秘する花

作家: わか
作家(かな): わか

秘する花

更新日: 2024/05/10 13:13
現代ファンタジー

本編


紅い月
常世に染まりし
幾千の
月日凪がれて
秘する花待つ


幾千の刻《とき》が経ち季節は終わりを迎え、我と植物だけが存在する世界。

我の永き物語。

空には煌々と紅い月が居座り、まるで我を監視するように見下ろしている。

───我?

何故、我には自我がある?
何故、我だけが生き物として存在している?

我は詩《うた》を詠む。
この心の声を詩《うた》と呼ぶ事を我は知っていた。

何もかも思い出せない中ただ一つ。
誰かを思い出すように、我はギャアギャアと汚く鳴いた。

傷ついた翼はあの紅い月には辿り着けない。


我はここから出たかった。
永久《えいきゅう》の刻《とき》の中で誰かを待っていた。

我の朽ちることないこの命を解き放ってくれる存在を。

秘する花を。

そうしてどれ程の刻《とき》を過ごしただろう。
いつものように静寂が支配する空の上、あの紅い月に小さな影が挿《さ》した。

それはゆっくりと、だが確実に我に近づいてくる。

我が座《ざ》す山の頂きに着陸したそれは、この星の景観にそぐわない程、機械的な飛行物体。

静かに待つ我の前で音もなく扉が開く。
向かい合うその者は1人の女だった。

「ギャア」

我は一声鳴いた。

「この星も随分と荒れ果ててしまいましたね」

女は淡々《たんたん》とそんな言葉を放つ。

あの月と同じ紅いローブを纏ったその女の声を聞いた瞬間、我の脳裏に突然フラッシュバックが起こった。

我はこの女を知っている。
その肩に我が物顔で鎮座《ちんざ》している黒猫が鋭い眼光で我をねめつけた。

「人類が最後の戦争を始め、私達は長きに渡る議論に決断と結論を着けました」

「この星に人間はいらない」

「私達の手で人類は滅びた…そう、ただ一人あなたを除いて」

「けれど…ふふ。あなたのその姿は、人とは呼べませんけどね」

我に自我がある事を知ってか知らずか、お構いなしに女は語り続ける。

「もうすぐこの星は最後を迎えます。その前にあなたに1つの選択を」

「この星と共に果てるか…私と一緒にあの紅い月へ行くか」

「あなたを助けるのはこれで三度目だったかしら?」

「一度目はそう…私が魔女などと呼ばれてた時代。あなたは年老いた名もなき詩人でしたね」

「その節はお世話になりました、かしら?ふふ…」

「病に犯されたあなたを私は銀の鎖を以《もっ》て助けましたね。そして二度目は…」

「月の女王になるべく試練の為、老夫婦に育てられた私に求婚してきたあなた。無理難題を吹っ掛けたのにあなたは諦めなかった。私の正体を知ってなお」

「あなたを殺しても良かったのですが、、、殺す代わりに私はあなたに救いという名の呪いをかけた」

「どこまでも私を追い続けるのなら、朽ちぬ命と人ならざる姿を与え…再び会いまみえるその時まで待ち続けられるのか」

「そしてまた私達は会いまみえた。永い刻《とき》の果てに」

「さぁ、選んで。これが最後よ。私と共に来るか、この星と共に散るか…」

そうか、あの時の竹取りの老夫婦が育てた…。
そして何故、我が詩《うた》などというものを知っていたのか。
なるほど、我はかつての我の転生体だったのか。

我は自分が何者であるかをようやく悟った。

「もうあまり時間がありません。もし私と一緒に来るのなら今度こそあなたの求婚を受け入れましょう。呪いを解き人の姿に返り、そして永遠の刻《とき》を共に過ごしましょう」

「もし、この星と共に在るのなら…ふふ、あなたにかけた不死の呪いは星の消滅と共に解けるでしょう。晴れてあなたは死ぬことが出来ます」

「どちらにしてもあなたは救われますね」

何故だろうか、迷いはなかった。

「そう…」

我は永久《えいきゅう》を拒む。
この星の住人として最期の命を輝かせよう。

「ならせめてあなたのその醜い姿を可愛らしい動物に変えてあげましょうか?いえ、これは単なる私の好みです」

永き刻《とき》を待ち続けた秘する花は、そうして来た時と同じように音もなく去っていく。

いつしかあの紅き月には兎の影が色濃く映るようになった…。


【終】
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