派遣作業員のパラさん
派遣作業員のパラさん
更新日: 2023/06/02 21:46SF
本編
「自分の可愛がっているパラちゃんを学校に通わせようか…」
ある昼下がり、アクトゥス・コミューンのニート(思考階級)の1匹が、缶詰のコケモモを食べた直後にふと思いつきました。
『プロジェクト』参加統治生産流通機構(国家・企業・コミューン等)のひとつであるアクトゥス・コミューンの社会構成は、労働階級・養育階級・防衛階級・生殖階級、そして「ニート」と呼ばれる階級に分かれています。
その中で思考能力を持つ階級は「ニート」だけであり、他の階級は思考階級たる「ニート」の決定方針に従って、労働も幼体の養育もサブコミューンの防衛も、そして自分たちの個体の繁殖すらコントロールされているのです。
パラさんは労働階級の個体として生まれ、被養育期間が修了してからは、仲間の死骸を粉砕しては自分たちの糞尿と泥や砂や土と混ぜ込み、コロニーの建材として再利用する日々を送ってきました。
尤も、偶に「ニート」のヒトビトの指示に従い、パラさんの他、労働階級の仲間がソーラーパネル衛星のメンテナンスや軌道エレベーターの修復に赴くこともありますが。
さて、パラさんの所属する第1984サブコミューンでは、昨50年度の財・サービスの生産量総数が、前50年度のそれらを約70%も上回りました。
そうなると当然、しばらくの間は余剰分の食糧・エネルギー・資源その他の備蓄・他の統治生産流通機構へのそれらの輸出を考慮しなくてはなりません。
そしてそれらの「余剰分の生産物」には、労働力たる「労働階級のヒトたち」も含まれているのです。
そこで第1984サブコミューンの「ニート」のヒトたちから構成されるサブコミューン評議会では、「余剰分の労働力たる労働階級のヒトたち」を、『プロジェクト』に参加する全ての統治生産流通機構に貸し出すことに決定しました。
今回も、パラさんは広軌鉄道の補修のための労働力として、とある土木工事会社の下請けに参加しました。
そしてその会社には、自らのヘマによって必ず作業員を労災に追い込むことで有名な、ウプ共和国出身のネックさんが現場監督を務めているのです。
パラさんが広軌鉄道の補修工事に参加した初日…。
現場監督であるネックさんが、クモやらワラビーやらパンケーキやらハエやらウィルスやらシャコやら龍やら三脚やら情報生物やらイカやらタコやら外骨格生物やらケンタウルスやらネズミやらナマケモノやらアメーバやらモグラやら恐鳥やらの、作業員総勢1000匹の前で今日のスケジュールについて説明しようとします。
「えー、本日はお日柄もよく…」
毎日3時間を優に超えるスケジュール説明を行おうとしたネックさんは、目の前の眼鏡をかけたヒトに釘付けとなりました。
(か、かわいい…)
そのヒトが、今後もネックさんと仲良くなるパラさんだったのです。
そしてこの日、パラさんがあまりにも可愛らしかったためにネックさんも上の空となってしまい、指示ミスをやらかして1匹の三脚の作業員(トライポッド経済協力機構出身)の3本ある脚の裡、2本を骨折させる羽目になりました。
パラさんは『プロジェクト』観測班に所属する1匹のニートの兄弟に大変かわいがられていました。
そのニートの兄弟は、どう言うワケだかは解りませんが、パラさんのことを大変気に入り、一緒にご飯を食べに行ったり遊びに出かけたり(尤も、感情らしきものがほとんどないパラさんではなく、ニートの兄弟の方が一方的に楽しがっていますが)しているのです。
そんなニートの兄弟が、ある日突然、降ってわいたかのように「パラさんを学校に通わせよう」と思い付いたのです。
感情も思考能力も、そして演算能力すらほとんどない(辛うじて「学習能力」だけはありますが)、「ニート」の指示に従って労働するだけの存在である労働階級の個体・パラさんが学校に行ったとしても、何ひとつ意味はありません。
しかし、アクトゥス・コミューンの「ニート」の個体の中には、非合理的・非生産的、且つ無意味なことを思いつき、実行する者も存在するのです。
端的に言うのならば、ニートの兄弟がパラさんを学校に通わせようと決心したのは、単なる「気まぐれ」以外の何物でもないわけです。
