根腐れするほどの愛を

作家: 柴
作家(かな):

根腐れするほどの愛を

更新日: 2024/01/17 16:51
恋愛

本編


来週末、どうする?私がそっちに行こうか?———
 
仕事の都合で朝型な彼は、基本的に22:00以降は既読が付かなくなる。
ずっと前から知っていることなのに、問いかけを宙ぶらりんにされて、ざらついた心でベッドに入る。
 
———うん、待ってる
 
翌朝起きたら届いていた、彼からの返信はAM5:30。
このたった7文字で私の心がどれだけ救われるのか、あなたは知っているのだろうか。
 
おはよ、楽しみにしてる—ーー
 
と返信して、いつもよりも少し前向きな気持ちで朝の準備を始める。

彼が県内の遠くの地域に異動して2年、その後に私も事情があって県外に引っ越ししてしまい3年。
遠距離恋愛も通算5年目ともなると板についたもので、『会うのは月に一回、電話は週に一回、メッセージは毎日』と、どちらから決めたわけでもない不文律が出来上がっている。
 と、彼はそう思っているのだろう。
実際は、私が最低限それだけのつながりは維持したくて、影に日向に努力して、やっと成り立たせている今がある。
 
あなたの方から最後に電話かけてくれたのっていつ?
メッセージも、質問しても生返事ばっかりだよね?
 
先週も、その前の週も、私から電話を掛けたら通話中だった。
1時間くらい後に折り返してきては、「妹夫婦と、5歳になる甥っ子だよ」「両親とだよ」と彼は言う。家族仲がいいのも、反対に彼の交友関係がかなり狭いのも知っている。
だから、【友達】ではなく【家族】が理由として出てくるのも、理屈としては、理解できる。
でも、ちょっとでも落ち込んでいるときや、声が聞きたくて電話を掛けたときに無情にも通話中だと、もう彼には私ではない別の相手がいるのではないか、と悪い方向に勘繰ってしまうのだ。

—ーーやっぱ来週、俺が行こうかな
 
なんて、言ってきてくれないかな、と想像するけど現実にはならない。正直、彼が来るでも、私が行くのでも、会えることに変わりは無いのだから、そこのところはどちらだっていい。
でも、彼が私に心を砕いてくれていることにこそ、年甲斐もなく舞い上がってしまうのだ。
 
…ねぇ、私はまだ、この気持ちのことを恋愛と呼んでいてもいいだろうか。
そうであってほしい。
そうじゃないと困る。
だって付き合う前の私がどんなだったかもう思い出せない。彼との繋がりが千切れた後の人生を歩める気がしない。今更別の誰かと愛を育む気力も体力ももうない。
 
だから私は彼に恋している。
だから私は彼を愛している。
 そう言い聞かせて、私は安寧と停滞の日々のまま蓋をする。

半年前に彼と軽い口論をした。すぐにその場は収まったが、その時に言われた「お前のそれは、愛じゃなくて執着だ」という言葉が胸の奥底に埋まったままで、今もそこから、じゅくじゅくと膿が染み出している。
 
でも、この気持ちが本当にただの執着だったとして、それって悪いこと?
あくまで私は、この感情にこそ「恋愛」という名札を貼り続ける。
例えその気持ちが、根腐れを起こしていたとしても。

他の誰かと幸せになるくらいなら、私はこのまま、あなたと二人で不幸せになりたい。
 
彼には言っていないけれど、タロットのできる友人にこの前恋愛運を占ってもらった。
【ペンタクルの10】の正位置。『今が満ち足りている状態で、最高』なのだそうだ。
 私も彼も、それぞれの理由でどうしても今住んでいる土地を離れられない。月に一度会って、週に一度電話して、毎日メッセージを送り合う関係。占いは正しい。私たちに、これ以上の未来はこの先も見込めない。今が満ち足りている状態で最高。そのとおりだ。
 
でも、ただ一つだけ不安なのは、ずっとこのままで|微睡《まどろ》んでいたいと思っているのは、ひょっとすると私の方だけなのかもしれないということ。
 
時刻は21:30。
私は通話中になるのが怖くて、今日は電話を掛けるのを辞めた。
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