だから 神様は私に「雨」という涙をくれた

作家: 詩月 七夜
作家(かな): しづき ななや

だから 神様は私に「雨」という涙をくれた

更新日: 2024/06/28 20:31
詩、童話

本編


業苦《ごうく》に喘《あえ》ぐような鉛色の雲が

耐えかねたように雨を吐き出し始める

降りしきる「空の涙」は

墓石のようなビルの群れを

白い滴《したた》りで等しく煙らせていく



美しかった音が消えた毎日

まるで色彩を失った花火のように

空しく花開き 散っていく

胸を締め付ける重い鎖に

足を踏み出す力も奪われて

膝を折ったままでいる私

握り締めた掌《てのひら》には

塵《ちり》一つ残らずに

ただ哀しみだけが残響《ざんきょう》する

深く傷付いたこの心

しかし頬を伝うはずの涙はない

あまりにも深い傷に

涙腺《るいせん》すら機能を破棄したのか

それとも これ以上傷付くことを恐れた我が身が

血が巡らぬ人形へと成り果てたのか

温度のない手足には

それを冗談とすることが出来ない冷たさが走っていた



ふと空を仰ぐ

感じたのは 瞼《まぶた》を打つ雨の滴《しずく》

思いのほか優しいその温もりに

私はそっと目を開いた

目に写るのは幾重もの白い糸

そして 目尻を伝っていく雨の感触

私には確かめようがないが

きっと それは

私自身が落とした涙のように見えただろう



ああ そうか…と 私は呟《つぶや》く

たぶん 私は泣きたかった

哀しみに染まったこの身から

倒れるくらいの涙を流して

哀しみ全てを洗い流したかったんだ

だから 神様は私に「雨」という涙をくれた

一人きりの私が空と共に泣けるように

そして

折ったままの膝を濡らし

立ち上がることを促《うなが》すように



雨音を一人聞く

それに重なり 脈打つ心臓の鼓動

生きている…今さらだけど そう感じたから

私は雨に濡れたまま

なけなしの意地を張るように微笑んでみた
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