日々是朗読【再会】〈いとうかよこ〉
概要
本当は、私が男性のパートを朗読して、女性のパートを朗読できる方にお願いしてコラボでもしてもらえれば最高なんですけど、極度のコミュ障なもんですから、結果的に一人二役で朗読してしまいました。
そこまでして読みたいなって思わせてくれた、素敵な作品だと思います。
ただ、聴いてくれた方の作品に対するイメージをぶち壊していたら・・・本当に申し訳ないです。。。
そこまでして読みたいなって思わせてくれた、素敵な作品だと思います。
ただ、聴いてくれた方の作品に対するイメージをぶち壊していたら・・・本当に申し訳ないです。。。
語り手: 読書人流水
語り手(かな): どくしょじんりゅうすい
Twitter ID: bass_ryu_z
更新日: 2023/06/02 21:46
エピソード名: 再会
小説名: 再会
作家: いとうかよこ
Twitter ID: kotobaya
本編
ーーー偶然の出逢い、あるいは再会。人はそれを、運命と呼んだりする。
しかし、運命がいつも、幸せな結末を連れてくるとは限らない。
「お久しぶりです」
一瞬、驚いたように目を見開き立ち止まった彼女は、すぐに我に返り、落ち着いた声でそう言った。
無邪気だったあの頃とは別人のような大人の仕草に、ドクリ、と胸がなった。
イメージが変わったのはまっすぐに伸びた黒髪のせいか。それとも、逢わなかった長い長い時間のせいだろうか。
「髪、伸びたんだな。」
彼にそう言われて、改めて、逢わなかった時間の長さを思った。
この人に恋していた頃、私はまだショートカットの小娘だった。
男になんて負けないっ! と、対抗意識むき出しな可愛くない女の典型。世間知らずの自惚れ屋でもあった。
そんな私を、可愛いと言ってくれた人。
何にでもムキになって向かっていく子供だった私を、危なっかしくて目が離せない、と、いつも笑って、さりげなく見守ってくれた人。
あの頃、彼女に恋をしていた。年甲斐もなくときめいて、大人気もなく必死に。
自分で自分を笑ってしまうくらい、ただ彼女が愛おしくて。どうしようもなく、彼女に恋をしていた。
彼女を喜ばせたくて、ジタバタとする姿は、さぞ滑稽だったことだろう。
けれど、周囲の視線など気にもならなかった。彼女の笑顔を見られれば、それだけで幸せだったのだから。
私はこの人に恋をして、甘いため息も、苦い涙も知った。
片想いではない恋に不慣れな私は、ただ自分の気持ちをぶつけるばかりで、
きっと、この人を何度も戸惑わせ、幾度も困らせていたのだろう。
今ならわかる。あの頃、私のがむしゃらなまでの一途さが、恋を壊してしまったことも。
ふと、懐かしい仕草を見つけ、思わず、笑みがこぼれた。
「話しながらメガネのフレームを触る癖、相変わらずなんですね」
そんなことを覚えていてくれたのかと、彼女の言葉に心の奥がザワザワと騒ぎ出す。
さっきから、やたらとうるさい胸の内を悟られないよう、冷静な大人の笑みの仮面をつけ、
改めて、彼女を見れば、あの頃と変わらない無邪気で愛おしい笑顔にぶつかった。
ひと際大きく、ドクリと胸が鳴る。それをごまかすように言葉をつなぐ。
「さっきは見違えたけど、笑った顔は変わらないな」
彼のやわらかい瞳が私を見つめ微笑む。この人こそ、変わっていない。あの頃と何も。
一瞬、気持ちがあの頃に引き戻される。
胸の奥からじわじわとこみ上げてくる想いは、離れていた長い長い時間を飛び越え、この身体の隅々まで広がっていく。
あの頃のように、心も身体も、すべてがこの人でいっぱいになっていく。
あの頃、彼女の笑顔を守りたい、と思っていた。彼女を傷つける者など許さない、と思っていた。
けれど、彼女をもっとも傷つけたのは、他の誰でもない、自分だった。