「そうと決まれば今度の観測班の自分の非番の日に、パラちゃんトコに出かけよう!」
ニートの兄弟は、自身の仕事である「観測」の合間にトッポギクッキーをバリボリ齧りながら、そう思いました。
そしてその非番の日…。
「ねえパラちゃん、あんた、今やってる…というか、労働そのものをしばらく休職して、60年ばかし学校に通ってみないか?」
パラさんを可愛がっているニートの兄弟は、コロニー内の「労働階級控えの間」に入室して、パラさんを見かけるや否や声を掛けました。
ところが、一日の作業が終了して、自身のベッドでぼんやりしていたパラさんのリアクションは、次のような言葉だったのです。
「それに関しては賛同できない。私を含む労働階級の個体1080匹が今後50年間、他の生産機構に貸し出されることは、第1984サブコミューン評議会の総意で決定したこと。『ニート』といえど、一個体の言い分のみで私1匹だけが60年間も学校に通学することはできない」
「……」
ニートの兄弟も、このパラさんのリアクションには返答に詰まりました。
そんなある日の朝、ニートの兄弟が朝飯前のプルコギをもしゃもしゃと食べていると、突然ある考えが浮かびました。
「そうだ!第1984サブコミューンは、フライ銀行グループ出身の奴隷商人と取引があったんだ…。自分も何でこんな簡単なことを思いつかなかったんだろう」
そうです。
パラさんとパラさんを可愛がっているニートの兄弟の所属する第1984サブコミューンは、とあるフライ銀行グループ出身の奴隷商人と取引があり、その奴隷商人の裁量によって、どの個体をどの生産機構に労働力を貸し出すのかが決定されてきたのです。
幸いなことに、1週間後に四半期に一度の「サブコミューン大会議」が開催されます。
「サブコミューン大会議」は、思考階級である「ニート」の各個体が出席する会議です。
議題は、前四半期の労働階級によって生み出された財やサービスの生産量の発表・生殖階級による今後の幼体の出生数の調整・養育階級から提出された問題のある幼体の今後の育成方針の決定・防衛階級によるサブコミューンの防衛予算並びに治安対策予算の決定etcと、多岐にわたります。
そんな中で、ニートの兄弟は何とか口実を設けて他のアクトゥス・コミューンのサブコミューン(もしくは他の当地生産流通機構)から労働力を引っ張ってきて、パラさんを閑職に追いやろう、という肚だったのです。
それには、第1984サブコミューンと取引のあるフライ銀行グループの奴隷商人の協力が必要です。
早速ニートの兄弟は、件の奴隷商人に連絡を執りました。
「…なるほど、他の統治生産流通機構から労働者を引き抜いて、そちらに充てたいとのことだな…」
天球儀を模した丸い部屋の中で、フライ銀行グループの奴隷商人はその中をぶんぶんと羽音を立てて飛び回りながら応えました。
この奴隷商人は落ち着きのないヒトで、他のヒトと取引をする際にも部屋の中を飛び回りながら商談をしないと気が済まない性格をしています。
「そうですモグモグ。自分は差し引きならぬ事情により、御社に登録されている派遣労働者1080匹を、こちらに回していただきたいと希望しているわけですモグモグ。その代わりに、御社には弊サブコミューンの労働階級1079匹を、そちらに登録させて他の統治生産流通機構の実情を研修させていただく、ということですモグモグ」
ニートの兄弟は、部屋の中で寝そべってオバントクを頬張りながら応じます。
「だがな、貴コミューンの労働力は、ウチのところの労働者1080匹分の価値はあるのかね?商取引は公正でなければならない。私の所属する統治生産流通機構は、“企業”という形式で集団の意思決定がなされている。そして企業とは、あらゆる面で公平でなければ――例えば、労働力に見合った賃金・取引相手との契約内容・資本と労働力と、その結果としての付加価値を帯びた生産物——ともあれ、公正でなければ何時の日か必ず滅びるのだよ」
どうやら奴隷商人は、アクトゥス・コミューンの労働階級の個体(1079匹)が、自分のところの労働者1080匹分の価値のある労働力たりうるか否かを、見極めるつもりでいるようです。
