貰った霊感

概要

霊感とは遺伝するものなのでしょうか…?
不思議な力を持つ転校生の男の子との、霊感の開花にまつわる淡い初恋の話です。

語り手: 青木双風
語り手(かな):

Twitter ID: aoki_sofu
更新日: 2023/06/02 21:46

エピソード名: 貰った霊感

小説名: 貰った霊感
作家: 平蕾知初雪(旧・一文梨初雪)
Twitter ID: tsulalakilikili


本編


 母から聞いた話です。
 私の母は「霊感が強い人」です。よく何もないところをしげしげと見つめていたり、突然「わっ、びっくりした」と独り言を呟いたりしています。
 そんな母ですが、生まれつきそのような体質だったわけではありません。子どもの頃のある出来事によって「第六感が開花した」と言うのです。


 母がまだ小学一年生の頃、夏休み明けに転校生がやって来ました。野沢くんという、とても大人しくて無口な男の子だったそうです。
 病弱で、都会から療養のため田舎にきたというだけあって、彼はしょっちゅう学校を休んでいました。
 また、アレルギー体質であったのか、野沢くんは驚くほど少食で、ほとんど給食を食べません。毎日先生に叱られているのを母は可哀想に思い、よく野沢くんが残したおかずをこっそり食べていたそうです。


 あるとき、母は習字のお稽古の帰りに近所の神社付近をぶらぶら歩いてました。
 すると狭い道の脇、石でできた鳥居の横に、仰向けの人が倒れています。驚いて近寄ってみると、地面に大の字になっていたのは野沢くんでした。

「野沢くん、具合悪いの?」
 母がおそるおそる声をかけると、意外なことに野沢くんは、母ににこりと微笑みかけました。
「気持ち良いから寝てるだけ。Aさんも一緒に寝る?」
 母の記憶では、無口な野沢くんに名前を呼ばれたのはそれが初めて。少し嬉しくなり、試しに母も、ごろりと身体を横たえてみました。すると、確かにとてもそこは気持ちが良く、みるみる元気が湧いてくるような、不思議な心地がしました。

「神社であんなに頭が冴えるような気がしたのはその時が最初で最後。その神社にはそのあと何度も行ったけど、あのときの感覚はたった一度きりだった」
 そう母は言います。

 それからしばらく、母と野沢くんは寝そべりながら他愛のない話をしました。すると突然、野沢くんが「あっ、Bが帰って来る」と叫びました。
 母が「だれ?」と聞くと、Bというのは野沢くんのご親戚、且つその神社を管理するお仕事をしている方のようです。しかし、その人の姿はどこにも見えません。
「どこにいるの?」
 母が野沢くんに問うと、野沢くんは「どこにいるかはわからないけど、帰って来ることがわかる」というようなことを言いました。

 前々から大半のクラスメイトが勘づいていたことですが、どうやら野沢くんは第六感に優れているようです。未来予知というと大げさですが、彼の勘の鋭さを、母はこれまでにも何度か目の当たりにした経験がありました。

 そしてその日だけは、なぜだか野沢くんのそんなところを「羨ましい」と、母は思ったそうなのです。
 するとそれを察したのか、あるいはたまたまかはわかりませんが、野沢くんが
「Aさんもわかるようになりたい?」
 と尋ねました。母が頷くと、野沢くんは母を神社の奥のほうへ来るよう誘いました。

 野沢くんが「神様に頼んでみる」と言って母に見せたのは、ずっしりとした巨木でした。この神社の正式な御神木である樫の木は、鳥居をくぐってすぐ左にあります。けれど野沢くんに連れて行かれたのは神社の裏手、ただただ古めかしい大きな木を指差され、母は首を傾げました。

 霊感の話はこれで終わりです。

 その後、本当にBという人がやってきてお菓子を御馳走になった以外、特に野沢くんと母が何かをしたというわけではありません。
 なのに、その日を境に、母の第六感はめざましく研ぎ澄まされていきました。

 野沢くんは何年か後に再び転校し、同窓会などにもまったく顔を出さないので、母はもう長いあいだ彼と会っていません。

「最初は厭なものを貰っちゃったなぁと思いもしたけど、あの神社には何度もお礼参りしてるのよ。なにせ、私はこの勘の良さでお父さんを見つけて結婚したんだからね」
 そう言って母は笑います。私は母の第六感がなければ生まれなかったのか、と思うと、少々感慨深いです。

 ただ、この話には若干腑に落ちないことがあります。父は所謂ゼロ感ですが、なぜか私は昔から、母と同じ視えるタイプの人間なのです。

 母の霊感は野沢くん、あるいは神社の神様によって解放された能力のように思います。はたして後天的に目覚めた霊感でも遺伝するものなのでしょうか?


 余談ですが、神社での一件以降、母が野沢くんと距離を置くようになったのは、彼のことが怖かったから……ではなかったそう。

「あの頃、野沢くんのことが好きだったの。だけど野沢くんはものすごく勘が良いから、気持ちを悟られそうで、恥ずかしくて近づけなくなっちゃって」

 そんな母の初恋の話を聞いて以来、私は自分の勘の良さや霊感のことを、なるべく公言しないようにしています。知らず知らずのうちにチャンスを逃すのは、いただけませんので。
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