はなさかじいさん

作家: はちゃこ
作家(かな): はちゃこ

はなさかじいさん

更新日: 2023/11/29 08:40
詩、童話

本編


あるところに、お爺さんとお婆さんが住んでいました。
とても心優しく信心深い二人でしたが、あまり裕福な暮らしではありません。神様へのお供え物も、心ばかりのたいへん質素なものでした。
ある日、お爺さんが畑仕事をしていると、一匹の痩せた犬が近づいてきました。
心優しいお爺さんが自分の握り飯を分けてやると、犬はたちまち元気になり、畑で跳ね回りました。そして、おかしなことを言うのです。

「ここ掘れワンワン」

突然人の言葉をしゃべりだした犬…これはただ事ではありません。お爺さんの鼓動は大きくなり、緊張で喉がごくりと鳴りました。
ワンワン言いながらはしゃぎまわる犬とは対照的に、お爺さんは完全に警戒モードです。
すると今度は頭の中に小さな声が聞こえてきました。

「聞こえますか…今はあなたの脳に直接語り掛けています…
穴を掘るのです…この場所を掘り返すのです…
ここ掘れ…ワンワン…」

このままでは埒が明かないと思ったのでしょう。なんと犬はお爺さんの脳内に直接語りかけてきたのでした。
観念したお爺さんが、促されるまま震える手で畑を掘り返すと、中から大判小判がザクザク出てきました。
――最悪です。こういう謂れのないお金を受け取ったら最後、相手からどんな無理難題を要求されるのか、わかったもんじゃありません。
動揺を気づかれないように、そっと犬に目をやると、怪しくニタニタと笑っているようにも見えました。一体この犬は何者なのでしょうか。ただの犬ではないことは確かです。
危険を察知したお爺さんは、その場では頑として大判小判を受け取らず、なんとか理由をつけて家に帰り、お婆さんに相談しました。事情を聞いたお婆さんは言いました。

「それならば、左隣のお爺さんに聞いてみましょう」

実は左隣のお爺さんは、反社会的勢力にも対抗できるタイプのお爺さんでした。暴力や威力、または詐欺的手法を駆使した不当な要求行為には決して屈しません。高齢者相手にゆすりやたかりをかましてくる犬ごとき、左隣のお爺さんにかかれば、きっと、ちょちょいのちょいです。
お爺さんから事情を聞いた左隣のお爺さんは、言いました。

「よし来た、わしに任せておけ」

左隣のお爺さんは、犬を裏の畑に引きずって行くが否や、あっという間にクワで叩きのめしました。先手必勝、腕力勝負です。吠える隙すら与えられず、犬はあっけなく死んでしまったように見えました。
左隣のお爺さんは、犬を土に埋め、松の木を植えて弔いました。
お爺さんとお婆さんは、一安心。松の木の前で喜びました。

すると、どうしたことでしょう。
松の木がぐんぐん成長し、大きな太い幹になったのです。

「聞こえますか…今はあなたの脳に直接語り掛けています…
この木で杵と臼を作るのです…そして餅をつくのです…
餅つけ…ワンワン…」

なんと犬は、叩きのめされ土に埋められたにもかかわらず、なおもお爺さんの脳内に直接語りかけてきたのでした。
観念したお爺さんが、促されるまま震える手で言われた通りに杵と臼を作り、お婆さんと一緒に餅をつくと、餅の中から大判小判がザクザク出てきました。
――最悪です。犬はあらゆる手段を使ってお金を握らせようとしてくるのです。またしても、お金を受け取ったら最後、相手からどんな無理難題を要求されるのか、わかったもんじゃありません。
お婆さんは言いました。

「それならば、今度は右隣のお爺さんに聞いてみましょう」

実は右隣のお爺さんは、除霊もできる霊能力者タイプのお爺さんでした。
呪いや悪霊、世界の七不思議や都市伝説にも決して屈しません。犬に呪われた杵と臼ごとき、右隣のお爺さんにかかれば、きっと、ちょちょいのちょいです。
お爺さんから事情を聞いた右隣のお爺さんは、言いました。