「…??あ、それでしたらご心配なく。私が導入を希望しておりますのは、弊サブコミューンの労働者1079匹との、むしろ公正以上なトレードとなり得ますので。なぜなら、アクトゥス・コミューンの労働階級は“労働”という行為に特化した個体であります。つまり、他の統治生産流通機構の個体のように、『賃金を上げろ』『休暇をよこせ』『それができないならサボタージュするぞ』などと騒いでストライキを起こすようなこともないわけです。むしろ、弊サブコミューンの労働階級1匹は、他の統治生産流通機構の労働者1080匹分の価値がある、と申しても過言ではありませんガブガブ」
ニートの兄弟は、お茶をがぶ飲みして応じます。
「…ふむふむ…。貴コミューンの労働者1079匹と、わが社の労働者1080匹とのトレードというのは労働者が1匹足りておらず、バランスを欠いているようにも思えるが、社の労働力・ひいては利益が、むしろ116万5320倍に増加するというわけだ。よし!考えさせてもらおう」
天井に止まっていた奴隷商人はそう言うと、再度ぶんぶんと飛び回りました。
時々オバントクを齧り、お茶を吸ってカロリーを補給しながらも考え続けていた奴隷商人は、3時間飛び回り続けた末に、遂に決心をしました。
ニートの兄弟のおでこに、奴隷商人がピタリと止まったのです。
これは奴隷商人側からの「OK」のサインでした。
「あ、ありがとうございます!」
ニートの兄弟は奴隷商人に対してお礼をしました。
しかしながら、課題はまだ残っています。
「さて、後は5日後に迫った『サブコミューン大会議』で、どうやってわがサブコミューンの労働者と派遣労働者とのトレードの必要性を他のニートのメンバーに説明するかだ…」
5日後の「サブコミューン大会議」が終了して…。
「…しかし、大会議で自分の独断で始めた奴隷商人との労働者のトレードが、あれほどすんなり受理されるとは思わなかったな。ひと悶着を覚悟していたのに、むしろ自分としても拍子抜けだよ。というわけでパラちゃん、キミはもうあの土木工事会社には通勤する必要はない。代わりに、労働者900匹が、労働を行うからね。なのでパラちゃん、60年の間、聖ンバンバ学園という学校に通ってもらえるかな?」
「了解した。私の代わりに労働者が900匹導入されて、自分が閑職に追いやられるのならば仕方がない。断る理由もなくなったから、学校に行く」
「お!そうか!じゃ、ありがとう!パラちゃん!!」
労働階級控の間にて、パラさんのベッドに腰かけてお話していたニートの兄弟は、パラさんが快諾してくれたので感謝して部屋を出て行きました。
「…なるほどな。『ニート』の兄弟が、お前をどうしても学校に通わせたい!思うて、奴隷商人と労働者をトレードした、ちゅうわけや。お前1匹のだけのために、その『ニート』の兄弟とかいうヤツは何でそこまでするんや?」
パラさんが久しぶりに広軌鉄道の工事現場に顔を出して作業が終了した後、ネックさんはパラさんを誘って行きつけの串焼き屋に入りました。
そしてセンチピード豚の炙り串焼きや、薬草スープを口にしながらパラさんに訊ねたのです。
「思考階級たる『ニート』の考えることは、自分にも計り知れない。そもそも、アクトゥス・コミューンの労働階級は“労働”という行為に特化した階級。よって思考・演算能力も最低限度にしか持ち合わせがなく、勢い、『ニート』の兄弟の思考もまた、労働階級である私にも全く理解不可能のものとなっている」
パラさんは、そうリアクションの言葉を返しました。
「せやったな。お前にとっては“労働”こそが人生の全てや。ほなら思考能力やら演算能力やらがあったら、労働の最中に『賃金上げろや!』『休憩時間増やせや!』『もっと休暇をよこさんかい!』なんて騒いでストやりまくって、コロニーの修繕もできひんことになりかねんからな。それから、ワイも聖ンバンバ学園に通学する予定やが、学校行くようになったら今日みたいに一緒に給食食おな!」
ネックさんはそう言うと、ジョッキに注いだ1リットルはありそうなキンキンに冷やした酢を呑み干しました。
そして聖ンバンバ学園の入学テストの当日。
この日、パラさんとネックさんの他には、4匹の入学希望者が来ていました。
パラさんは入学適性検査を終えると、面接を受けるべく、この学園にたった1匹しかいない先生であるヒノ先生のいる職員室のドアをノックします。
