バスを降りる
概要
ホラー短編小説、"バスを降りる"
「あれ?おかしいな、いつものバスに乗っているはずなのに」
いつもと違う風景に動揺していると、
運転手が話しかけてきた。
いつのまにか紛れこんでいた異界。
あなたは、どうしますか?
「あれ?おかしいな、いつものバスに乗っているはずなのに」
いつもと違う風景に動揺していると、
運転手が話しかけてきた。
いつのまにか紛れこんでいた異界。
あなたは、どうしますか?
語り手: 道野 草太 🕯怖い話を読む人 / 語る人🕯
語り手(かな): みちのそうた こわいはなしをよむひと かたるひと
Twitter ID: MICHI_KUSA_
更新日: 2023/06/02 21:46
エピソード名: バスを降りる
小説名: バスを降りる
作家: 江山菰
Twitter ID: Petalodepersiko
本編
今日は他校との交流行事で、会場へ向かう貸切バスの中はお喋りに溢れていた。
ジャージ姿のクラスメイトたちは、家族のことばかり話していた。
朝、母親とけんかをして謝らないままだったこと。
弟の漫画本を借りたままだったこと。
今日のお弁当は、大好物ばかり入れてもらっていたこと。
柄が悪くて話しかけるのも憚られるような連中までそんな話ばかりしている。
友達がほとんどいない私はぽつねんと窓の外を見ていた。
学校でも家でも変わり者と思われていたが、思われたままで構わない。
道路脇の擁壁の上で、カジイチゴがつやつやした実をつけている。今日は一段ときれいに見えた。
私は園芸が好きで、プランターにラズベリーの仲間を集めていた。園芸種だけでなくクサイチゴやフユイチゴも、里山で採ってきては大事にしている。だから、このカジイチゴの群生もいつか掘り取って庭に植えたいと思って、学校の行き帰り眺めていた。
でも、いつかって、いつ来るのだろう。
突然、バスが停まった。開いた扉から高齢の女性が一人乗った。
そしてクラスメイトが一人降りた。
バイバーイと手を降る彼女に、仲のいい子たちが窓越しに手を降る。
発車しては幾度となく停まり、数人の様々な客が乗ってくる。一人で大丈夫なのか心配になるほど小さな幼児までいた。
そして、入れ替わるようにクラスメイトが降りていく。
また二人、今度は三人。
朝、クラスのみんなと乗り込んだとき、このバスの内装は貸切仕様でカーペットが敷かれ、座席は青くなかっただろうか。
今、乗っているこのバスは見慣れた路線バスのものだし、私たちの尻の下にある座席は赤い。
やはりこれは路線バスなのだ。
バスは田舎道を走り、私の家の前で停まった。
母が吊るして干していた大根が見えた。
クラスメイト達が一斉に私を見る。
私は降りるべきなのだろうか。
視線に促されるようにもそもそと開いたドアへと向かったが、本当にこのままこのステップを踏んで降りていいのかか躊躇し、左手にある運転席へ目をやった。
運転手は、若いようで年取っているような、年齢がわからない男だった。
彼は言った。
「ああ、何が起こったかわかっていないんだね」
「どういうことですか」
「とにかく降りなさい」
「なぜですか」
「あなたにも別れを言う時間が必要でしょ?」
鈍い私も、とうとう一つの答えに行き当たった。
不思議なほど、恐くも悲しくもなかった。
運転手は優しく続けた。
「このバスは三日後ここを通る。またお乗りなさい」
「時刻は?」
「近づいてくればすぐわかるから大丈夫」
納得できなかった。私は鈍い。気付かないことだってあると思う。
「もし乗らなかったらどうなりますか」
そう言った途端、私の目の前が真っ暗になった。泥のような闇の中で何か、小さなものがいくつか光っていた。
悪意はないが害意のある、人間の目だった。
見るんじゃなかった。
恐怖で声が出なくなった私の脚にぬめぬめとしたものが触れた。
「そうなるよ」
運転手の声でそのビジョンはかき消えた。私は、バスのアイドリング音が響く降り口前でぼんやりしていた。
私はバスを降りた。
うちの車がない。みんな出払っているのだ。
玄関へ向かって歩いていると、右目の視界がぬるりと真っ赤になった。
――了
ジャージ姿のクラスメイトたちは、家族のことばかり話していた。
朝、母親とけんかをして謝らないままだったこと。
弟の漫画本を借りたままだったこと。
今日のお弁当は、大好物ばかり入れてもらっていたこと。
柄が悪くて話しかけるのも憚られるような連中までそんな話ばかりしている。
友達がほとんどいない私はぽつねんと窓の外を見ていた。
学校でも家でも変わり者と思われていたが、思われたままで構わない。
道路脇の擁壁の上で、カジイチゴがつやつやした実をつけている。今日は一段ときれいに見えた。
私は園芸が好きで、プランターにラズベリーの仲間を集めていた。園芸種だけでなくクサイチゴやフユイチゴも、里山で採ってきては大事にしている。だから、このカジイチゴの群生もいつか掘り取って庭に植えたいと思って、学校の行き帰り眺めていた。
でも、いつかって、いつ来るのだろう。
突然、バスが停まった。開いた扉から高齢の女性が一人乗った。
そしてクラスメイトが一人降りた。
バイバーイと手を降る彼女に、仲のいい子たちが窓越しに手を降る。
発車しては幾度となく停まり、数人の様々な客が乗ってくる。一人で大丈夫なのか心配になるほど小さな幼児までいた。
そして、入れ替わるようにクラスメイトが降りていく。
また二人、今度は三人。
朝、クラスのみんなと乗り込んだとき、このバスの内装は貸切仕様でカーペットが敷かれ、座席は青くなかっただろうか。
今、乗っているこのバスは見慣れた路線バスのものだし、私たちの尻の下にある座席は赤い。
やはりこれは路線バスなのだ。
バスは田舎道を走り、私の家の前で停まった。
母が吊るして干していた大根が見えた。
クラスメイト達が一斉に私を見る。
私は降りるべきなのだろうか。
視線に促されるようにもそもそと開いたドアへと向かったが、本当にこのままこのステップを踏んで降りていいのかか躊躇し、左手にある運転席へ目をやった。
運転手は、若いようで年取っているような、年齢がわからない男だった。
彼は言った。
「ああ、何が起こったかわかっていないんだね」
「どういうことですか」
「とにかく降りなさい」
「なぜですか」
「あなたにも別れを言う時間が必要でしょ?」
鈍い私も、とうとう一つの答えに行き当たった。
不思議なほど、恐くも悲しくもなかった。
運転手は優しく続けた。
「このバスは三日後ここを通る。またお乗りなさい」
「時刻は?」
「近づいてくればすぐわかるから大丈夫」
納得できなかった。私は鈍い。気付かないことだってあると思う。
「もし乗らなかったらどうなりますか」
そう言った途端、私の目の前が真っ暗になった。泥のような闇の中で何か、小さなものがいくつか光っていた。
悪意はないが害意のある、人間の目だった。
見るんじゃなかった。
恐怖で声が出なくなった私の脚にぬめぬめとしたものが触れた。
「そうなるよ」
運転手の声でそのビジョンはかき消えた。私は、バスのアイドリング音が響く降り口前でぼんやりしていた。
私はバスを降りた。
うちの車がない。みんな出払っているのだ。
玄関へ向かって歩いていると、右目の視界がぬるりと真っ赤になった。
――了