我儘な僕の織姫様

作家: 美月紫苑
作家(かな): みつき しおん

我儘な僕の織姫様

更新日: 2024/07/10 17:02
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本編



朝、目が覚めるとメッセージが来ていることに気が付き、既読をつける前に内容を通知からぼんやり確認する。

『晴れだね!』

寝起きのまわっていない頭で一生懸命考えるが何が言いたいのか分からず、とりあえずカーテンを開けて天気を確認した。

「確かに晴れてる。」

でもやっぱり何が言いたいのか分からず、メッセージの相手である幼なじみの思考を読み取るのを諦めた。

『うん』

たったひと言それだけを送ると直ぐに既読がついてまた彼女からメッセージが来た。

『七夕だよ』

「ああ、そっか今日七夕か……。」

大して七夕に何をするでも無いけど、彼女は毎年七夕になるとこんな風に今日が七夕だと伝えてくる。
きっかけはきっとお遊戯会で彼女が織姫様、僕が彦星様を演じたことだったと思う。

ただの劇だったのだけれど彼女は違ったようで、それからずっと僕を「私の彦星様」と言うようになった。
大して格好良い訳でも無く、勉強やスポーツが出来る訳じゃないのにまるで運命の相手かのように彼女は僕とずっと一緒に居ようとしてくる。

別にそれが不快な訳じゃないし、幼なじみとはいえ男女だといつか離れる事の方が多いのに高校生になっても離れることは無く、大学生になった今でもよく顔を合わせて変わらず他愛の無い話が出来る存在であって、一度も距離が出来ずに一緒に居られることは有難いと思っている。

──とは言え、このやり取りももう何度目だろうかと思いながら、欠伸をして『そうだね』とまた一言を送る。
それに対しての彼女の返信は予想がつく。

『天の川見に行こ!今年こそは見れるよ!』

やっぱり。
確かに殆ど七夕の日は雨で天の川を見れたためしがない。
去年も結局雨が降って天の川が見れないと不貞腐れていたなと思い出した。
だけど僕はそこまで天の川に執着も無ければ、七夕だってただの1年の中の1日に過ぎない。

『やだよ、暑いし蚊に刺されたくない』

『別にいいよ。じゃあ1人で見に行くから。いつもの川のところね!』

1人で見に行くと言いながら、まるで待ち合わせをするかのように場所を指定してきた。

「"いつもの川"……ねぇ。」

彼女が言う川は駅から近い公園に行く途中にある川のことだ。
昔よく一緒に遊んでいたけど、小学生の頃に彼女が転けて怪我をしてから親に2人だけで行くのを禁止された。
だからきっと彼女が今日の夜出掛けようとしても親に引き留められるだろうと思って、彼女の待ち合わせのような言葉は大して気にせず折角の休みを謳歌しようとこの間からハマっているゲームをし始めた。


あれから数時間経って、もう暗くなった夕方過ぎ。
アイスでも買いにコンビニに行こうと外に出た。
近所だから良いやと、凄くラフなTシャツと短パン、そしてくたびれてきたサンダル。
それでも暑くて手で扇ぐが生ぬるい風が来るだけで全然涼しくならない。
早くコンビニで涼もうと思いながら、ついでに何か買うものがあるか聞こうと彼女にメッセージを送ろうとしたら写真が送られてきている事に気付いた。

まだ1時間も経っていないその写真は彼女があの"いつもの川"に居ることを示唆していた。

「……は?」

待て待て待て。家を出たのが1時間くらい前だとしてもほぼ夜だぞ?
女1人で出掛けるにしても不用心というか、いやそれより何であの川にいるんだ?
おばさん達に何て言って出て来たんだ?
まさか何も言ってないとか?

混乱しながらも、とにかく行かないととコンビニに行く足を引き返して、彼女のいる川に向かった。


10分もしない内に着いたものの息切れが半端ないことに体力の無さを改めて感じる。
高校までは体育の授業で散々動かされたけど、大学に入ると全く運動をしなくなったから自分が想像している以上に体力も筋力も落ちていた。

「はぁ…はぁ……。鍛えなきゃな……。」

スマホのライトで照らすと川を挟んで向こうに彼女を見付けた。
思わず大きな声で名前を叫ぶと彼女は振り返って大きく手を振った。

「あー!!やっぱり来てくれた。ねぇ、ほら天の川ほんの少しだけど見えるよ!」

呑気に空を指さしてはしゃいでいる。
そんな彼女に怒りが沸くが、それと同時に無事であるとこに安堵した。

「バカ!!」

薄暗い中のこの広い川に僕の声が響く。
それでも対岸の彼女の元へ足元も気にせず突き進む。

「バカって何よ。別に天の川見に来ただけじゃん。」

「こんな暗い中1人で足場の悪いこんな所に来てる時点でバカだろ。」

そういうと口を尖らせてぶつぶつと言い訳めいた事を呟く。

「だって今年逃すといつ天の川見れるか分かんないし、どうせなんだかんだ言っても来てくれるって分かってたから写真も送ったんだし、何も無いんだからいいじゃんか……。」

「何かあったら遅いんだって!っていうか、おばさん達には何て言って出てきたんだよ。絶対心配してるだろ。」

「……えへ?」

首を傾げて、そう言えば誤魔化せるとでも思っているような目で僕を見つめる。
これも小さい頃から何度も見てきたな、と思うも流石に今回は誤魔化されてやらない。

「そんなんじゃ誤魔化されないからな。とにかく帰るよ。」

「えー、まだもうちょっと天の川見てたいのに。私の彦星様は逢瀬を楽しんではくれないのね。」

「だって僕が来る前から見てたんだろ?もう充分じゃん。」

「まだ、星が見えるようになったのはちょっと前だし、ちゃんと帰るからもう少しだけ、ね?」

我儘モードに入ると中々言うことを聞いてくれないのは経験上知っていたから、どうするかを考える。
今手元にあるのはスマホと、コンビニでアイスを買うための財布。
……仕方ない。
あんまりこの手は使いたく無かったけど、また怪我されるよりマシだからと溜め息を吐いて交換条件を出す。

