一行ホラーファンタジー
一行ホラーファンタジー
更新日: 2023/06/02 21:46ホラー
本編
そこは、郊外にある古い図書館だった。黒衣を纏った司書が一人いるだけの、カビと埃の廃墟の如き宮殿。
外から見ても何となく背筋が凍えるような不思議な感じのする陰気な建物で、蔵書も意味不明なものが多く、普段からあまり利用者がいないと言われていた。
ある夏の日の午後、俺はずかずかと中に入ると、無人の広大なエントランスを突き進み、初利用にも関わらず、無遠慮にカウンターの司書に近づいて行った。
「ちょっといいかな? ファンタジー系のホラー小説を読みたいんだが、生憎時間があまりなくってさ。こう見えても結構忙しいのよ、俺。簡単に読める、短いものがあるといいんだけれど、何かお勧めない?」
すると謎めいた司書は、こくりと頷くと、まるで玉を転がすような玲瓏とした声で、こう語り出した。
「猟師の兄と弟が吹雪の山中で魔術師が以前住んでいた小屋に避難し、食料が尽きても下山出来ず、狐になる薬を発見した弟が『これを飲んで変身し助けを求めに行く』と飲むが、美しい黄金の毛皮に目が眩んだ兄は弟を殺しその肉を食べ助かるも、弟の死霊が取り憑いた毛皮に絞め殺される」
「魔術師の父から城と針金製のメイドゴーレムを相続した男は異形のメイドを嫌い美女を雇ったが、彼女の目的は城の財宝であり男を刺すも体内の針金に阻まれ、彼は自分自身が防腐処理した遺体に埋め込まれたゴーレムだと気づいて改心し、美女と戦い相打ちとなったメイドを修理し美女の遺体に埋め込んだ」
「『この聖なる神殿に参拝するには人工的なものを何一つ身につけてはいけないので、衣服や靴やアクセサリー類はおろか、眼鏡や義歯も駄目ですから、異世界から来られた、整形手術を受けて美人になったとおっしゃる貴女の場合、顔面をまず切除しますね』と神官に言われ、顔をえぐり出された私は、何もわからないまま暗黒の世界を今も彷徨い続けているのよ」
「某有名ファンタジーRPGの新作が発売されたので、喜び勇んだ無職の俺は、寝たきり状態の母親の介護そっちのけでプレイして来たが、100時間以上のプレイ時間を乗り越えてようやく魔王城最奥部までたどり着くも、ゲーム画面の中のラスボスに切りつけるたび、隣室で母親が絶叫するのでエンディングを見るのがなんだか怖くなってきた」
「超古代の記憶封じの冠によって記憶を封印された吸血鬼の少女は、対の冠を被る私を父親と信じて敵対する政敵を全て葬ってくれた為、私は本物の王となることが出来たが、戴冠式の赤い満月の夜にその冠を脱がざるを得なかった為、真実に気づいた吸血鬼に私は血を吸われ、哀れな僕と化した」
「とある歴史家によって依頼され探し求めていた、古代王朝の歴代の王の魂が封じ込められた魔石をトレジャーハンターの俺はやっと発見したが、実は全ての魂は影武者のものであり、死してなお永劫の苦しみと共に偽物を演じさせられていたことが判明した為、俺は哀れみを持って石を破壊した」
「『私はこの歳まで独身だが、実は自分の造った彫像の女性しか愛せないんだよ。どんな手を使ってもいいから、何とか私の作品と一つになって添い遂げたい』と常々俺に言っていた親戚の彫刻家が失踪したので、仕方がなくアトリエを調べにいったが、新作の女神像の土台の石の塊が、人間を上から思い切り押し潰した様な形に見えるのは俺の錯覚だろうか……?」
「とある北陸地方の港町に蜃気楼を見に行った帰りの電車で相席になった、ファンタジー系陵辱エロゲーヒロインの巨乳ダークエルフと太った男が一緒に描かれた図柄の抱き枕を大事そうに持った眼鏡をかけた痩せた男は、『この枕の男は実は自分の兄なのですよ』と、私にこっそりと奇妙な物語を話してくれたが、抱き枕の太った男はその間苦痛の表情を浮かべていた」
