海も僕も、いつでも待っています(作 中野 美夢(旧 mi☆.*゜) 朗読 いつか晴る)
概要
海のそばのカフェで、刻々と変わる海を眺めながらコーヒーを飲みたくなりました。
読みながら、淡く瑞々しい感覚がよみがえってきました。
お時間ある時に聴いていただけたら嬉しいです。
読みながら、淡く瑞々しい感覚がよみがえってきました。
お時間ある時に聴いていただけたら嬉しいです。
語り手: いつか晴る
語り手(かな):
Twitter ID: @itsuka232
更新日: 2023/06/02 21:46
エピソード名: 海も僕も、いつでも待っています
小説名: 海も僕も、いつでも待っています
作家: 中野 美夢(なかの みむ)
Twitter ID: mi_novel_kyun
本編
『早く暖かい季節がやってくるといいですね。僕は、いつでもお待ちしております』
まるで日記のような、ひとりごとのような不器用な文章を添えて、今日も君に夕方の海の写真を送る。
※
『カシャ』
朝の冷たい空気に鼻水をすすりながら、テラス席ごしに目の前の海の写真を撮って店のSNSに載せる。「本日もお待ちしております」というひとことを添えて。
それが、僕のカフェの開店の合図。
趣味のサーフィンをしながら、好きなコーヒーが飲みたい。理由は簡単だった。僕は5年前に横浜の海辺にカフェを開いた。朝起きて、サーフィンして、店を開ける。常連さんがランチに来てくれたり、観光客がちょこっとコーヒーを飲みに入る。思い描いていた通りの毎日を過ごせている僕は、思い通りに動きずらくなってしまった今の時代の不便さも、さほど感じていなかった。
カランカラン♪
「いらっしゃいませ」
「おはようさん、洋平くん」
「今日も寒いですね、いつもので?」
「あぁ、いつもので」
朝の常連客の源さんは、そう言って僕と向かい合うカウンター席に座る。じょりじょりと自分のあごひげを触るのが源さんの癖だ。
「最近ひげも白髪っぽくなってきたんだが、なかなかおしゃれで気に入ってるんだ」
「かっこいいっすよね、憧れます」
「洋平くんだって意外とすぐだぞ、すぐ」
「あはは、楽しみです」
こんな風に素敵な土地と人に囲まれて、平穏な日々を過ごしていた。そこに少しの変化が訪れたのは、つい先日の事だった。
「洋平くん、この前言ってた店のSNSに夕方の海の写真を載せるだのどうの……って話はどうした?」
「やっぱりやめたんです、朝だけにします」
「そうか…洋平くんの店には明るい雰囲気が似合うからな、良かった」
「相談のってもらって、ありがとうございました」
数日前、いつも通り朝の開店合図の写真をアップした。「了解」と言ってくれるように、数人の常連さんから今日もいいねをいただく。ふと、いつもと少し違う通知が見えたので確認すると、珍しくコメントが来ていた。
『素敵な海ですね』
きっと、たまたま見かけてコメントしてくれたのだろう。僕は、やんわりとコメントを返した。
『目の前に海が広がる小さなカフェです、いつでもお待ちしております』
我ながら当たり障りのない、面白くもないコメントだな。そう思いながら、この朝も源さんのコーヒーを淹れていた。
ランチも落ち着いた午後、今朝のコメントと同じ人からDMが来ていた。
『突然のDM失礼します。毎朝の素敵な海のお写真、いつも楽しみに拝見しておりました。実は私は、海のない県に住んでいます。もし可能でしたら、夕方の海のお写真も載せていただけないでしょうか?』
言われている事は理解できるし、謙虚に訊ねられているので、特段不快にも感じなかった。ただ一応、僕個人のアカウント扱いではないので、店のイメージとしてどうなのかと思い、ためらった。そこで翌日の朝、源さんに相談してみたのだ。そんなお願いをされているということは、伏せておいた。
『少し検討してみましたが、店のイメージと合わないと思い、投稿は控えさせていただきます。ですが、個人的にでしたらこんな写真でも宜しければ毎日目の前にあるだけの景色なので、おすそ分け可能です』
その日の夕方の海の写真と一緒に、返信した。僕にとっては、大好きではあるが、毎日目の前に当たり前にある景色。それが日常的ではない彼女は、大げさなくらいに僕の写真一枚で喜んでくれた。その日から、無理のない程度に忘れずに写真を撮った日は送ってあげる、彼女が喜ぶ、という日々が始まった。
それだけのやりとりが、お互い飽きることなく一ヶ月ほど続いた。むしろ、日々の楽しみにさえなってきた頃だった。
『夜の海も、どんな感じなんですか?』
また新しい時間帯の、海への興味を受け取った。そして僕もまた、少しずつ彼女に対して興味を持ち始めている自覚があった。
『夜の海は、明かりがないのでご想像通りに暗いです。暗さのレベルは、月明かり次第です。さすがに僕のスマホの精度ではうまく写真が撮れないので、申し訳ない……』
我ながら、絶妙な返信をしたなと思った。あわよくば、じゃあ見に行ってみようかな、と彼女が言いやすい雰囲気を完成させたのだ。
だが、そんな簡単な話ではなかった。彼女は小さい頃から喘息持ちで、感染症には人一倍気を付けているという想定外な返信内容だった。彼女はまだまだ、本当に収束するまで無茶はしない予定らしい。のほほんと健やかに暮らしていた僕には考えた事のなかった話だった。
