ハイウェイでのひと幕

作家: Kyoshi Tokitsu
作家(かな):

ハイウェイでのひと幕

更新日: 2024/04/05 16:04
SF

本編


 晴天下、集合大都市を突っ切るように設計されたハイウェイをケイの操縦する自動三輪が時速六十八キロメエトルで駆け抜けていた。頭上を大勢の人を乗せているのであろう飛行船が音もなく飛行し、濃い影を落としていた。
「あちいな、今日も」
ケイは額の汗を拭いながら、簡易サアビスエリアが近くにあったことを思いだした。
「よし、ゼンさんに会いに行くか」
車線を変更し、指先の動きで音楽再生機の曲順をシャッフルした。大昔のPというバンドの電子音楽が再生された。
「テクノは良いぜエ」
叫ぶ声がマシンの駆動音と共に置き去りにされた。
「ゼンさん来たよ」
ゴオグルとヘルメットを外したケイはささやかなサアビスエリアの端、「ヤタイヤ」と書かれた簡素な暖簾(のれん)をほんの形式上、手で払って初老の店主に挨拶した。店主のゼンさんがうんと若いころ、このような形態の移動式店舗をヤタイと呼んでいたらしかった。いまや集合大都市にヤタイを構えるのは彼だけである。
「お、坊主か。ま、座んな」
「もう坊主って年じゃねえよ」
「ふん、お前なんざ坊主にもなっちゃいねえよ。俺なりの世辞さ」
「これはご挨拶。ビイルおくれ、それから景色、いつもみたいにしてよ」
「相変わらず注文の多い奴だ」
ゼンさんは手早くビイルをジョッキに注ぎ、ケイの座る席の丁度向かいにあたる壁の下をいじり始めた。壁は徐々に透明になり、ついにはケイの眼前に真夏の集合都市の大パノラマが広がった。
「これこれ! カンパアイ」
一気にグラスを傾け、黄金の飲料の半分を喉へ流し込んだ。
「っかあ! 贅(ぜい)の極みだね」
「贅の極みだあ? 塀の黄ばみみてえなツラしてるぞ」
軽い憎まれ口を挟みながらも、ゼンさんは孫を見るような慈悲の目をケイに向けていた。ハイウェイの方からは自動四輪が絶え間なく、ものすごいスピイドで走り抜ける音が聞こえていた。
「ゼンさんがありがたい商売をしてくれてるおかげで、俺は昼間からこんなことができるんだ。感謝してるんだぜ、これでも」
「けっ。世辞ばかり上手くなりやがって、これでもくらえ」
ゼンさんは小鉢をケイの前に置いた。
「あ、これあれだ! うまいやつ。ロッカセン!」
「大昔の歌人じゃねえ、ラッカセイだ」
「ああ、そうそう、それ」
「それよりお前、あれ持ってるんだろうな。ウチの在庫減らすんじゃねえぞ」
「脱酒材だろ。持ってるよ、ほら」
「ああ、ならいい」
「ビイルもう一杯」
「おうよ」
目の前の大パノラマに飛行船が浸入した。二人はそれが入道雲の色に同化してゆくのを会話もなく眺めていた。
「夏だな」
「夏だねえ」
「昔はな、まだこの辺りにもセミが少しは居たもんだ。俺にとって夏に蝉の声が聞こえないのは物足りねえな」
「セミか。今の世界じゃ、どんな虫だってそう簡単には見つからないもんな。こないだニウスでやってたよ。カブトムシ、とか言うのも絶滅認定だってさ」
「寂しいもんだ。年を重ねるごとにどんどんそうなるな」
ケイは日差しの照り付けていた背中を何を払うでもなく、手でゴシゴシと擦った。
「あっちい!」
「文句言うな。夏は暑いもんだ」
「そうだけどさ」
ケイは二杯目のビイルを飲み干した。
「そろそろ行こうかな。水ちょうだい」
ケイはその水で脱酒材を飲み干した。暖簾を潜って店を出ると日光が容赦なく照り付けた。
「あちい!」
「夏は暑いもんだ。気をつけて帰れよ」
「あいよ」
ケイは自動三輪に跨り、ハイウェイへと戻っていった。
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