魂魄硬化のゲシュタルトを破砕するために服用する物語

作家: Kyoshi Tokitsu
作家(かな):

魂魄硬化のゲシュタルトを破砕するために服用する物語

更新日: 2024/07/03 02:50
その他

本編


 六月のことであった。|時治郎《ときじろう》は時速六十|里《り》の|破廉恥《はれんち》にホウとため息をつき、|条理岩塊《じょうりがんかい》のスピンを観測していた。星の|煌々《こうこう》と降り注ぐ青空は|窮屈《きゅうくつ》で|哺乳瓶《ほにゅうびん》の|様相《ようそう》を|呈《てい》していた。
「だから、つまりは、これもやっぱり|蛙化《かえるか》現象の終局であると、そう言うのですね、お師匠様」
ベランダの鳥の糞が答えた。
「蛙化現象って言ったって看板の付け替えさ。昔から落胆だとか見損なったとか、身勝手な希望が裏切られたというだけのことを人類はルウプしているだけさ。私の身と変わらない」
時治郎はウンと納得し、ホモサピエンスの前途を|煎茶《せんちゃ》の|淀《よど》みで解釈し、弁当を吐き出した。チュウリップが|反芻《はんすう》し、藤が|罹患《りかん》し、溶接工が湯屋の番台へアンティキティラ島を夢みてスライディングした。甲乙つけがたい純情が時治郎の胸に十連勝を溶かした。居ても立ってもいられなくなった彼はキュウと|蟹《かに》の|鋏《はさみ》をもぎ取り、マフラアを巻いて街に出た。華やぐ月極駐車場の懐が創世記の一幕として決定された。
 往来で町一番のデエタ愛好家として知られる|治郎兵衛《じろべえ》さんに会った。
「やあ。時治郎君。今日の天気は雨だったよ。昨日は降る予定だし、明日は白墨だったね」
「ええ。そうなんです。三次元空間に定義されたベクトルは反社会勢力ですからね。ヤバイです」
「恐れ入った。窓の数がひとつ足りなかったね」
治郎兵衛さんはやけにご機嫌だった。もしかしたら内ポケットに卵を温めているのではないかと、時治郎はプロパンガスに挨拶した。
「ああ。もうこんな時間。失礼します」
「おっと、気がつかなかった。どうか、|今生《こんじょう》はお元気で」
七月になった町は鮭の背びれの匂いがした。時治郎の心拍数は平均値の十倍上をゆき、実際、彼は何度か乳酸菌の噴出を観測していた。
「あれ、こんなに」
その一言を、彼はしくじった。音声出力は三千デシベルを超え、三千世界をことごとく|壊滅《かいめつ》させるところであった。それをたった一枚のロオスハムで調停したのがベルガモット|男爵《だんしゃく》であった。
「良かった。無事でしたか」
男爵は答えず、風変わりな|催眠検知器《さいみんけんちき》のように舌を出していた。有象無象が彼を|避《さ》けた。
「いいんですか。嬉しいなあ。僕、これが欲しかったんです」
時治郎はベルガモット男爵のしっぽを捻り、カンブリア紀から置き去りにされていた量子加速器を取り出した。中の金魚が三回回って異色の総合格闘技を演出した。副産物としてのヨオグルトが|閑散期《かんさんき》のチュウニングを味わったために彼は|匍匐前進《ほふくぜんしん》を止めなければならなくなった。ソオラアパネルの音階で、時治郎の足が動いた。
「困ったぞ! 雨の含有率が|倦怠期《けんたいき》を越えたら、|冬虫夏草《とうちゅうかそう》なのを落としていた。大体、僕はいつもこんなだから恋人はできないし、仕事にはありつけないし、夜も眠れないのだ。せめて、せめて! 中毒患者の|味蕾《みらい》が咲けば熱中症対策に|鏑矢《かぶらや》を引くのに! 嗚呼、僕はいつもこうだ!」
 時治郎は半狂乱になりながら素数を数え始めた。
「一、四、六、八、十、十二、十四……。嗚呼! なんでほとんど偶数なんだ!」
魚屋のタコは爬虫類だと思いたくとも、奥様達のファランクスがそうさせなかった。喫煙をこそ|称賛《しょうさん》せよと、飛行船がまき散らしていた。ワイファイルウタアの上に置かれた黒酢ドリンクが|満員御礼《まんいんおんれい》になるのを果てしなく膨張する|公家《くげ》のトオテムポオルが敬礼して、二つの|極《きょく》に分裂する予兆があった。時治郎の|動揺《どうよう》はいよいよ波打ち始め、嗅覚が鋭敏になったような気さえした。
「注意はつまりこうなんです。アリゲエタアをワニと言うなかれ! アリゲエタアをワニと言うなかれ!」
 彼の一大決心が春風に発酵し、熱を持って定着した。時治郎はアンドロイドの|跳躍《ちょうやく》を解析するため、一秒間に六十回振動する鳩の頭を観察していた。お寺さんの鐘が六つなるのを聞いて彼は|溺愛《できあい》の電気ケトルへ向かって、走った。
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