酒と甘味
酒と甘味
更新日: 2023/06/02 21:46現代ドラマ
本編
「二刀流」と言えば、一般的に酒と甘味の両方を好む人のことを指す。
私はバリバリの右党だ。お酒が弱いので、缶ビール一本で充分酔っ払ってしまう。
それに対し、アイツは左党だ。
それも、上戸を遥かに凌ぐ大ザル。
肝臓の心配をしてしまう位、本当によく呑んでいる。
私とアイツは実家が近所で幼馴染み。
幼稚園に始まって小中高、おまけに大学まで同じときた。
どれだけ被るんだ。
そこまで一緒なら付き合っちゃえば良いのにと周りから散々言われるが、偶然に偶然が重なっただけのこと。いちいち気にしてられないと割り切ってこれまで生きてきた。
付き合いが長すぎて家族レベルのアイツに、一体どうときめこうというんだ。
ある日のこと。
今日の夜は久し振りに一緒に食事をしようと、急にアイツから連絡が入った。
場所はいつもの小洒落たお店と指定付き。
アイツと直に会うのは一ヶ月振りだな。
一体どうしたんだろうと勘繰るが、深く考えず流れに任せることにした。
お店に着くと、顔馴染みのマスターが優しい笑顔で迎えてくれる。
「お連れ様がお待ちですよ」
二人で過ごす時に使ういつもの個室の戸をカラリと開けると、アイツの紺色の背広がハンガーに掛かっている。
おや?
背広が妙に草臥れているのは気のせいだろうか?
仕事が忙しいのだろうか?
訝しんでいると、テーブルの上に突っ伏している男が一人視界に飛び込んできた。
白いシャツの上半身が何故か物寂しい雰囲気を漂わせている。一体何かあったのだろうか?
そう言えば待ち合わせをする時、集合場所につくのはいつも私が先なのに、今日はアイツが先だった。
珍しいこともあるものだ。
……やはりおかしい。
そこで、突然むくりと起き出し私に向けてきた顔は、頬を紅潮させていた。瞳もどこか潤んでいる。
(……ひょっとして先にどこかで呑んできたなぁこの酔っぱらいめ! )
「ちょっと……もう呑んでるの?」
ちょっとカチンとしたから避難めいた視線を送りつけてやると、アイツはふるふると首を横に振る。
「……良く見ろよ。どこにグラスや空き瓶があると言うんだ?」
やや不機嫌そうにテーブルを叩く右手の人差し指の下にはメニュー表しかなかった。鼻を啜り上げているところを見ると、私が来るまでこの店で一人でひっそりと泣いていた可能性が高い。
「ごめんって。で、今日は何?」
私はすかさず早とちりを詫びると、アイツは咳払いを一つした。
「……話せるのはお前しかいないんだ」
(ああ、また振られたのか)
いつものフレーズだから、すぐにそれと分かる。
アイツの恋の悩み相談はいつも私だった。
しかし、それは私も同じだから人のことは言えない。料理を注文する為、呼び鈴を鳴らした。
少しすると料理が運ばれてきた。テーブルの上で旨そうな湯気をたてている。私は箸を動かしながら、アイツは箸よりもハイボールの入ったグラスを動かしながら久し振りの会話を続けた。
これまで私達は、互いに困ったことがあると何でもすぐ相談しあってきた。
お留守番の際に時間をどう潰すか、人気番組のキャラの話し、給食の苦手なおかずのこと、部活のこと、試験のこと、初恋の悩み……などなど。
だから、互いの長所も短所も全て知り尽くしている。
ある意味、お互いがお互いの避難場所となっている、唯一無二の有り難い関係だ。
私も最近までは彼氏がいたが、別れたばかりだ。晴れて自由の身を満喫している。
アイツも負けじと出会いと別れを繰り返しているようだ。
空になったお皿の上に箸を置いた。
ふと店の壁に目をやる。
ここに来るのはもう何度めだろうかと思いを馳せると、隣でアイツがグラスの中身を一気に喉に押し込んでいた。