そして先生は、ドアを開けると挨拶をします。
「イランカラプテ」
0ある昼下がり、アクトゥス・コミューンのニート(思考階級)の1匹が、缶詰のコケモモを食べた直後にふと思いつきました。
『プロジェクト』参加統治生産流通機構(国家・企業・コミューン等)のひとつであるアクトゥス・コミューンの社会構成は、労働階級・養育階級・防衛階級・生殖階級、そして「ニート」と呼ばれる階級に分かれています。
その中で思考能力を持つ階級は「ニート」だけであり、他の階級は思考階級たる「ニート」の決定方針に従って、労働も幼体の養育もサブコミューンの防衛も、そして自分たちの個体の繁殖すらコントロールされているのです。
パラさんは労働階級の個体として生まれ、被養育期間が修了してからは、仲間の死骸を粉砕しては自分たちの糞尿と泥や砂や土と混ぜ込み、コロニーの建材として再利用する日々を送ってきました。
尤も、偶に「ニート」のヒトビトの指示に従い、パラさんの他、労働階級の仲間がソーラーパネル衛星のメンテナンスや軌道エレベーターの修復に赴くこともありますが。
さて、パラさんの所属する第1984サブコミューンでは、昨50年度の財・サービスの生産量総数が、前50年度のそれらを約70%も上回りました。
そうなると当然、しばらくの間は余剰分の食糧・エネルギー・資源その他の備蓄・他の統治生産流通機構へのそれらの輸出を考慮しなくてはなりません。
そしてそれらの「余剰分の生産物」には、労働力たる「労働階級のヒトたち」も含まれているのです。
そこで第1984サブコミューンの「ニート」のヒトたちから構成されるサブコミューン評議会では、「余剰分の労働力たる労働階級のヒトたち」を、『プロジェクト』に参加する全ての統治生産流通機構に貸し出すことに決定しました。
今回も、パラさんは広軌鉄道の補修のための労働力として、とある土木工事会社の下請けに参加しました。
そしてその会社には、自らのヘマによって必ず作業員を労災に追い込むことで有名な、ウプ共和国出身のネックさんが現場監督を務めているのです。
パラさんが広軌鉄道の補修工事に参加した初日…。
現場監督であるネックさんが、クモやらワラビーやらパンケーキやらハエやらウィルスやらシャコやら龍やら三脚やら情報生物やらイカやらタコやら外骨格生物やらケンタウルスやらネズミやらナマケモノやらアメーバやらモグラやら恐鳥やらの、作業員総勢1000匹の前で今日のスケジュールについて説明しようとします。
「えー、本日はお日柄もよく…」
毎日3時間を優に超えるスケジュール説明を行おうとしたネックさんは、目の前の眼鏡をかけたヒトに釘付けとなりました。
(か、かわいい…)
そのヒトが、今後もネックさんと仲良くなるパラさんだったのです。
そしてこの日、パラさんがあまりにも可愛らしかったためにネックさんも上の空となってしまい、指示ミスをやらかして1匹の三脚の作業員(トライポッド経済協力機構出身)の3本ある脚の裡、2本を骨折させる羽目になりました。
パラさんは『プロジェクト』観測班に所属する1匹のニートの兄弟に大変かわいがられていました。
そのニートの兄弟は、どう言うワケだかは解りませんが、パラさんのことを大変気に入り、一緒にご飯を食べに行ったり遊びに出かけたり(尤も、感情らしきものがほとんどないパラさんではなく、ニートの兄弟の方が一方的に楽しがっていますが)しているのです。
そんなニートの兄弟が、ある日突然、降ってわいたかのように「パラさんを学校に通わせよう」と思い付いたのです。
感情も思考能力も、そして演算能力すらほとんどない(辛うじて「学習能力」だけはありますが)、「ニート」の指示に従って労働するだけの存在である労働階級の個体・パラさんが学校に行ったとしても、何ひとつ意味はありません。
しかし、アクトゥス・コミューンの「ニート」の個体の中には、非合理的・非生産的、且つ無意味なことを思いつき、実行する者も存在するのです。
端的に言うのならば、ニートの兄弟がパラさんを学校に通わせようと決心したのは、単なる「気まぐれ」以外の何物でもないわけです。
「そうと決まれば今度の観測班の自分の非番の日に、パラちゃんトコに出かけよう!」