「死霊使いの弟子の私は家宝の皿を割った罰として師に知性あるゾンビにされ粘土質の洞窟にある窯で数百年間ひたすら皿を焼いて再現を試みていたが、ある日不治の病に侵された陶工の少女が訪れ境遇に同情し協力するも志半ばで死亡したが、彼女の透き通るような骨を砕いて混ぜた土を使うと見事完成し、呪いの解けた私は土と化した」
「『この貴重なファンタジー本は、若干小口が日焼けしておりカバーもなく表紙に傷があり所々ページが散逸しており、全ページに渡って汚れや血液や何らかの体液が付着しており死臭もしますが、読めないことはありません』というア◯ゾンの説明文を読んで、天の邪鬼の俺はかえってその本に凄く興味を抱いてしまい、気がついたらポチっていた」
「獣人の黒熊族の少年は、ある日森を出て一人で海まで行き流氷に乗って流されてきた白熊族の少女と出会い、川魚の獲り方を教え仲良くなり、やがて迎えにきた親に感謝され二人は別れるも、ある大寒波の年家族の死に絶えた少年は死の間際に再び少女と巡り合い、今度海魚の獲り方を教えてもらう約束をするのだった」
「夜中に突如、恐れ多くも女子中学生の私の部屋に現れた人語を喋る謎のけむくじゃらの小動物が、『ボクは魔法の世界から来たゾフルーザ・アイセントレス・イフェクサーって言うんだけど、君が魔法少女になって戦わないと明日この世界が滅びる云々』と妄言をほざいたので即掴んで壁に叩きつけ殺したが、朝9時になっても日が昇らない」
「竜将棋の名人の私は、伝説の秘伝書を求めて竜将棋好きだった古代の王の墓を探索し、最奥部で将棋盤と一体化した石像に『我に勝ったら秘伝書を渡す』と言われて勝負するも惨敗し、悔しさのあまり勝負を延々と繰り返し、数十年後にようやく一勝し石像が崩れ去った時、自分が石像と化し将棋盤と合体しているのに気づいた」
「私が生まれ育ち現在住んでいるこの小さな村は、北に進むと村の南端に出て東に進むと村の西端に出るため村の外に出ることが絶対に出来ないのですが、そういうわけであなたがどうやってここに来られたのかはわかりませんがとっとと諦めて、毎月一人ずつ発狂するここの暮らしにも早く慣れることですなアヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャひゃー」
「異世界ファンタジーから元の世界に戻ってきたら、魂の抜け出ていた身体は既に焼かれて灰になった後だったので、僕は仕方がなく凄くチートな二酸化硫黄の埃となって世界中の空を覆い、復讐のためかれこれ数億年ぐらい濃硫酸の毒雨を地表に降り注ぎ続けているけれど、この星が金星と呼ばれているってことは初めて知ったよ、地球人さん」
「村を大寒波から救った偉大な聖人の死期が近いという噂を聞き巡礼の旅に出た僕は苦難の末彼の住む神殿に辿り着くも燃え盛る炎に焼かれる無数の生きた人間達がいるのみで、聖人の正体は不死鳥で転生の為聖なる炎に身をくべるも苦痛に耐えられず、信者達を道連れにしその絶叫で自分を慰め苦痛を和らげようとしていると知り僕も迷わず身を投じた」
猟師、魔術師、吸血鬼、トレジャーハンター、死霊使い、獣人族、魔法世界から来た小動物、竜将棋の名人、偉大なる聖人……
性別不明で年齢不詳の顔もろくに見えない司書の紡ぐ物語の数々は、まるでオーケストラの珠玉の演奏にも似て、俺は「時間がない」なんて言ったにもかかわらず、思わず時を忘れて聞き入っていた。
「おい、もっと他にないのか?」