大人だと自負していたはずが、彼女のすべてを受け止めるには未熟すぎたのだと、今さらながら思い知る。
何もかももう、遅いというのに。
そんな感傷的な想いなどお構いなしに、幕切れの時は迫っていた。
「じゃあ、また、いつか」
「えぇ、お元気で」
瞬きほどの短い再会の最後を、そんな言葉で締めくくり、私たちは右と左へ歩いていく。
こんな奇跡のような偶然はもう起こらない。わかっている。きっと、これが最初で最後…。
くるりと背を向けた彼女の後ろ姿を、じっと見送った。
その場に縫い付けられたように足は動かず、彼女から視線を外すこともできない。
ただ、その場に立ち尽くし、振り向かない、戻らない彼女を、黙って見送った。
どのくらいそうしていたのか。
無音だった世界に街のざわめきが戻ってきた頃、ようやく、一歩を踏み出した。
彼女とは反対の方向へ歩き出す。
足を止め、思わず振り返ると、遠ざかっていく彼の背中が見えた。
もし本当に、またいつか、があるのなら、
その時は運命なのだと、その胸に飛び込むことが許されるだろうか。
そっと指を絡ませ、はにかむように視線を合わせながら微笑み合う。
そんな恋人同士になれるだろうか。
もし、もう一度、彼女と逢える日が来るのなら、また、彼女に恋をしたい。
いや、きっと、彼女に恋をする。
年甲斐もなく、大人気もなく、どうしようもなく、彼女に恋をするだろう。
それは、予感などではない。確信だった。
いつかまた、彼と偶然に出逢うことができたのなら…。
もう一度、彼女に、恋をする。
ーーー彼の後ろ姿が見えなくなるまで見送ってから、彼女はくるりと踵を返す。そして、もう一度、前を向いてまっすぐに歩き出した。
ーーー彼女は知らない。自分が振り返る直前まで、彼がその場に立ち尽くし、彼女の背中を見つめていたことを。
彼は知らない。その背中が見えなくなるまで、彼女が見送っていたことも。
ーーー彼女は知らない。すぐにでも駆け寄って抱きしめたい、とでも言いたげな熱を宿した彼の瞳を。
彼は知らない。彼女が彼に向けた愛おしそうな視線も、淋しげな口元も。
ーーーふたりは知らない。互いの想いを。胸の奥を疼かせている熱を。
ーーーふたりは確かに運命の相手だった。けれどそれが、必ずしも幸せな結末にたどり着くとは限らない。
運命の女神が描いたエピローグを、彼も、彼女も、誰も、まだ、知らない。
しかし、運命がいつも、幸せな結末を連れてくるとは限らない。
「お久しぶりです」
一瞬、驚いたように目を見開き立ち止まった彼女は、すぐに我に返り、落ち着いた声でそう言った。
無邪気だったあの頃とは別人のような大人の仕草に、ドクリ、と胸がなった。
イメージが変わったのはまっすぐに伸びた黒髪のせいか。それとも、逢わなかった長い長い時間のせいだろうか。
「髪、伸びたんだな。」
彼にそう言われて、改めて、逢わなかった時間の長さを思った。
この人に恋していた頃、私はまだショートカットの小娘だった。
男になんて負けないっ! と、対抗意識むき出しな可愛くない女の典型。世間知らずの自惚れ屋でもあった。
そんな私を、可愛いと言ってくれた人。
何にでもムキになって向かっていく子供だった私を、危なっかしくて目が離せない、と、いつも笑って、さりげなく見守ってくれた人。
あの頃、彼女に恋をしていた。年甲斐もなくときめいて、大人気もなく必死に。
自分で自分を笑ってしまうくらい、ただ彼女が愛おしくて。どうしようもなく、彼女に恋をしていた。
彼女を喜ばせたくて、ジタバタとする姿は、さぞ滑稽だったことだろう。
けれど、周囲の視線など気にもならなかった。彼女の笑顔を見られれば、それだけで幸せだったのだから。
私はこの人に恋をして、甘いため息も、苦い涙も知った。
