夏雲

作家: トガシテツヤ
作家(かな): とがしてつや

夏雲

更新日: 2024/09/07 23:33
現代ファンタジー

本編


 夏の雲がふよふよと漂っている。群れからはぐれて、地上まで降りて来てしまったんだろう。ふうーっと息を吹きかけてみたが、小さな夏雲は僕の頭の上くらいまでしか上がらない。

「どうしようかなぁ」

 このまま見捨てるわけにはいかず、考えあぐねていると、夏雲は僕の方の上に乗った。

「少しの間だけだからな?」

 そう言い、家まで連れて帰ることにした。

「あら」

 彼女が目を丸くする。

「群れとはぐれたらしいんだ。まぁ、緊急避難ってことで」
「猫と曇って、大丈夫なのかしら」

 彼女がそう言った瞬間、白猫のキャサリンが夏雲に向かって「シャー!」と威嚇する。お返しとばかりに、夏雲はゴロゴロと雷を鳴らし、ピカピカと光った。

「はいはーい! 2人も仲良くね? 仲良くしてくれないと、私、キレちゃうからね?」

 彼女の100万ドルの笑顔に恐怖を覚えた僕は、夏雲に「彼女をキレさせたら、消されるぞ?」と、そっと耳打ちした。すると、夏雲は小刻みに震えて雷を納めた。

「あ、エアコン」

 リビングのドアを開けようとした彼女の手が止まる。

「除湿にしてるけど、マズいかな」
「雲に除湿はさすがにマズいでしょ」

 雲は水の粒の集まりだ。除湿モード全開の部屋に入れるわけにはいかない。
 僕はしまってあった加湿器を引っ張り出し、使っていない部屋にセットして夏雲を入れた。元気を取り戻したのか、夏雲は部屋中を飛び回る。

「暑い……」

 汗が首筋を伝う。あっちの部屋では除湿、こっちの部屋では加湿なんて、変な話だ。

 リビングに行くと、彼女が窓越しに空を眺めている。

「近づいて来てるんじゃない? 大きな雲が」

 彼女の隣に並び、窓越しに空を見ると、巨大な積乱雲が目に入った。少しずつ、こちらに迫って来ているような気がする。

 僕は夏雲に「もうそろそろ迎えが来るぞ」と言い、玄関のドアを開けた。名残惜しいのか、夏雲はキャサリンの頭の上にちょこんと乗る。

「なんか、アフロヘアーみたいで面白いな」
「ちょっと待って。写真撮るから」

 彼女はスマートフォンでアフロキャサリンをパシャパシャと撮る。キャサリンが「ニャー」と鳴くと、夏雲はゆっくりと玄関から外へ出た。

「お別れね」

 彼女が呟くのと同時に風が吹く。上昇気流だ。夏雲はその風に乗り、勢いよく空へと昇って行った。

 彼女が空に向かって手を振る。

「ひと雨来そうだ」

 僕の独り言に、手を振り終えた彼女が「そうね」と返す。
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