ふと我を取り戻した俺がカウンターに目を向けると、そこには司書の姿は影も形もなく、一冊の埃まみれの真っ黒い本が、昔からずっとそこにあるかのように置いてあるだけだった。
0外から見ても何となく背筋が凍えるような不思議な感じのする陰気な建物で、蔵書も意味不明なものが多く、普段からあまり利用者がいないと言われていた。
ある夏の日の午後、俺はずかずかと中に入ると、無人の広大なエントランスを突き進み、初利用にも関わらず、無遠慮にカウンターの司書に近づいて行った。
「ちょっといいかな? ファンタジー系のホラー小説を読みたいんだが、生憎時間があまりなくってさ。こう見えても結構忙しいのよ、俺。簡単に読める、短いものがあるといいんだけれど、何かお勧めない?」
すると謎めいた司書は、こくりと頷くと、まるで玉を転がすような玲瓏とした声で、こう語り出した。
「猟師の兄と弟が吹雪の山中で魔術師が以前住んでいた小屋に避難し、食料が尽きても下山出来ず、狐になる薬を発見した弟が『これを飲んで変身し助けを求めに行く』と飲むが、美しい黄金の毛皮に目が眩んだ兄は弟を殺しその肉を食べ助かるも、弟の死霊が取り憑いた毛皮に絞め殺される」
「魔術師の父から城と針金製のメイドゴーレムを相続した男は異形のメイドを嫌い美女を雇ったが、彼女の目的は城の財宝であり男を刺すも体内の針金に阻まれ、彼は自分自身が防腐処理した遺体に埋め込まれたゴーレムだと気づいて改心し、美女と戦い相打ちとなったメイドを修理し美女の遺体に埋め込んだ」
「『この聖なる神殿に参拝するには人工的なものを何一つ身につけてはいけないので、衣服や靴やアクセサリー類はおろか、眼鏡や義歯も駄目ですから、異世界から来られた、整形手術を受けて美人になったとおっしゃる貴女の場合、顔面をまず切除しますね』と神官に言われ、顔をえぐり出された私は、何もわからないまま暗黒の世界を今も彷徨い続けているのよ」
「某有名ファンタジーRPGの新作が発売されたので、喜び勇んだ無職の俺は、寝たきり状態の母親の介護そっちのけでプレイして来たが、100時間以上のプレイ時間を乗り越えてようやく魔王城最奥部までたどり着くも、ゲーム画面の中のラスボスに切りつけるたび、隣室で母親が絶叫するのでエンディングを見るのがなんだか怖くなってきた」
「超古代の記憶封じの冠によって記憶を封印された吸血鬼の少女は、対の冠を被る私を父親と信じて敵対する政敵を全て葬ってくれた為、私は本物の王となることが出来たが、戴冠式の赤い満月の夜にその冠を脱がざるを得なかった為、真実に気づいた吸血鬼に私は血を吸われ、哀れな僕と化した」
「とある歴史家によって依頼され探し求めていた、古代王朝の歴代の王の魂が封じ込められた魔石をトレジャーハンターの俺はやっと発見したが、実は全ての魂は影武者のものであり、死してなお永劫の苦しみと共に偽物を演じさせられていたことが判明した為、俺は哀れみを持って石を破壊した」
「『私はこの歳まで独身だが、実は自分の造った彫像の女性しか愛せないんだよ。どんな手を使ってもいいから、何とか私の作品と一つになって添い遂げたい』と常々俺に言っていた親戚の彫刻家が失踪したので、仕方がなくアトリエを調べにいったが、新作の女神像の土台の石の塊が、人間を上から思い切り押し潰した様な形に見えるのは俺の錯覚だろうか……?」
「とある北陸地方の港町に蜃気楼を見に行った帰りの電車で相席になった、ファンタジー系陵辱エロゲーヒロインの巨乳ダークエルフと太った男が一緒に描かれた図柄の抱き枕を大事そうに持った眼鏡をかけた痩せた男は、『この枕の男は実は自分の兄なのですよ』と、私にこっそりと奇妙な物語を話してくれたが、抱き枕の太った男はその間苦痛の表情を浮かべていた」
