星のキミへ
星のキミへ
更新日: 2024/05/15 12:44現代ファンタジー
本編
私は今日も君を探している。
街の人混み。
駅のホーム。
騒がしい教室。
帰り道の公園。
その中で静かに佇む君をいつも無意識に探していた。
きっかけは十四歳の春。
君は隣のクラスの転校生。
気づいたらいつも一人で空を見上げているマイペースな女の子。
それが君に対する第一印象。
他の子とは少し違う雰囲気の彼女のことを、私はいつしか無意識に目で追うようになった。
そんなある日、私は夢を見た。
彼女が現れる夢だった。
見覚えのある公園で夜空を見上げながらただそこに佇む彼女が現れる夢だった。
私はその姿を離れた場所から見つめている。
しばらくそのまま見つめていると、ふと彼女の見ているものが気になって顔を上げる。
そこには見たこともないほど無数の星が散りばめられており、私たちを見下ろしていた。
そういえば、人は死ぬと星になるなんてことを誰かから聞いた気がする。一体誰に聞いたのか、なんてことを考えながら視線を戻すと、彼女の姿がどこにもない。探そうとするも夢はそこで覚めてしまった。覚めた後、何故かどうしようもなく胸が苦しくなった。
その日以降、私は何度もその夢を見ることになる。
空を見上げる彼女。それを離れた場所で見つめる私。目を逸らすと覚める夢。息苦しい朝。
そして、十四歳最後の冬の日。
その日も同じ夢を見た。
夜の公園。空を見上げる彼女。それを離れた場所で見つめる私。
ただ、この日はいつもと違って彼女の前に木製の扉が立っていた。
嫌な予感がした。
何か得体の知れないものに睨まれているような不安が込み上げてきた。
その予感が正しいというかのように、扉が徐々に開いていく。
そして完全に開いた時、彼女は初めて正面を向き、足を一歩踏み出した。
「待って!」
気づいた時にはそう叫んでいた。
何故かはわからない。
ただその扉の向こうへ行こうとする彼女に対し、漠然と焦燥に似たような感情を覚えたのだ。
「私も行きたい!」
そう告げると、彼女は振り返り、
「忘れていいよ」
そう言って扉の向こうに消えてしまった。
翌日、私は目が覚めてすぐに家を飛び出した。
いつもなら朝になっているはずの外はまだ薄暗く、街灯がぼんやり灯っている。
向かった先は見慣れた公園。
夢と同じ場所には彼女の姿は見当たらない。
もしかしたら彼女という存在が消えてしまったのではという感覚に陥った時、ふと公園の裏にある小さな鳥居が目に入った。
もうほとんど放置されているに近い祠が建つその場所で昔よく誰かと遊んだ気がする。
そう、確か・・・
「お姉ちゃん?」
呟くように発した言葉は鳥居の前に佇む彼女にも届いたらしい。
ゆっくりこちらを振り向く彼女に、今度はしっかり問いかける。
「お姉ちゃん、だよね?」
彼女は数回瞬きをしてから口を開いた。
「久しぶり」
穏やかで少し嬉しそうな、それでいてどこか悲しそうな声は間違いなく十歳年の離れた姉の声だ。
何故忘れていたのだろう。
目の前にはあの頃と変わらない姿の姉がいる。
十歳年の離れているはずの彼女が、あの頃のまま、今の私と同じ年齢で。
「どうして・・・」
それ以上言葉の出ない私に彼女は優しく語ってくれた。
彼女が昔ここで死んだこと。
幼かった私はそのことが受け入れられず、毎日泣きながら彼女を探していたこと。
そしてある日突然彼女のことを忘れてしまったこと。
それ以降、私が彼女を思い出してしまうことが心配で見守ってくれていたこと。
全てを語り終えると、彼女は顔を上げて微笑んだ。
「結局思い出してしまったけれど、いつまでも子供じゃないのよね」
力なく話す彼女の体は徐々に消え始めていた。
人は死ぬと星になる。
そうだ、これは昔彼女が私に教えてくれたのだ。
その姉の体が消えていく。もう足はほとんど見えない。
残っている上半身も涙が邪魔をして霞んでしまう。
「星になるの?」
絞り出した言葉は震えていた。
「そう。私星になるの」
嬉しそうに彼女が頷いた。
「お別れだね」
「また探すよ」
「・・・忘れていいよ」
「忘れない。もう二度と」
ほとんど消えかけている彼女の向こうに、明るくなり始めた星空が透けていた。
「もうすぐ夜明けだね」
空を見上げてそう告げる彼女の声が消えていく。
つられて見上げた空に浮かぶ星が一つずつ溶けていくのが見えた。
星と一緒に彼女の体も溶けていく。
ありがとう、さようなら
朝日が照らす中その言葉が聞こえた気がした。
拝啓これを読む未来の私へ。
どうか彼女を忘れないで。
そしてもし、この手紙を君もどこかで見ているのなら、私は君に伝えたい。
この手紙を読み返す度に、私は今日も君を探している。
街の人混み。
駅のホーム。
夕暮れの公園。
厳かな鳥居の奥。
