも、限りある時間だからこそ尊く眩い輝きを放ってこんなにも恋焦がれてしまうのかもしれない。
私は、こぼれ落ちる大粒の雫を無理やり拭うと、心配する紗栄子さんにお礼を言って、彼女の家を後にした。私が自分自身の木に戻ると、そこにはあの白猫が少しバツの悪そうな顔をして佇んでいた。
そして、恐る恐るといった様子で猫が口を開いた。
「悪かったわね。私はてっきり、最近の事だと思い込んでいたから。
あなたにはその……、しっかり自分の目で確かめて欲しかったの。だって、何百年も想いを患ったままなのは、とても苦しい事だから。」
そう言いながら猫は、とても切なそうな表情をうかべる。そんな猫に私はこう答えた。
「あぁ、ありがとう。おかげでよく分かったよ。千年の時を生きる私にはあまりに儚い幸福だったと。人の一生はあまりにも短すぎる。」
私が、橋の向こうのビル群に沈む夕焼けに酔いしれながら言うと、
「そんなこと言わないでよ。人がダメなら猫はどう?」
と猫が言う。
「何を馬鹿なことを。猫は人間よりも長く生きれないじゃないか。」
私が、少しバカにした調子で言うと
「そんなことないわ。知らないの?猫には九つの命があるのよ。何度だってあなたに寄り添うわ。」
そう言いながら、猫は得意げな表情をする。
「ふふっ、ならそういうことにしてあげよう。」
私が声を上げて笑うと、白猫はすりすりと私の幹にすり寄って来た。
「私、毎日ここに来るわ。あなたに会いに。例えあなたが綺麗な花を咲かせていなくても。変わらずあなたの側にいてあげるから、どうか寂しいなんて思わないでね。」
白猫の温もりを確かに感じながら、
少し肌寒い秋の風は、私の枝葉を強く揺らした。
私がこんな事をポツリと呟くと、白猫は
「あなたはだいぶ消極的なのね。欲しいもの、手に入れたいものは、貪欲にならないと何の望みも叶わないわよ。」
そう言いながら、私の枝にひょいと飛び乗った。
「君は、誰だい?私の言葉がわかる猫なんて見たことも聞いたこともない。」
「それはそうでしょうよ。私も、桜の木と話が出来るなんて思ってもなかったわ。」
私が面食らっていると、白猫は私の枝の上で前足を舐めながら顔を洗っている。
「で、あなたは誰に恋煩いをしたのかしら?」
猫はそう言って、ちらりと私を見上げてぷっくりした口元をにんまりと釣り上げる。
「そ、それは……」
私が口ごもると、
「はっきりしない男ね、しゃんとなさいっ!」
そう言って猫は私の幹に爪を立てて引っ掻いた。
私は、昔出会った少女の話を猫に語って聞かせた。
「なるほどね、折れた枝が可哀想だとハンカチを巻いてくれた少女に一目惚れ……素敵じゃないの。協力してあげるわ。私、この街には詳しいの。その間にあなたは、人の形になる修行をなさい。」
そうして、数ヶ月の時が過ぎ、私は安定して人の形が取れるようになっていた。あの時は少女と話がしたくて必死に青年の形になったものの、あれ以来この術は使っていない。数百年も生きていると、こんな所業まで出来るようになるものかと己で己に驚きを隠せなかった。そこにしなやかな足取りの猫がやってきた。少し神妙な面持ちで。
「見つけたわ……でも、彼女はもしかしたら……いや、なんでもない。この河原に沿って行って左に曲がったら見える古い瓦屋根の家よ。」
私は、元気よく猫にお礼を言うと教えられた家まで一目散に駆け出した。やっと会えるのだ。数十年間恋焦がれた、あの少女に。
家の前まで行くと、一人の少女が竹のほうきを持って掃き掃除をしていた。ひとつに結わえたサラサラの黒髪。微睡むようにとろんとした目、ふっくらとした小さな唇、間違いない。彼女だ。
私は、高鳴る鼓動でぎゅっとしまった喉から声を振り絞った。
「八重子さん……?」
私が、声をかけると驚いたように少女は私を凝視した。
「……あの、祖母になにか?」
「え?」
私が事情を話すと、少女は家の一室に通してくれた。私は、鈴棒を手に取りチーンと鐘を鳴らす。そして、人間達が私にいつもするように八重子さんの写真に向かって両手を合わせた。
そこへ孫の紗栄子さんが入ってきてお茶を出してくれた。紗栄子さんは、八重子さんが3ヶ月前に亡くなったこと、刺繍が好きだったこと、そして、おじいさんには内緒よといって、50年前桜の木の下で出会った青年に一目惚れした話を聞かされたことを、彼女は私に教えてくれた。
話を聞きながら、ぼろぼろと涙が止まらなかった。人間の体とは何とも不便なものだ。感情によって胸がぎゅっと締め付けられ苦しくなるし、涙も出る。笑ったかと思えばお腹が空いて、こんなにも呆気なく年老いて死んでしまう。
それでも、限りある時間だからこそ尊く眩い輝きを放ってこんなにも恋焦がれてしまうのかもしれない。
私は、こぼれ落ちる大粒の雫を無理やり拭うと、心配する紗栄子さんにお礼を言って、彼女の家を後にした。私が自分自身の木に戻ると、そこにはあの白猫が少しバツの悪そうな顔をして佇んでいた。
そして、恐る恐るといった様子で猫が口を開いた。
「悪かったわね。私はてっきり、最近の事だと思い込んでいたから。
あなたにはその……、しっかり自分の目で確かめて欲しかったの。だって、何百年も想いを患ったままなのは、とても苦しい事だから。」
そう言いながら猫は、とても切なそうな表情をうかべる。そんな猫に私はこう答えた。
「あぁ、ありがとう。おかげでよく分かったよ。千年の時を生きる私にはあまりに儚い幸福だったと。人の一生はあまりにも短すぎる。」
私が、橋の向こうのビル群に沈む夕焼けに酔いしれながら言うと、
「そんなこと言わないでよ。人がダメなら猫はどう?」
と猫が言う。
「何を馬鹿なことを。猫は人間よりも長く生きれないじゃないか。」
私が、少しバカにした調子で言うと
「そんなことないわ。知らないの?猫には九つの命があるのよ。何度だってあなたに寄り添うわ。」
そう言いながら、猫は得意げな表情をする。
「ふふっ、ならそういうことにしてあげよう。」
私が声を上げて笑うと、白猫はすりすりと私の幹にすり寄って来た。
「私、毎日ここに来るわ。あなたに会いに。例えあなたが綺麗な花を咲かせていなくても。変わらずあなたの側にいてあげるから、どうか寂しいなんて思わないでね。」
白猫の温もりを確かに感じながら、
少し肌寒い秋の風は、私の枝葉を強く揺らした。