「か――っっ!! 今度こそ絶対に上手くいくと思ったのにちくしょー!」
空になったグラスがテーブルに叩きつけられると、からんとグラスの中で氷が涼やかな音を響かせた。
一通り食事を済ませ、アイツは更に酒をオーダーしている。
私は紅茶と真っ白なヴァニラアイスクリームにした。
アイツは幼馴染みの私の目から見ても、目鼻立ちが整ったイケメンだ。基本的に優しいし、割と面倒見が良いので、学校でも女子にモテモテだった。
だが、何故か交際が長続きしなかった。
理由は色々あるようだが、詳細はアイツの名誉にかけて割愛する。
アイツは自分の手元にあるイチゴアイスクリームの匙を手に取った。酒と負けない位甘い物に目がないから極々ありふれた風景なのだが、一体いつの間に頼んだのだろうか。
アイスを一匙口腔内に滑り込ませると私に向き直って言う。
「そこでだ。お前に相談なのだが」
「何?」
「俺と付き合ってくれないか?」
突然の告白にわたしの指から匙が滑り落ちた。
「な……突然どうしたのよいきなり!」
私が素っ頓狂な声を上げると、アイツは後頭部をぼりぼり掻きむしりながらボソボソ喋りだす。何故か目がどこか泳いでいる。
「色々考えたんだけどな、俺もお前ももう二十六だろ? そろそろ……考えた方が良いかなと思って」
アイツが言うには、結婚を前提にしたお付き合いをするなら、全く新しい相手と一からやり直すより、何でも分かり合っている相手の方が気分が楽で安心出来る。互いの両親も知っているし、気心がしれた間柄である私しか考えられないということだった。
最初は驚いたが、悪い気はしなかった。
誰よりも長い付き合いで、空気のような存在。
風邪で鼻水垂らしたり、だらしない格好なんて互いに見慣れている。
「ちょっと、考えさせてくれる? 時間を頂戴」
返事には一週間待ってもらうことにした。
突然降って湧いてきた現実。
もう少し独身貴族でありたいけど、四捨五入したらアラサー。やっぱり考えるべきかな。
まるで灯台下暗しみたいで何かしゃくだけど、悪い気はしなかった。八割方のってみる気だ。
だが、私も甘んじる気は毛頭ない。
何せ、アイツのことは性的嗜好まで知り尽くしている。
つい忘れそうになるが、アイツは飲食の好みも性的嗜好も二刀流だ。
今後アイツが“男”にうつつを抜かしたら絶対にぶっ飛ばしてやる。
私はそう心に決めた。
0私はバリバリの右党だ。お酒が弱いので、缶ビール一本で充分酔っ払ってしまう。
それに対し、アイツは左党だ。
それも、上戸を遥かに凌ぐ大ザル。
肝臓の心配をしてしまう位、本当によく呑んでいる。
私とアイツは実家が近所で幼馴染み。
幼稚園に始まって小中高、おまけに大学まで同じときた。
どれだけ被るんだ。
そこまで一緒なら付き合っちゃえば良いのにと周りから散々言われるが、偶然に偶然が重なっただけのこと。いちいち気にしてられないと割り切ってこれまで生きてきた。
付き合いが長すぎて家族レベルのアイツに、一体どうときめこうというんだ。
ある日のこと。
今日の夜は久し振りに一緒に食事をしようと、急にアイツから連絡が入った。
場所はいつもの小洒落たお店と指定付き。
アイツと直に会うのは一ヶ月振りだな。
一体どうしたんだろうと勘繰るが、深く考えず流れに任せることにした。
お店に着くと、顔馴染みのマスターが優しい笑顔で迎えてくれる。
「お連れ様がお待ちですよ」
二人で過ごす時に使ういつもの個室の戸をカラリと開けると、アイツの紺色の背広がハンガーに掛かっている。
おや?
背広が妙に草臥れているのは気のせいだろうか?
仕事が忙しいのだろうか?
訝しんでいると、テーブルの上に突っ伏している男が一人視界に飛び込んできた。
白いシャツの上半身が何故か物寂しい雰囲気を漂わせている。一体何かあったのだろうか?