そして、あの日一緒に見上げた空の中。
私は今日も君を探している。
0街の人混み。
駅のホーム。
騒がしい教室。
帰り道の公園。
その中で静かに佇む君をいつも無意識に探していた。
きっかけは十四歳の春。
君は隣のクラスの転校生。
気づいたらいつも一人で空を見上げているマイペースな女の子。
それが君に対する第一印象。
他の子とは少し違う雰囲気の彼女のことを、私はいつしか無意識に目で追うようになった。
そんなある日、私は夢を見た。
彼女が現れる夢だった。
見覚えのある公園で夜空を見上げながらただそこに佇む彼女が現れる夢だった。
私はその姿を離れた場所から見つめている。
しばらくそのまま見つめていると、ふと彼女の見ているものが気になって顔を上げる。
そこには見たこともないほど無数の星が散りばめられており、私たちを見下ろしていた。
そういえば、人は死ぬと星になるなんてことを誰かから聞いた気がする。一体誰に聞いたのか、なんてことを考えながら視線を戻すと、彼女の姿がどこにもない。探そうとするも夢はそこで覚めてしまった。覚めた後、何故かどうしようもなく胸が苦しくなった。
その日以降、私は何度もその夢を見ることになる。
空を見上げる彼女。それを離れた場所で見つめる私。目を逸らすと覚める夢。息苦しい朝。
そして、十四歳最後の冬の日。
その日も同じ夢を見た。
夜の公園。空を見上げる彼女。それを離れた場所で見つめる私。
ただ、この日はいつもと違って彼女の前に木製の扉が立っていた。
嫌な予感がした。
何か得体の知れないものに睨まれているような不安が込み上げてきた。
その予感が正しいというかのように、扉が徐々に開いていく。
そして完全に開いた時、彼女は初めて正面を向き、足を一歩踏み出した。
「待って!」
気づいた時にはそう叫んでいた。
何故かはわからない。
ただその扉の向こうへ行こうとする彼女に対し、漠然と焦燥に似たような感情を覚えたのだ。
「私も行きたい!」
そう告げると、彼女は振り返り、
「忘れていいよ」
そう言って扉の向こうに消えてしまった。
翌日、私は目が覚めてすぐに家を飛び出した。
いつもなら朝になっているはずの外はまだ薄暗く、街灯がぼんやり灯っている。
向かった先は見慣れた公園。
夢と同じ場所には彼女の姿は見当たらない。
もしかしたら彼女という存在が消えてしまったのではという感覚に陥った時、ふと公園の裏にある小さな鳥居が目に入った。
もうほとんど放置されているに近い祠が建つその場所で昔よく誰かと遊んだ気がする。
そう、確か・・・
「お姉ちゃん?」
呟くように発した言葉は鳥居の前に佇む彼女にも届いたらしい。
ゆっくりこちらを振り向く彼女に、今度はしっかり問いかける。
「お姉ちゃん、だよね?」
彼女は数回瞬きをしてから口を開いた。
「久しぶり」
穏やかで少し嬉しそうな、それでいてどこか悲しそうな声は間違いなく十歳年の離れた姉の声だ。
何故忘れていたのだろう。
目の前にはあの頃と変わらない姿の姉がいる。
十歳年の離れているはずの彼女が、あの頃のまま、今の私と同じ年齢で。
「どうして・・・」
それ以上言葉の出ない私に彼女は優しく語ってくれた。
彼女が昔ここで死んだこと。
幼かった私はそのことが受け入れられず、毎日泣きながら彼女を探していたこと。
そしてある日突然彼女のことを忘れてしまったこと。
それ以降、私が彼女を思い出してしまうことが心配で見守ってくれていたこと。
全てを語り終えると、彼女は顔を上げて微笑んだ。
「結局思い出してしまったけれど、いつまでも子供じゃないのよね」
力なく話す彼女の体は徐々に消え始めていた。
人は死ぬと星になる。
そうだ、これは昔彼女が私に教えてくれたのだ。
その姉の体が消えていく。もう足はほとんど見えない。
残っている上半身も涙が邪魔をして霞んでしまう。
「星になるの?」
絞り出した言葉は震えていた。
「そう。私星になるの」
嬉しそうに彼女が頷いた。
「お別れだね」
「また探すよ」
「・・・忘れていいよ」
「忘れない。もう二度と」
ほとんど消えかけている彼女の向こうに、明るくなり始めた星空が透けていた。
「もうすぐ夜明けだね」
空を見上げてそう告げる彼女の声が消えていく。
つられて見上げた空に浮かぶ星が一つずつ溶けていくのが見えた。
星と一緒に彼女の体も溶けていく。
ありがとう、さようなら
朝日が照らす中その言葉が聞こえた気がした。
拝啓これを読む未来の私へ。
どうか彼女を忘れないで。
そしてもし、この手紙を君もどこかで見ているのなら、私は君に伝えたい。
この手紙を読み返す度に、私は今日も君を探している。
街の人混み。
駅のホーム。
夕暮れの公園。
厳かな鳥居の奥。
そして、あの日一緒に見上げた空の中。
私は今日も君を探している。