ただ、それさえなかったら本当は今すぐにでも見に行きたいと言ってくれた。海も見たいし、中華街で肉まんを食べるのが夢らしい。僕も、彼女に見せたい景色がたくさんある。
今日も夕方の海の写真とともに、彼女に不器用なメッセージを送る。
『海も僕も、いつでも待っています』
まるで日記のような、ひとりごとのような不器用な文章を添えて、今日も君に夕方の海の写真を送る。
※
『カシャ』
朝の冷たい空気に鼻水をすすりながら、テラス席ごしに目の前の海の写真を撮って店のSNSに載せる。「本日もお待ちしております」というひとことを添えて。
それが、僕のカフェの開店の合図。
趣味のサーフィンをしながら、好きなコーヒーが飲みたい。理由は簡単だった。僕は5年前に横浜の海辺にカフェを開いた。朝起きて、サーフィンして、店を開ける。常連さんがランチに来てくれたり、観光客がちょこっとコーヒーを飲みに入る。思い描いていた通りの毎日を過ごせている僕は、思い通りに動きずらくなってしまった今の時代の不便さも、さほど感じていなかった。
カランカラン♪
「いらっしゃいませ」
「おはようさん、洋平くん」
「今日も寒いですね、いつもので?」
「あぁ、いつもので」
朝の常連客の源さんは、そう言って僕と向かい合うカウンター席に座る。じょりじょりと自分のあごひげを触るのが源さんの癖だ。
「最近ひげも白髪っぽくなってきたんだが、なかなかおしゃれで気に入ってるんだ」
「かっこいいっすよね、憧れます」
「洋平くんだって意外とすぐだぞ、すぐ」
「あはは、楽しみです」
こんな風に素敵な土地と人に囲まれて、平穏な日々を過ごしていた。そこに少しの変化が訪れたのは、つい先日の事だった。
「洋平くん、この前言ってた店のSNSに夕方の海の写真を載せるだのどうの……って話はどうした?」
「やっぱりやめたんです、朝だけにします」
「そうか…洋平くんの店には明るい雰囲気が似合うからな、良かった」
「相談のってもらって、ありがとうございました」
数日前、いつも通り朝の開店合図の写真をアップした。「了解」と言ってくれるように、数人の常連さんから今日もいいねをいただく。ふと、いつもと少し違う通知が見えたので確認すると、珍しくコメントが来ていた。
『素敵な海ですね』
きっと、たまたま見かけてコメントしてくれたのだろう。僕は、やんわりとコメントを返した。
『目の前に海が広がる小さなカフェです、いつでもお待ちしております』
我ながら当たり障りのない、面白くもないコメントだな。そう思いながら、この朝も源さんのコーヒーを淹れていた。
ランチも落ち着いた午後、今朝のコメントと同じ人からDMが来ていた。
『突然のDM失礼します。毎朝の素敵な海のお写真、いつも楽しみに拝見しておりました。実は私は、海のない県に住んでいます。もし可能でしたら、夕方の海のお写真も載せていただけないでしょうか?』
言われている事は理解できるし、謙虚に訊ねられているので、特段不快にも感じなかった。ただ一応、僕個人のアカウント扱いではないので、店のイメージとしてどうなのかと思い、ためらった。そこで翌日の朝、源さんに相談してみたのだ。そんなお願いをされているということは、伏せておいた。
『少し検討してみましたが、店のイメージと合わないと思い、投稿は控えさせていただきます。ですが、個人的にでしたらこんな写真でも宜しければ毎日目の前にあるだけの景色なので、おすそ分け可能です』
その日の夕方の海の写真と一緒に、返信した。僕にとっては、大好きではあるが、毎日目の前に当たり前にある景色。それが日常的ではない彼女は、大げさなくらいに僕の写真一枚で喜んでくれた。その日から、無理のない程度に忘れずに写真を撮った日は送ってあげる、彼女が喜ぶ、という日々が始まった。
それだけのやりとりが、お互い飽きることなく一ヶ月ほど続いた。むしろ、日々の楽しみにさえなってきた頃だった。
『夜の海も、どんな感じなんですか?』
また新しい時間帯の、海への興味を受け取った。そして僕もまた、少しずつ彼女に対して興味を持ち始めている自覚があった。
『夜の海は、明かりがないのでご想像通りに暗いです。暗さのレベルは、月明かり次第です。さすがに僕のスマホの精度ではうまく写真が撮れないので、申し訳ない……』
我ながら、絶妙な返信をしたなと思った。あわよくば、じゃあ見に行ってみようかな、と彼女が言いやすい雰囲気を完成させたのだ。
だが、そんな簡単な話ではなかった。彼女は小さい頃から喘息持ちで、感染症には人一倍気を付けているという想定外な返信内容だった。彼女はまだまだ、本当に収束するまで無茶はしない予定らしい。のほほんと健やかに暮らしていた僕には考えた事のなかった話だった。
ただ、それさえなかったら本当は今すぐにでも見に行きたいと言ってくれた。海も見たいし、中華街で肉まんを食べるのが夢らしい。僕も、彼女に見せたい景色がたくさんある。
今日も夕方の海の写真とともに、彼女に不器用なメッセージを送る。
『海も僕も、いつでも待っています』