「死霊使いの弟子の私は家宝の皿を割った罰として師に知性あるゾンビにされ粘土質の洞窟にある窯で数百年間ひたすら皿を焼いて再現を試みていたが、ある日不治の病に侵された陶工の少女が訪れ境遇に同情し協力するも志半ばで死亡したが、彼女の透き通るような骨を砕いて混ぜた土を使うと見事完成し、呪いの解けた私は土と化した」
「『この貴重なファンタジー本は、若干小口が日焼けしておりカバーもなく表紙に傷があり所々ページが散逸しており、全ページに渡って汚れや血液や何らかの体液が付着しており死臭もしますが、読めないことはありません』というア◯ゾンの説明文を読んで、天の邪鬼の俺はかえってその本に凄く興味を抱いてしまい、気がついたらポチっていた」
「獣人の黒熊族の少年は、ある日森を出て一人で海まで行き流氷に乗って流されてきた白熊族の少女と出会い、川魚の獲り方を教え仲良くなり、やがて迎えにきた親に感謝され二人は別れるも、ある大寒波の年家族の死に絶えた少年は死の間際に再び少女と巡り合い、今度海魚の獲り方を教えてもらう約束をするのだった」
「夜中に突如、恐れ多くも女子中学生の私の部屋に現れた人語を喋る謎のけむくじゃらの小動物が、『ボクは魔法の世界から来たゾフルーザ・アイセントレス・イフェクサーって言うんだけど、君が魔法少女になって戦わないと明日この世界が滅びる云々』と妄言をほざいたので即掴んで壁に叩きつけ殺したが、朝9時になっても日が昇らない」
「竜将棋の名人の私は、伝説の秘伝書を求めて竜将棋好きだった古代の王の墓を探索し、最奥部で将棋盤と一体化した石像に『我に勝ったら秘伝書を渡す』と言われて勝負するも惨敗し、悔しさのあまり勝負を延々と繰り返し、数十年後にようやく一勝し石像が崩れ去った時、自分が石像と化し将棋盤と合体しているのに気づいた」
「私が生まれ育ち現在住んでいるこの小さな村は、北に進むと村の南端に出て東に進むと村の西端に出るため村の外に出ることが絶対に出来ないのですが、そういうわけであなたがどうやってここに来られたのかはわかりませんがとっとと諦めて、毎月一人ずつ発狂するここの暮らしにも早く慣れることですなアヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャひゃー」
「異世界ファンタジーから元の世界に戻ってきたら、魂の抜け出ていた身体は既に焼かれて灰になった後だったので、僕は仕方がなく凄くチートな二酸化硫黄の埃となって世界中の空を覆い、復讐のためかれこれ数億年ぐらい濃硫酸の毒雨を地表に降り注ぎ続けているけれど、この星が金星と呼ばれているってことは初めて知ったよ、地球人さん」
「村を大寒波から救った偉大な聖人の死期が近いという噂を聞き巡礼の旅に出た僕は苦難の末彼の住む神殿に辿り着くも燃え盛る炎に焼かれる無数の生きた人間達がいるのみで、聖人の正体は不死鳥で転生の為聖なる炎に身をくべるも苦痛に耐えられず、信者達を道連れにしその絶叫で自分を慰め苦痛を和らげようとしていると知り僕も迷わず身を投じた」
猟師、魔術師、吸血鬼、トレジャーハンター、死霊使い、獣人族、魔法世界から来た小動物、竜将棋の名人、偉大なる聖人……
性別不明で年齢不詳の顔もろくに見えない司書の紡ぐ物語の数々は、まるでオーケストラの珠玉の演奏にも似て、俺は「時間がない」なんて言ったにもかかわらず、思わず時を忘れて聞き入っていた。
「おい、もっと他にないのか?」
ふと我を取り戻した俺がカウンターに目を向けると、そこには司書の姿は影も形もなく、一冊の埃まみれの真っ黒い本が、昔からずっとそこにあるかのように置いてあるだけだった。