そう言えば待ち合わせをする時、集合場所につくのはいつも私が先なのに、今日はアイツが先だった。
珍しいこともあるものだ。
……やはりおかしい。
そこで、突然むくりと起き出し私に向けてきた顔は、頬を紅潮させていた。瞳もどこか潤んでいる。
(……ひょっとして先にどこかで呑んできたなぁこの酔っぱらいめ! )
「ちょっと……もう呑んでるの?」
ちょっとカチンとしたから避難めいた視線を送りつけてやると、アイツはふるふると首を横に振る。
「……良く見ろよ。どこにグラスや空き瓶があると言うんだ?」
やや不機嫌そうにテーブルを叩く右手の人差し指の下にはメニュー表しかなかった。鼻を啜り上げているところを見ると、私が来るまでこの店で一人でひっそりと泣いていた可能性が高い。
「ごめんって。で、今日は何?」
私はすかさず早とちりを詫びると、アイツは咳払いを一つした。
「……話せるのはお前しかいないんだ」
(ああ、また振られたのか)
いつものフレーズだから、すぐにそれと分かる。
アイツの恋の悩み相談はいつも私だった。
しかし、それは私も同じだから人のことは言えない。料理を注文する為、呼び鈴を鳴らした。
少しすると料理が運ばれてきた。テーブルの上で旨そうな湯気をたてている。私は箸を動かしながら、アイツは箸よりもハイボールの入ったグラスを動かしながら久し振りの会話を続けた。
これまで私達は、互いに困ったことがあると何でもすぐ相談しあってきた。
お留守番の際に時間をどう潰すか、人気番組のキャラの話し、給食の苦手なおかずのこと、部活のこと、試験のこと、初恋の悩み……などなど。
だから、互いの長所も短所も全て知り尽くしている。
ある意味、お互いがお互いの避難場所となっている、唯一無二の有り難い関係だ。
私も最近までは彼氏がいたが、別れたばかりだ。晴れて自由の身を満喫している。
アイツも負けじと出会いと別れを繰り返しているようだ。
空になったお皿の上に箸を置いた。
ふと店の壁に目をやる。
ここに来るのはもう何度めだろうかと思いを馳せると、隣でアイツがグラスの中身を一気に喉に押し込んでいた。
「か――っっ!! 今度こそ絶対に上手くいくと思ったのにちくしょー!」
空になったグラスがテーブルに叩きつけられると、からんとグラスの中で氷が涼やかな音を響かせた。
一通り食事を済ませ、アイツは更に酒をオーダーしている。
私は紅茶と真っ白なヴァニラアイスクリームにした。
アイツは幼馴染みの私の目から見ても、目鼻立ちが整ったイケメンだ。基本的に優しいし、割と面倒見が良いので、学校でも女子にモテモテだった。
だが、何故か交際が長続きしなかった。
理由は色々あるようだが、詳細はアイツの名誉にかけて割愛する。
アイツは自分の手元にあるイチゴアイスクリームの匙を手に取った。酒と負けない位甘い物に目がないから極々ありふれた風景なのだが、一体いつの間に頼んだのだろうか。
アイスを一匙口腔内に滑り込ませると私に向き直って言う。
「そこでだ。お前に相談なのだが」
「何?」
「俺と付き合ってくれないか?」
突然の告白にわたしの指から匙が滑り落ちた。
「な……突然どうしたのよいきなり!」
私が素っ頓狂な声を上げると、アイツは後頭部をぼりぼり掻きむしりながらボソボソ喋りだす。何故か目がどこか泳いでいる。
「色々考えたんだけどな、俺もお前ももう二十六だろ? そろそろ……考えた方が良いかなと思って」
アイツが言うには、結婚を前提にしたお付き合いをするなら、全く新しい相手と一からやり直すより、何でも分かり合っている相手の方が気分が楽で安心出来る。互いの両親も知っているし、気心がしれた間柄である私しか考えられないということだった。
最初は驚いたが、悪い気はしなかった。
誰よりも長い付き合いで、空気のような存在。
風邪で鼻水垂らしたり、だらしない格好なんて互いに見慣れている。
「ちょっと、考えさせてくれる? 時間を頂戴」
返事には一週間待ってもらうことにした。
突然降って湧いてきた現実。
もう少し独身貴族でありたいけど、四捨五入したらアラサー。やっぱり考えるべきかな。
まるで灯台下暗しみたいで何かしゃくだけど、悪い気はしなかった。八割方のってみる気だ。
だが、私も甘んじる気は毛頭ない。
何せ、アイツのことは性的嗜好まで知り尽くしている。
つい忘れそうになるが、アイツは飲食の好みも性的嗜好も二刀流だ。
今後アイツが“男”にうつつを抜かしたら絶対にぶっ飛ばしてやる。
私はそう心に決めた。
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