-shinsei-

作家: 柴
作家(かな):

view.1 楠 美江

更新日: 2024/04/24 22:00
現代ドラマ

本編


|新《あらた》は昔から、すぐに迷子になる子どもだった。
いや、厳密には迷子とは少し違う。彼自身が勝手にふらふらとどこかへと行ってしまう、いわゆる迷子になるべくしてなる迷子ではなく、新と一緒にいる人々の方が、そこにいるはずのあの子のことをふとした瞬間に見失うのだ。
彼は幼い頃から若干おとなしめな性格の子どもではあったが、だからといって影が薄いというほど静かなわけでもない。なのになぜか、まるで周囲の雑踏の中に文字通り溶け込むかのように、いつの間にか傍にいる彼のことを感知しなくなるのだ。それは、大人数の中だとより顕著だった。
まだ娘が存命だったころ、娘と新の三人で大型のショッピングモールに出かけたことがあった。ウィンドウショッピングをしている最中、気が付いたら新がいなくなっていた。二人で慌てて迷子センターに行き、館内放送をかけてもらおうと新の特徴を係員に伝える。ひととおり伝え終わった後、年配の係員は念押しのように私たちの後ろにいる男の子はご兄弟さんですかと尋ねてきた。そこでやっと、私たちは新がすぐそばにいたことに気付いたのだ。
新に尋ねると、ずっと離れず一緒に歩いていたのだが、急に私たち二人が慌てだして、やがて速足でどこかへ向かい始めたので、その後ろをついてきていたと言うではないか。
あの子には、昔からこんな逸話がたくさんある。
通信簿のコメントで毎回「積極性が足りない」と書かれていたのである時本人に直接尋ねたことがあった。新が言うには、自分としては授業中できる限り挙手を心がけているにも関わらず教師に指されないということだった。
また、修学旅行中に担任から新がいなくなったと電話がかかってきたこともあった。十分と経たずに見つかったと再度連絡が来た時には、安堵半分「あぁ、またか」の気持ち半分になったものだ。
新本人自体は本当に手のかからない子で、勉強も部活もそこそこにこなし、都内の大学への進学も自分一人で決めてしまった。
しかしこのあたりは、両親がいたらまた違ったのかもしれない。少なくとも祖母である私に、新が進路の悩みを相談してくれることはなかった。

娘夫婦の忘れ形見。最愛にして唯一の孫。

あの日、隣県に住んでいた私は、職場へ掛かってきた電話で娘たちの訃報を聞いた。すぐさま仕事を早退し車を飛ばすも、病院に到着したのは既に日が暮れた後だった。
薄暗い病室で独り、両親の遺体を前に能面のような表情で立ち尽くす新は、部屋に染み渡る暗がりの底へ今にも溶けてしまいそうに見えた。当時まだ私よりも小さかったその体を、どこにも行かすまいと思わず抱きしめた。その途端、スイッチが入ったかのように新が胸の中でわんわんと泣き出した。
その後二人で暮らすようになったが、あの子の涙を見たのはこの夜が最後だった。

すっかり背丈も大きくなり、進学のために上京する彼を駅まで見送った日。手を振って改札の向こうへ消えていく新を、私はいち早く見失った。
未だに私の目にあの子は映っているはずなのに、私の脳があの子の影を素通りしていく。

新が、景色に溶けていく。

長く一緒に暮らして気づいた、人々が彼を見失う理由。新は、本人も気づかないままに、すぐ近くにいる人の動きを模倣する癖がある。もちろん、人は誰しも少なからず似たような性質はあるのだが、新の場合は違和感の欠片もなく自然に、そして精密に、しかも周囲の複数の人の動きを少しずつ継ぎ接ぎしてトレースする。だから不特定多数の人々の中だと瞬時に埋没していくのだ。
没個性だから見失うのではなく、周囲と鮮烈に共振する個性によって、背景に馴染んでいく。
―あの夜もそうだ。|まるで死人のように凪いだ表情《・・・・・・・・・・・・・・》。

もしあの子がこの癖をコントロールできたとしたらどうなるだろう。誰にも気づかれぬうちに周囲に溶けこんでしまう新。一度見た人の動作を完璧に再現できる新。
ふとした瞬間に【誰かになってしまう】彼が、意識して【誰かに変わる】時、そこに新自身はいるのだろうか、と少し考えて一笑に付す。
結局のところ私は、遠く離れてしまっても、愛する孫が日々健やかに過ごしてくれればそれでいいのだ。

それに、いやむしろそこにこそ、私や本人すらも知らない本当の新がいるのかもしれない。
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