片想いではない恋に不慣れな私は、ただ自分の気持ちをぶつけるばかりで、
きっと、この人を何度も戸惑わせ、幾度も困らせていたのだろう。
今ならわかる。あの頃、私のがむしゃらなまでの一途さが、恋を壊してしまったことも。
ふと、懐かしい仕草を見つけ、思わず、笑みがこぼれた。
「話しながらメガネのフレームを触る癖、相変わらずなんですね」
そんなことを覚えていてくれたのかと、彼女の言葉に心の奥がザワザワと騒ぎ出す。
さっきから、やたらとうるさい胸の内を悟られないよう、冷静な大人の笑みの仮面をつけ、
改めて、彼女を見れば、あの頃と変わらない無邪気で愛おしい笑顔にぶつかった。
ひと際大きく、ドクリと胸が鳴る。それをごまかすように言葉をつなぐ。
「さっきは見違えたけど、笑った顔は変わらないな」
彼のやわらかい瞳が私を見つめ微笑む。この人こそ、変わっていない。あの頃と何も。
一瞬、気持ちがあの頃に引き戻される。
胸の奥からじわじわとこみ上げてくる想いは、離れていた長い長い時間を飛び越え、この身体の隅々まで広がっていく。
あの頃のように、心も身体も、すべてがこの人でいっぱいになっていく。
あの頃、彼女の笑顔を守りたい、と思っていた。彼女を傷つける者など許さない、と思っていた。
けれど、彼女をもっとも傷つけたのは、他の誰でもない、自分だった。
大人だと自負していたはずが、彼女のすべてを受け止めるには未熟すぎたのだと、今さらながら思い知る。
何もかももう、遅いというのに。
そんな感傷的な想いなどお構いなしに、幕切れの時は迫っていた。
「じゃあ、また、いつか」
「えぇ、お元気で」
瞬きほどの短い再会の最後を、そんな言葉で締めくくり、私たちは右と左へ歩いていく。
こんな奇跡のような偶然はもう起こらない。わかっている。きっと、これが最初で最後…。
くるりと背を向けた彼女の後ろ姿を、じっと見送った。
その場に縫い付けられたように足は動かず、彼女から視線を外すこともできない。
ただ、その場に立ち尽くし、振り向かない、戻らない彼女を、黙って見送った。
どのくらいそうしていたのか。
無音だった世界に街のざわめきが戻ってきた頃、ようやく、一歩を踏み出した。
彼女とは反対の方向へ歩き出す。
足を止め、思わず振り返ると、遠ざかっていく彼の背中が見えた。
もし本当に、またいつか、があるのなら、
その時は運命なのだと、その胸に飛び込むことが許されるだろうか。
そっと指を絡ませ、はにかむように視線を合わせながら微笑み合う。
そんな恋人同士になれるだろうか。
もし、もう一度、彼女と逢える日が来るのなら、また、彼女に恋をしたい。
いや、きっと、彼女に恋をする。
年甲斐もなく、大人気もなく、どうしようもなく、彼女に恋をするだろう。
それは、予感などではない。確信だった。
いつかまた、彼と偶然に出逢うことができたのなら…。
もう一度、彼女に、恋をする。
ーーー彼の後ろ姿が見えなくなるまで見送ってから、彼女はくるりと踵を返す。そして、もう一度、前を向いてまっすぐに歩き出した。
ーーー彼女は知らない。自分が振り返る直前まで、彼がその場に立ち尽くし、彼女の背中を見つめていたことを。
彼は知らない。その背中が見えなくなるまで、彼女が見送っていたことも。
ーーー彼女は知らない。すぐにでも駆け寄って抱きしめたい、とでも言いたげな熱を宿した彼の瞳を。
彼は知らない。彼女が彼に向けた愛おしそうな視線も、淋しげな口元も。
ーーーふたりは知らない。互いの想いを。胸の奥を疼かせている熱を。
ーーーふたりは確かに運命の相手だった。けれどそれが、必ずしも幸せな結末にたどり着くとは限らない。
運命の女神が描いたエピローグを、彼も、彼女も、誰も、まだ、知らない。