ニートの兄弟は、自身の仕事である「観測」の合間にトッポギクッキーをバリボリ齧りながら、そう思いました。
そしてその非番の日…。
「ねえパラちゃん、あんた、今やってる…というか、労働そのものをしばらく休職して、60年ばかし学校に通ってみないか?」
パラさんを可愛がっているニートの兄弟は、コロニー内の「労働階級控えの間」に入室して、パラさんを見かけるや否や声を掛けました。
ところが、一日の作業が終了して、自身のベッドでぼんやりしていたパラさんのリアクションは、次のような言葉だったのです。
「それに関しては賛同できない。私を含む労働階級の個体1080匹が今後50年間、他の生産機構に貸し出されることは、第1984サブコミューン評議会の総意で決定したこと。『ニート』といえど、一個体の言い分のみで私1匹だけが60年間も学校に通学することはできない」
「……」
ニートの兄弟も、このパラさんのリアクションには返答に詰まりました。
そんなある日の朝、ニートの兄弟が朝飯前のプルコギをもしゃもしゃと食べていると、突然ある考えが浮かびました。
「そうだ!第1984サブコミューンは、フライ銀行グループ出身の奴隷商人と取引があったんだ…。自分も何でこんな簡単なことを思いつかなかったんだろう」
そうです。
パラさんとパラさんを可愛がっているニートの兄弟の所属する第1984サブコミューンは、とあるフライ銀行グループ出身の奴隷商人と取引があり、その奴隷商人の裁量によって、どの個体をどの生産機構に労働力を貸し出すのかが決定されてきたのです。
幸いなことに、1週間後に四半期に一度の「サブコミューン大会議」が開催されます。
「サブコミューン大会議」は、思考階級である「ニート」の各個体が出席する会議です。
議題は、前四半期の労働階級によって生み出された財やサービスの生産量の発表・生殖階級による今後の幼体の出生数の調整・養育階級から提出された問題のある幼体の今後の育成方針の決定・防衛階級によるサブコミューンの防衛予算並びに治安対策予算の決定etcと、多岐にわたります。
そんな中で、ニートの兄弟は何とか口実を設けて他のアクトゥス・コミューンのサブコミューン(もしくは他の当地生産流通機構)から労働力を引っ張ってきて、パラさんを閑職に追いやろう、という肚だったのです。
それには、第1984サブコミューンと取引のあるフライ銀行グループの奴隷商人の協力が必要です。
早速ニートの兄弟は、件の奴隷商人に連絡を執りました。
「…なるほど、他の統治生産流通機構から労働者を引き抜いて、そちらに充てたいとのことだな…」
天球儀を模した丸い部屋の中で、フライ銀行グループの奴隷商人はその中をぶんぶんと羽音を立てて飛び回りながら応えました。
この奴隷商人は落ち着きのないヒトで、他のヒトと取引をする際にも部屋の中を飛び回りながら商談をしないと気が済まない性格をしています。
「そうですモグモグ。自分は差し引きならぬ事情により、御社に登録されている派遣労働者1080匹を、こちらに回していただきたいと希望しているわけですモグモグ。その代わりに、御社には弊サブコミューンの労働階級1079匹を、そちらに登録させて他の統治生産流通機構の実情を研修させていただく、ということですモグモグ」
ニートの兄弟は、部屋の中で寝そべってオバントクを頬張りながら応じます。
「だがな、貴コミューンの労働力は、ウチのところの労働者1080匹分の価値はあるのかね?商取引は公正でなければならない。私の所属する統治生産流通機構は、“企業”という形式で集団の意思決定がなされている。そして企業とは、あらゆる面で公平でなければ――例えば、労働力に見合った賃金・取引相手との契約内容・資本と労働力と、その結果としての付加価値を帯びた生産物——ともあれ、公正でなければ何時の日か必ず滅びるのだよ」
どうやら奴隷商人は、アクトゥス・コミューンの労働階級の個体(1079匹)が、自分のところの労働者1080匹分の価値のある労働力たりうるか否かを、見極めるつもりでいるようです。
