夜明けの"S"

作家: 詩月 七夜
作家(かな): しづき ななや

夜明けの"S"

更新日: 2024/06/28 20:58
詩、童話

本編


流れていく藍色《あいいろ》の雲は

白にも黒にもなれなくて

ようやく訪れる暁《あかつき》の光に

どっちつかずのその姿を

恥じ入るように散らそうとする

二人分の温かさが残るベッドの上

星さえ微睡《まどろ》む静かなこの時間《とき》に

二人だけの思い出の部屋は

悲しい薫衣草《ラベンダー》の香りで泣いていた

夢の中の君は幼子のように

立ち去る私《だれか》に気付くことなく

柱時計の鼓動を子守唄に

朝《あした》の光を待っている

「愛してる」と呟《つぶや》く無音の声は

まるで春宵《はるのよ》の木霊《こだま》のよう

軋《きし》む心音も絡繰人形《マリオネット》みたいに

不自由な鼓動を虚しく響かせる

閉ざしたドアの前で躊躇《ためら》う演技

再演《カーテンコール》は期待しないけど

私《だれか》の幸せは儚《はかな》く散って

静かに幕は落ちていく

花の香りが思い出したように

未練に乗って追いかけて来たけれど

ドアを閉めたら 夜明けの“SAYONARA”
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