「よし来た、わしに任せておけ」

右隣のお爺さんは、裏の畑に杵と臼を運び込むと、除霊をするといって火をつけました。祟る隙すら与えられず、勢いよく燃えたいわくつきの杵と臼は、あっという間に灰になりました。
お爺さんとお婆さんは、一安心。灰の前で喜びました。

すると、どうしたことでしょう。
灰が風にのって、枯れた木にふりかかり、そこから見事な花が咲いたのです。

「聞こえますか…今はあなたの脳に直接語り掛けています…
この灰を枯れ木にまくのです…そして花を咲かせるのです…
花咲け…ワンワン…」

なんと犬は、叩きのめされ土に埋められ、いわくつきの杵と臼は燃やされて灰になったにもかかわらず、なおもお爺さんの脳内に直接語りかけてきたのです。
またしても、このパターンです。このままでは灰を撒いたが最後、金を握らされ、更なる無理難題を吹っ掛けられたり、ゆすられるのでは、と怯えるお爺さんにお婆さんは言いました。

「それならば、いっそのこと、犬の言う通りにしてみてはどうでしょう」

お婆さんは、近所のお爺さんたちのように特別なスキルや能力を持っているわけではありません。しかし、長い人生を生き抜いてきたお婆さんは、人間の持つ普遍的な優しさと寛容さを身につけていました。

「犬が伝えてきたことを、素直に受け入れてみましょうよ。
今抱えている恐怖や不安は、私たち自身が柔軟な心で克服すべき問題かもしれません」

「しかし、それでは自分たちの身を守れないだろう」と、お爺さんは言いました。いくら人一倍人がいいと言われるお爺さんであったとしても、ここは譲れません。老い先短いとは言え、残りの人生もこのまま平穏に過ごしたいと思うのは、人として当たり前のことです。
心配するお爺さんに、お婆さんはにっこり笑って言いました。

「大丈夫。私たちはこの歳まで長く幸せに生きてこれたんですもの。
きっとこれまでも、この村の神様が守ってくださっていたに違いないわ。
今度は、私たちが誰かに幸せを分けてあげる番よ」

その言葉に、お爺さんは、ハッとしました。
確かに今まで、心に直接呼びかけてくる声に震えるばかりで、正面から向き合おうともせず、実のところその真意には全く耳を傾けてはいなかったのです。
お爺さんは、近所のお爺さんたちのように特別なスキルや能力を持っているわけではありません。しかし、長年連れ添ってきた愛する妻の言葉を傾聴し、尊重する気持ちだけは誰にも負けませんでした。
お爺さんができること…それは、相手を信頼し、心から受け入れることでした。

そこでお爺さんは、心に直接呼びかけてくる声のとおり「花咲け…ワンワン…」と言って灰をまきました。
すると枯れ木に見事な花が咲きました。しかもその花はとても美しく、香り高い花でした。近所のお爺さんたちをはじめ、村人たちはその美しさに感動しました。
みんなで満開の花を見上げていると、お爺さんの脳内にあの犬の声が響きました。

「ありがとう…ワンワン…」

その声は、とても穏やかで温かなものでした。
そしてそれっきり、心配していた金銭の授受や、不当な要求もありませんでした。

実はあの不思議な犬の正体は、この土地に住まう悪戯好きの神様でした。気まぐれに動物に化けては、恩返しと称して常識外な金銭を人間に授け、その欲深さを笑ったり、周囲からの要らぬ妬みや恨みを買わせては、楽しんでいたのです。
残念ながら今回の神様の悪戯は、失敗に終わりました。
しかし、各々のスキルや能力を、困っている人のために惜しまず使ってあげる、この村人たちのことが大好きになった神様は、人間たちに悪戯をするのはやめ、美しい花を咲かせて、そっと見守ることにしたのでした。

こうしてお爺さんとお婆さんと、ご近所の皆さんは、お互い助け合いながら末永く幸せに暮らしましたとさ。
めでたしめでたし。
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