「…??あ、それでしたらご心配なく。私が導入を希望しておりますのは、弊サブコミューンの労働者1079匹との、むしろ公正以上なトレードとなり得ますので。なぜなら、アクトゥス・コミューンの労働階級は“労働”という行為に特化した個体であります。つまり、他の統治生産流通機構の個体のように、『賃金を上げろ』『休暇をよこせ』『それができないならサボタージュするぞ』などと騒いでストライキを起こすようなこともないわけです。むしろ、弊サブコミューンの労働階級1匹は、他の統治生産流通機構の労働者1080匹分の価値がある、と申しても過言ではありませんガブガブ」
ニートの兄弟は、お茶をがぶ飲みして応じます。
「…ふむふむ…。貴コミューンの労働者1079匹と、わが社の労働者1080匹とのトレードというのは労働者が1匹足りておらず、バランスを欠いているようにも思えるが、社の労働力・ひいては利益が、むしろ116万5320倍に増加するというわけだ。よし!考えさせてもらおう」
天井に止まっていた奴隷商人はそう言うと、再度ぶんぶんと飛び回りました。
時々オバントクを齧り、お茶を吸ってカロリーを補給しながらも考え続けていた奴隷商人は、3時間飛び回り続けた末に、遂に決心をしました。
ニートの兄弟のおでこに、奴隷商人がピタリと止まったのです。
これは奴隷商人側からの「OK」のサインでした。
「あ、ありがとうございます!」
ニートの兄弟は奴隷商人に対してお礼をしました。
しかしながら、課題はまだ残っています。
「さて、後は5日後に迫った『サブコミューン大会議』で、どうやってわがサブコミューンの労働者と派遣労働者とのトレードの必要性を他のニートのメンバーに説明するかだ…」
5日後の「サブコミューン大会議」が終了して…。
「…しかし、大会議で自分の独断で始めた奴隷商人との労働者のトレードが、あれほどすんなり受理されるとは思わなかったな。ひと悶着を覚悟していたのに、むしろ自分としても拍子抜けだよ。というわけでパラちゃん、キミはもうあの土木工事会社には通勤する必要はない。代わりに、労働者900匹が、労働を行うからね。なのでパラちゃん、60年の間、聖ンバンバ学園という学校に通ってもらえるかな?」
「了解した。私の代わりに労働者が900匹導入されて、自分が閑職に追いやられるのならば仕方がない。断る理由もなくなったから、学校に行く」
「お!そうか!じゃ、ありがとう!パラちゃん!!」
労働階級控の間にて、パラさんのベッドに腰かけてお話していたニートの兄弟は、パラさんが快諾してくれたので感謝して部屋を出て行きました。
「…なるほどな。『ニート』の兄弟が、お前をどうしても学校に通わせたい!思うて、奴隷商人と労働者をトレードした、ちゅうわけや。お前1匹のだけのために、その『ニート』の兄弟とかいうヤツは何でそこまでするんや?」
パラさんが久しぶりに広軌鉄道の工事現場に顔を出して作業が終了した後、ネックさんはパラさんを誘って行きつけの串焼き屋に入りました。
そしてセンチピード豚の炙り串焼きや、薬草スープを口にしながらパラさんに訊ねたのです。
「思考階級たる『ニート』の考えることは、自分にも計り知れない。そもそも、アクトゥス・コミューンの労働階級は“労働”という行為に特化した階級。よって思考・演算能力も最低限度にしか持ち合わせがなく、勢い、『ニート』の兄弟の思考もまた、労働階級である私にも全く理解不可能のものとなっている」
パラさんは、そうリアクションの言葉を返しました。
「せやったな。お前にとっては“労働”こそが人生の全てや。ほなら思考能力やら演算能力やらがあったら、労働の最中に『賃金上げろや!』『休憩時間増やせや!』『もっと休暇をよこさんかい!』なんて騒いでストやりまくって、コロニーの修繕もできひんことになりかねんからな。それから、ワイも聖ンバンバ学園に通学する予定やが、学校行くようになったら今日みたいに一緒に給食食おな!」
ネックさんはそう言うと、ジョッキに注いだ1リットルはありそうなキンキンに冷やした酢を呑み干しました。
そして聖ンバンバ学園の入学テストの当日。
この日、パラさんとネックさんの他には、4匹の入学希望者が来ていました。
パラさんは入学適性検査を終えると、面接を受けるべく、この学園にたった1匹しかいない先生であるヒノ先生のいる職員室のドアをノックします。
そして先生は、ドアを開けると挨拶をします。
「イランカラプテ」