【さよならのかわりに】 作:中野 美夢 様

概要

中野 美夢 様の作品、現代恋愛短編 「さよならのかわりに」を読ませて頂きました。
子どもの恋と大人の恋の狭間に、運命が交わる。
長くは続かなくても、なかったことにしたいわけじゃない。夏の終わりの切ない物語。

恋よりも甘く、ほろ苦い穏やかな別れと 相手を思いやる幸せを感じられる作品をお楽しみ下さいね。

★中野 美夢様、承認申請からアップまで少々お時間を頂き申し訳ございませんでした。
 これからも、やさしくもさみしいストーリーを楽しみにしております。
 また是非朗読の機会を頂けましたら幸いです。ありがとうございました。

語り手: 水乃樹 純
語り手(かな): みずのき じゅん

Twitter ID: jun_mizunoki
更新日: 2023/08/26 05:17

エピソード名: さよならのかわりに

小説名: さよならのかわりに
作家: 中野 美夢(なかの みむ)
Twitter ID: mi_novel_kyun


本編

台風一過の晴天に、薄い雲が少し。ここ数日、空が高くなってきた。また1つ、ひまわりの季節が終わろうとしている。

 僕と彼女の運命が交わったのは、去年の夏。大学生になった僕が始めたバイト先で出会った。大学生の僕と、社会人で訳あって副業バイトとして入っている彼女。僕たちのシフトは少しかぶるか、入れ違いに僕が帰るくらい。今思うと、まるで僕たちの運命を表したようなシフトだったね。

 それでも運命とは不思議なもので、ふとしたタイミングで絡まりあったりする。そもそも、彼女と僕が休憩室で会話を交わすようになった時、彼女には長く付き合っている彼氏がいた。僕より6つ年上の彼女だから、そりゃそんな人もいるだろうと驚きもしなかった。一方の僕は、彼女という存在ができたことはなかった。少しずつ彼女と、顔を見れば話をするようになった。ぼんやり勝手に、大人への憧れのような気持ちを思い描いていた。

 ある日、同じバイト仲間の若いカップルが休憩室で旅行へ行く計画を立てていた。そこへ出勤してきた彼女は、
「えー?!羨ましい!彼氏がインドアすぎて出かけてくれないのよ」
と不満を手短かに語って、着替えを済ませバイトに入っていった。

 僕からすれば、彼女は手の届かない憧れのような届かない人。彼女からすれば、僕はこれからどんな未来も歩ける真っ白な人。一見交差することのなさそうな少し遠い存在。その距離感で終われなかったのが、僕たちの運命だった。

 ある日突然、彼女が言った。
「彼氏と、別れたの」
てっきりそろそろ結婚すると思っていた僕は、驚いた。彼女が続けた言葉に、さらに驚く。
「私と、どこかお出かけしない?」
とんでもないことを無邪気に提案している彼女の瞳に、嘘は1つもなかった。断る理由の見つからない僕が、彼女に惹かれていくのは一瞬だった。

 もしこのまま結婚したら、ずっと好きなひとと出かけられない未来なのかと気付いて決断したらしい。始めのうちは彼氏もそれなりに出かけてくれたが、1年もすると「この前出かけたじゃん」と言われるようになった。好きという気持ちは、時に人の大事なものを見えにくくする。彼女は、かわりに家族や友達と出かけることでそれを紛らわすようになった。
「いま冷静に考えると、なんの解決にもなってないわよね」
と、なんとも悲しい笑い方で彼女が言う。

 僕の運転でたどり着いた、ひまわり畑。脆い土の地面に君の足がもつれたので、思わず支えようとした僕と、とっさに掴んだ彼女。意図せず手を繋いでしまった僕たちは、少し汗ばむお互いの顔を見て苦笑いした。でも、その手は繋いだままに。立派に背の伸びたひまわりまでたどり着くと、それぞれ写真を撮った。「一緒に撮ろう」とは、言えなかった。かわりに、こっそり彼女の後ろ姿を撮ろうとしたその時、ふいに彼女が僕に話しかけようと振り返った。
「カシャ」僕のスマホのシャッター音がした。
「あ、勝手に撮ってる!やだ消してよー!わたしめっちゃ汗かいてるし!」
と彼女が言うが、僕は意地でも消さなかった。心のどこかにいつもあった僕の不安が、そうさせた。

ひまわり畑に背を向けて駐車場に戻る途中、おばあちゃんに話しかけられた。
「大学生のデートかい?いいねぇ若いねぇ」
僕たちはちょうどいい返答が見つけられず、あははと笑い返した。彼女に合わせようと少し背伸びした格好の僕。しっかりめに作った前髪と黒髪、その下にはくりんとした瞳のわりと幼い顔の彼女。はたから見たら、ちょうど年齢差を歩み寄って大学生活最後の夏休みでも満喫しているように見えるかもしれない。
「そうだったら、よかったのにね」
僕が思ったのと、彼女がつぶやいた言葉は同じだった。

 夏のあいだ、タイミングが合えば星を見に行った。そんなことで、彼女は大喜びしてくれた。本当に、たいして出かけてもらえてなかったんだなと、胸が痛むくらい。僕は夏休みだけど、彼女は仕事があるし、二人ともバイトもある。思ったより、タイミングを合わせるのは難しかった。会えない時間には、お互い色々と考えてしまう。それはこれからの楽しい事というよりは、未来への不安だった。好きだけでは埋められないものが、この世界には存在する。僕たちが一緒にいられたのは、ひと夏のあいだだけだった。

大丈夫、二度と連絡することはない。でも、なかなか消すことができずにいたSNSの中の彼女のアイコンが変わった。シンプルな指輪が、おしゃれに2本写っているアイコンに。彼女と会えなくなった、次の夏の終わりに。

台風一過の晴天に、薄い雲が少し。ここ数日、空が高くなってきた。僕もそろそろ、新しい季節を上書きし始めたほうがいいかもしれない。

 無数のひまわりを背景に彼女が笑うデータを削除しながら、僕はさよならのかわりにつぶやいた。

「おめでとう」
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