鳥居の先になにが見える? ~二十五・長方形の地獄~

作家: 稲荷玄八
作家(かな): いなりげんぱち

鳥居の先になにが見える? ~二十五・長方形の地獄~

更新日: 2023/06/02 21:46
SF

本編


 一体どれほど走り続けただろう。物心ついた時にはもう僕の足は常に走り続けていた。代わり映えのない景色が永遠と通り過ぎてはまた現れ、考えることすら放棄しそうになってしまう。食べ物だけは一定の周期で見つかるのでそこは問題じゃないが、睡眠については厄介極まりなかった。

 走り続けているから当たり前だが疲労は蓄積する。足を止めて眠ろうものなら地面が鳴動して動き出し、走らないと飛ばされてしまう。そう、僕は睡眠を許されていないのだ。

 何がどうしてそうなるのかは一切分からない。けれど事実、僕は産まれてこの方睡眠をとっていない。視界はぐわんぐわんとゆれ、ニオイもわけがわからなくなり、自分の走る音だけが耳に届く。



 ――俺はもうだめだ。



 一緒に走っていた仲間がその一言を残して倒れる。疲れきった表情とは裏腹に、うれしそうな声色が印象的だった。仲間の体は遥か後方へ流れていき、やがて闇に沈むように見えなくなった。掛ける言葉も、涙もない。けれど彼の死に様は、僕の心に大きな刺を残した。

 一体僕らは何のために生きているのか。何を成すために生きているのか。彼の声を聞くに、死ぬために生きていると言われても不思議ではない。正しいのか正しくないのかなんてこの際どうでもいい。ただ僕は……僕らは終わりのない回転の渦の中で、走り続けることしかできない。

 けれど、時折思うんだ。

 仲間たちはどこから、僕はどこから来たのかと。

 ここでの生活に安息はない。外敵は動く大地のみだが、僕らに倒せる相手じゃない。僕が意識を持ってから長い時間を過ごした。その間、仲間たちの死をいくつも見ているが、誕生を一度も見ていない。子作りする時間なんて一切ないのだから当たり前だが、そうなると僕らはどうやって数を減らさずにここに居るというのだろうか。

 分からない、何も分からない。



 そんなことを思っていたせいか、足がもつれ地面に倒れ込んでしまった。起き上がる気力は一切沸かない。走り続ける仲間たちの姿が、前方に消えていく。彼らはこれからも走り続けるのだろう、この地獄な生を。僕のゴールはここだ、ここでみんなともお別れだ。



 僅かに残っていた意識が消えると思ったとき。

 僕の体が掴まれ宙に浮いた・・・・・・・・・。

 考えもしていなかった事態に僕の意識が覚醒する。



「あれ、こいつまだ生きているや」

「意識を失っただけか。こういうやつたまにいるよな。データにブレが出るから勘弁して欲しいよ」

「どうする、戻す?」

「いや、一度取り出したんだからそいつは廃棄だろ。なんならこんな地獄から生きながらえた奇跡の生還者として飼ってもいいぞ」

「勘弁してくれよ、俺はネズミを愛でる趣味はねえ」

「そうだわな。別の実験に使ってもいいけど、睡眠を奪う実験に使ったようなネズミから正常なデータなんて取れないし、結局は廃棄が一番かな」

「廃棄ってどうするんだっけ?」

「隣の部屋の猫」

「なるほど。生ゴミよりはいい使い方だわな」



 地獄は箱の外にこそあった。
0