花折句

概要

花を手折って貴方に贈る。
気付きたくない想いとともに。

語り手: 棚部侑
語り手(かな):

Twitter ID: yuu_tanabe3
更新日: 2023/06/02 21:46

エピソード名: 花折句

小説名: 花折句
作家: yukiyanagi
Twitter ID: OtkDWm14aVUCTco


本編



ポキリ。小さな抵抗の感触をわたしの手に返して、その花はわたしの手のひらにおさまった。
それを見ていたあなたは、花が可哀想だといった。
咲いたら枯れるだけの、意思も何もない花に、そんな感想を抱けなかったわたしは、手に落ちてきた花をどうしようかと思案しながら、悲しげな表情をするあなたを少しだけ憎んだ。



アネモネ
花言葉
「儚い恋、あなたを愛します」


はらはらと舞い散る花弁(はなびら)のように、わたしの体を掠(かす)めていくのは、形のない言葉たちだ。
わたしは見送る。幾千。幾万の言葉たちを。時折、硝子片(がらすへん)のように降り注ぐそれらには、目をつむってやり過ごしていく。
けれどあなたの言葉は、そのどれでもない。
触れることを怖がるわたしを見透かしているように見送らせてはくれない。
侵すというほど激しくもないあなたの言葉たちは、ただ、ただ。
わたしの胸に当たり、足下へと降り積もっていく。
ポキリ。わたしはまた一つ、花を手折(たお)る。


イカリソウ
花言葉
あなたをとらえる。あなたを離さない。新たな人生。


どれだけ愛され、祝福され、産まれてきた命でも、
幸福は約束されていない。
知っている。理解している。だから、裏切りだなどと言うつもりはなかったはずだった。
わかっていると言って手を振れば終わるはずの、わたしとあなたとの距離を憎んだ。
あなたに会えたことはわたしにとって幸運であり。
だが、あなたにとってはきっと不幸だった。
ポキリ。手折った花の首は落ち、ぬかるんだ泥の中へ沈む。


シロツメクサ
花言葉
幸運、約束、復讐心



身動きがとれない。窒息してしまうのではないかと思うくらいに苦しい。
涙が滲んだ。助けて欲しかった。
救って欲しかった。
欲しがりになってしまっていたと気づいたのは、もう手遅れになってから。
あなたの姿はないのに。
いつの間にか、降り積もっていた言葉に埋もれていく。
苦しい。
あまりに苦しくて、あなたの言葉に歯を立てて、手折るように、わたしはそれを飲み込んだ
甘い香りを嗅いだ気がした。
苦し紛れに伸ばしていた手の先が何かを掴む。わたしはそれを夢中で握りしめた。
ポキリ。花が折れる感触と、それが潰れた音が、耳に響いた。



テイカズラ
花言葉
依存、栄誉、優雅


強い、強い風が吹いた。降り積もっていた言葉たちが、風にさらわれてどこかへ飛んでいく。
息ができた。深く、深く、何度も息を吸って、吐いた。
苦しさは取り除かれた筈なのに。
目頭が熱くなって、視界が滲(にじ)んだ。ぼたぼたと、吸い込まれるように、溢れた涙が地面に染みを作った。
あなたの言葉は消えた。
わたしの記憶は、いつまであなたを、言葉を覚えていられるだろう。
何度も何度も思い返せば、忘れずに、とっておけるだろうか。


ルリハコベ
花言葉
変化、追憶


滲んだ視界をこすり、顔をあげると、視界に転々と落ちる花が目に入った。
わたしが手折ってきた花。あなたにあげようとして。
でも悲しげな顔をするあなたには渡せなかった。
ひとつひとつ、拾いあげていく。
しかし、最後にひとつ残っていたのは、わたしが手折っていない花。
花を手折るのが可哀想だと言ったあなたが、残したのだろうか。
それも拾いあげ、腕に抱えた。


手折って、手折り、言葉を送る。
きっと気づかれない。気づかないで欲しい。
わたしにも、あなたにも。
きっとこの言葉は、花のように短い命だから。


「アネモネ」
「イカリソウ」
「シロツメクサ」
「テイカズラ」
「ルリハコベ」


「気づかれなくとも。気づきたくなくとも。それでもわたしは、あなたにこの言葉をのこしておきたかったのです」


『ーーーーー』


(最後の『』台詞は、言っても言わなくても構いません。意味がわからない場合は無言でいいです)
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