「──コンビニでアイス買ってあげるから。」

「え、本当!?じゃあねー、バニラ!あ、でもイチゴも捨て難いし……」

「味は後で見て決めたら良いから、とりあえずせめてこの川からは移動しよう。」

「じゃあ抱き上げてそっちまで連れて行って。」

両手を大きく広げて抱き上げを要求された。
たまに彼女はこういう事をしてくる。
確かに僕は男だから多少は力があるけど、さっきも体力の無さを実感したところだし抱き上げれたとしてもそのまま歩ける自信は無い。
重いとか言ったら怒られるだろうし、そんな簡単に抱き上げられないに決まってる。

「……やだよ。」

「いいじゃない、もう足はびしょ濡れになってるんだから私を抱き上げて川を渡るくらい平気でしょ。」

「えー…。もう、落としても知らないからな。」

「うん!!」

何を言い訳にしようが聞かないところも相変わらずだ。
僕がなんだかんだ要求を飲んでしまうのもいけないのかもしれないが、我儘を押し通そうとする彼女もなかなかだと思う。

抱き上げる為に下の方からハグをするような形を取ると、慣れたように彼女は僕の首に腕を回して抱き着いてくる。
川の水に浸からないように腰の方に腕を回して少し高めに抱き上げた。
持ち上げると腰の細さがよく分かるし、やっぱり女の子なんだと分かる柔らかさを全体に感じ、そしてどんなに軽く見えてもそれなりの重さはあるのだということも感じる。

「ふふふ、私の彦星様は私に会いにカササギの橋を渡るんじゃなくて川に突っ込んで来ちゃうんだね。」

「会いに来たというより、連れ戻しに来た感じだけどね。…と、はい到着。」

「ありがとう!」

濡れないであろう川辺に下ろすと、首元に腕をまわした形のまま抱き締める力を強めて感謝のハグをされた。
はいはい。と言いながら頭をぽんぽんと撫でると嬉しそうに笑ってくる。
僕は大変な思いをして、彼女は楽な方法で移動した上に撫でられて嬉しそうにしている。
結局これって彼女のご褒美じゃないか、と思うも深く考えたら負けだと考えるのを放棄した。

「それにしても、びしょ濡れのままコンビニに行くの?」

「流石にヤバいかな。」

「ヤバそう。タオル買う?家帰る?」

サンダルに染みた水や足についた水を払うように足を振ったり、足元の石達に当てるようにサンダルをぶつけてみたけど川にしっかり浸かってしまったからそう簡単には水気は切れない。

「これだけ暑くてもコンビニまでは流石に乾かないだろうし、一旦帰るかぁ。……そう言えば、何で全然濡れて無いの?さっきは持ち上げたけどさ。」

「え、だって遠回りしたから。あっちの方だと濡れずに渡れるじゃん。」

彼女が指さした方を見てみると、少し岩場が盛り上がってギリギリ濡れずに川の間を飛び越えて渡れるようになっていた。

「川渡った意味……。」

「良いじゃん、良いじゃん。私の彦星様は川を突っ切ってくれるんだよ。カササギの橋が無くても、どれだけ離れなきゃいけなくても会いに来てくれるって最高じゃん。」

「面白がってない?」

「いーや?別に。」

そう言いながらもにまにまと笑っているから、絶対これは楽しんでいるなと思うも、今機嫌を損ねるとまた面倒なことになるだろうからご機嫌な状態でいてもらう為に口を噤んだ。

「あ、あとアイスやっぱり半分こにしよう!」

少し前を歩いていた彼女が振り返ってピースサインを作り、2人分を示していた。
僕が奢るのは変わりないし、きっと1個を半分こという意味じゃなくてバニラとイチゴを1個ずつ買ってそれを半分こするという意味だろうから、僕のアイスの選択肢が無くなったことでもある。

本当はソーダ味の棒アイスを買おうと思ってたんだけど、まあ良いか。
たまにはカップのアイスを2人でゆっくり食べるのも。

「バニラとイチゴ?」

「うん!!」

とびっきりの笑顔で頷くとまたご機嫌に歩き出した。
僕の織姫様は我儘だし、お転婆だし、一緒にいると大変でついていけない事もあるけど、なんだかんだ可愛いんだよなぁ。

「私の彦星様は私のことよく分かってくれてるもんね!」

「はいはい。僕の織姫様には敵いませんね。」

きっとこの先も何度もこんなやり取りをするんだろうし、また来年も七夕に彼女の我儘に振り回されるのだろう。

「ねえ、来年も晴れてたら天の川一緒に見に行こうね。」

「一緒にって、そんな来年も近くにいるか分かんないよ。」

「居るでしょ。だって私の彦星様だもん。例え離れてても会いに来てくれるでしょ?」

「……仕方ないなぁ。」

やっぱり僕の織姫様は我儘で敵わない。

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