赤い眼

作家: トガシテツヤ
作家(かな): とがしてつや

赤い眼

更新日: 2024/06/20 20:06
現代ドラマ

本編


 ――その眼は、|赤輝血《アカカガチ》の如し。

 子供の頃、ほおずきの実が、|須佐之男命《スサノオノミコト》が退治した|八俣遠呂智《ヤマタノオロチ》の眼に例えられると母から聞いた。それ以来、庭に実ったほおずきを見るのが怖くなった。

 彼から「浅草のほおずき市に行こう」と誘われた時、「ああ、逃げられないんだな」と思った。島根から東京へ逃げても、大蛇の眼は追って来るんだと……。

「うわー暑い! まだ7月なのに」

 彼はそう言うと、日陰の方へと私の手を引いた。反射的に身を固くする。

 ――見ているぞ。

 ほおずきの膨らんだガクの中から、|赤輝血《アカカガチ》の眼が私を睨んでいる。

 きっと試しているんだ。 私が今の状況から抜け出せるのかを。

「ほおずきの花言葉、知ってますか?」

 彼は振り向き「え?」と首を傾げる。

「偽り、です」「心の平安、もあるよ」

 ――なんだ、知ってたんだ。

「私、帰ります」「どうかしたの?」「あなたも帰った方がいいですよ。奥さんと、お子さんのところに」

 何かを言おうとした彼に背を向けた。 スマートフォンを取り出し、母に電話をかける。

「お母ちゃん? お盆には帰るけん。もう少し、待っちょってね」

 電話を切ると、鈴なりのほおずきが風に揺れた。

(了)
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