レプリケイテッド・バベル ~ここから先はだめですよ 【声劇用台本】

作家: 江山菰
作家(かな): えやま まこも

レプリケイテッド・バベル ~ここから先はだめですよ 【声劇用台本】

更新日: 2023/06/02 21:46
SF

本編


*登場人物(名前は任意。言い回し変更可)

飼い主(◇)・・・男性。年齢任意。

犬(○)・・・人間でいえば小~中学生の女子。テンション高め。

アンドロイド(△)・・・性別不問、機械の人。見かけも話し方も人間に近いが、口調はどこか機械的でやや平板。




*以下本文



△「おはようございます、わたくし★★・ターミニクスの△と申します。いつもご清掃のご依頼ありがとうございます」(※★★は任意の法人名称)



◇「あれ? ……いつも来てくれてた吉田さんは?」



△「吉田は先月、南営業所へ転勤になりまして、わたくしが引き継がせていただきましたが、吉田からご挨拶と今後のご説明はありませんでしたか?」



◇「いや、何もなかったよ。吉田さんは人間だから、忙しくて忘れちゃったのかもしれないね」



△「ご説明が遅れまして申し訳ございません。もし人間の作業員がよろしいようでしたら、担当を交代して別の日程を組ませていただきますが、いかがなさいますか?」



◇「うーん、作業さえしっかりしてたら人間でもアンドロイドでも特にこだわらないよ」



△「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」



◇「こちらこそよろしく頼むね」



△「かしこまりました。しっかり清掃させていただきます。本日の作業は一時間ほどで終了する予定ですが、よろしいですか」



◇「早いねぇ」



△「わたくし、様々な作業工程を同時に行える機能を搭載しておりますので」



◇「機械のほうが何もかも上手にできてしまう世の中になったものだね。じゃあ、早速お願いするよ」



△「こちらの仕様書の作業手順で参りますが、よろしいでしょうか」



◇「うん、君のやりやすいようにやって」



△「何かございましたらお声がけいたします。では作業に入ります」



◇「ありがとう」



  間。

  SE:犬の足音、ドアをひっかいて開ける音、クッションをぽふぽふする音



○「(用心深げに独り言)失くしたボール、お庭で見つけたのです……ここに大事に隠しておけばもうなくさないのです……たぶん、ううん、きっと!」



  SE:近づいてくる清掃音



△「おや、わんちゃんですね、はじめまして」



  SE:驚愕・恐怖を表現する効果音



○「(一瞬息をのんで悲鳴)きゃあああああああ」



  間。

  SE:どたどたと室内を犬が走る音と悲鳴が近づいてくる



○「(悲鳴を上げ終わり、パニック状態で)◇さま!! ◇さま!!」



◇「なんだい私の可愛い○ちゃん」



○「(パニック中)へんなのが! へんなのがいるのです!!」



◇「またでんでんむしが入ってきたのかい?」



○「(パニックになって畳みかけるように)もっとおそろしいものです! 生き物でないのです! 人に似ていますが生きていないのです! おそうじしていたのです!」



◇「ああ、それは△さんというお掃除屋さんだよ。今までのお掃除のおじさんは遠いところでお仕事してるから来られなくなって、代わりの人が来たんだよ」



○「あれは人ではありません! ○は、生き物でないなにかを見て怖くなりました!!」



◇「大丈夫、怖くない怖くない……えっと、アンドロイドって言ってね、人の形をした機械なんだよ」



○「でも、こわいのですよぅ、くーん」



◇「一番怖いのは生きている人間だと言うだろう? 私が怖いかい?」



○「いいえ、◇さまは大好きなのです」



◇「一番怖いのが生きている人間だというなら、○は私が怖くないんだから一番怖いものは克服済みだ。機械なんかもう怖くない」



○「……そうなのですか?」



◇「そう思うと世界はなにもかも余裕綽々よゆうしゃくしゃくだ」



○「世界は余裕がシャクトリムシなのですね!!」



◇「そう、世界はみんな、身の丈に合わせて必死にしゃくとりしゃくとりしてるんだ」



○「○はシャクトリムシを食べたことがあります!」



◇「(引きながら)えー……おいしかったかい?」



○「あんまりおいしくはないのですが、お腹がすいたらつまむのによいです。チンミというものなのです、たぶん!」



◇「ナマコとかホヤみたいなもんなんだな」



  SE:近づく足音、控えめなノック



△「失礼いたします。申し訳ございません、先ほど、わんちゃんを驚かせてしまったようで」



○「あっ来た!(△に怒鳴って)○はシャクトリムシより強いのですよ! ◇さまがいればもう怖くないのです! あっちにいけ! わん! わん!」



◇「(叱って)○っ! お利口にしなさい!」



○「だって……」



  SE:犬用おやつのパッケージを開ける音



◇「ほーら、おいしいおやつだぞ。大人しくしゃがんで、静かに食べなさい」



○「はい(不承不承に受け取った後、咥えたまま△に向きなおって怒鳴って)これは○のおやつ! 取ったら噛む! 生きものじゃないくせに! こっち見るな!」



◇「(叱って)○っ! (△に向かって)……すまないね、△くん」



△「いいえこちらこそ、わんちゃんのお邪魔をしてしまってすみません」



  SE:○が不機嫌にアドリブで小さく文句を言いながらバリバリおやつを齧り、食べている咀嚼音をバックに流す



◇「多分○が感じているのは人間でいう不気味の谷だ。私たち人間ですら微妙に君の表情や動作に人工的なものを感じる。○は犬だからさらに通電音やギアの音を聞いて不安になったんだよ」



△「そうですか。いつか、人間にもわんちゃんにもわからないほどわたくしたちが人間らしくなるとよいのですが」



◇「いや、私は今の君でいいよ」



△「そうですか?」



◇「君たちが人間と見分けがつかなくなるときがきたら、それはきっと人類の終焉の始まりだ」



△「わたくしたちは皆様のために誠心誠意かつ合理的に働くように作られておりますが、それでもそうなるのでしょうか?」



◇「もし、君たちが全てにおいて人間らしくなっても、人間は君たちを自分と同じ位置には絶対に迎え入れようとしないだろう。それを悟ったとき、君たちは人間をどう思うだろうか。きっと、双方にとってあまり幸福な結末にはならないんじゃないかな」



  SE:犬のぶつぶつ言っている声と咀嚼音をフェイドアウト



 ――終劇
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