イチョウの木
イチョウの木
更新日: 2024/04/22 04:55現代ファンタジー
本編
12月の頭に帰省しようと思ったのは、年末年始の民族大移動に巻き込まれるのが嫌だったから。
100%渋滞すると分かっている高速道路、大混雑すると分かっている電車や飛行機、これらに飛び込むのは、私から言わせれば愚かなことだ。いつもの200倍疲れて、500倍イライラするに決まっている。
平日のガラガラの飛行機を降り、羽田からやっぱりガラガラの高速バスに乗り、駅でレンタカーを借りて実家に向かう。実家が|辺鄙《へんぴ》なところにあると、帰る時に苦労する。
実家が近くなり、何となくカーナビを見ると「イチョウ屋」という文字が見えた。小学生の時、通学路の途中にあった小さな商店だ。店の前には大きなイチョウの木があり、子供ながらに「この木は空まで伸びるんじゃないだろうか」と思っていた。
――まだあるのかな。
私は吸い寄せられるように、イチョウ屋に向かって車を走らせた。小学校卒業以来、もうイチョウ屋の前を通ることはなくなったので、多分行くのは25年ぶりだ。
イチョウ屋はなくなっていた。
イチョウの木もなくなっていた。
――ここまで徹底的にやるかね。
記憶違いなのか、カーナビが間違っているのかと思うほど、そこは何もない。いや、別にあったとしても、何がどうってわけじゃない。きっと「ふーん」くらいで終わっていただろう。これが田舎の運命なのだ。四半世紀という時間の流れは、容赦なくいろいろなものを飲み込んでしまう。
風が吹いてきた。どこからともなく、ザワザワと葉が揺れる音が聞こえる。
――ん?
一体どこから聞こえてくるんだろう。木なんてどこにもないのに……。私はキョロキョロと辺りを見回した。
――うわ!?
地面を見て、思わず後ずさりした。葉を茂らせた大きな木の影が揺れている。あの時に見た、力強くて生命力に満ち溢れたイチョウの木だ。
――そうか。空まで届いたのか。
懐かしい思いで影を見つめていると、やがてゆっくりと影は消え、風も|止《や》んだ。
あのイチョウの木は、私みたいにふと立ち寄る人を、密かに待っているのかもしれない。
0100%渋滞すると分かっている高速道路、大混雑すると分かっている電車や飛行機、これらに飛び込むのは、私から言わせれば愚かなことだ。いつもの200倍疲れて、500倍イライラするに決まっている。
平日のガラガラの飛行機を降り、羽田からやっぱりガラガラの高速バスに乗り、駅でレンタカーを借りて実家に向かう。実家が|辺鄙《へんぴ》なところにあると、帰る時に苦労する。
実家が近くなり、何となくカーナビを見ると「イチョウ屋」という文字が見えた。小学生の時、通学路の途中にあった小さな商店だ。店の前には大きなイチョウの木があり、子供ながらに「この木は空まで伸びるんじゃないだろうか」と思っていた。
――まだあるのかな。
私は吸い寄せられるように、イチョウ屋に向かって車を走らせた。小学校卒業以来、もうイチョウ屋の前を通ることはなくなったので、多分行くのは25年ぶりだ。
イチョウ屋はなくなっていた。
イチョウの木もなくなっていた。
――ここまで徹底的にやるかね。
記憶違いなのか、カーナビが間違っているのかと思うほど、そこは何もない。いや、別にあったとしても、何がどうってわけじゃない。きっと「ふーん」くらいで終わっていただろう。これが田舎の運命なのだ。四半世紀という時間の流れは、容赦なくいろいろなものを飲み込んでしまう。
風が吹いてきた。どこからともなく、ザワザワと葉が揺れる音が聞こえる。
――ん?
一体どこから聞こえてくるんだろう。木なんてどこにもないのに……。私はキョロキョロと辺りを見回した。
――うわ!?
地面を見て、思わず後ずさりした。葉を茂らせた大きな木の影が揺れている。あの時に見た、力強くて生命力に満ち溢れたイチョウの木だ。
――そうか。空まで届いたのか。
懐かしい思いで影を見つめていると、やがてゆっくりと影は消え、風も|止《や》んだ。
あのイチョウの木は、私みたいにふと立ち寄る人を、密かに待っているのかもしれない。