ある事故の話
ある事故の話
更新日: 2023/10/15 22:50現代ファンタジー
本編
とある晩のことです。
どーん、という大きな音で、少年は目を覚ましました。何か大きなものがぶつかったような音です。少年はベッドから飛び出して、窓から外を見てみましたが、何もわかりません。
お父さん、お母さん、兄さんも音に驚いて起きてきましたが、やっぱり何があったのかはわかりませんでした。
次の日、学校に行くと、みんなが昨晩の大きな音について話していました。いちばん遠くに住んでいる女の子もその音を聞いたそうです。
そしてようやく、昨晩の音の正体がわかりました。
どうやら、駅前に住むおっちゃんが真夜中に事故を起こしたようなのです。
自慢げに教えてくれたのは、駅前の散髪屋の息子でした。
駅前のおっちゃんは夜中に軽トラを運転していて、そのまま麦畑にひっくり返ってしまったんだ、と散髪屋の息子は言いました。駅前のおっちゃんは多少の怪我はあったものの無事だったそうです。
そして、おっちゃんがひっくり返った麦畑も他の誰かの畑だったらおおごとになっていたでしょうが、おっちゃんの畑だったのでそれほど問題にもならないようです。
ただ、駅前のおっちゃんがどうして真夜中に軽トラを運転していたのか、どんな事故だったのかは、散髪屋の息子も知りませんでした。
フリン相手のところに行っていたとか、お酒を飲んでいたんじゃないかとか、いろんな噂が立ちましたけれども、真相はわからずじまいでございます。
さて、その日の帰り、少年と散髪屋の息子、それから何人かの友だちで、事故があった麦畑を見に行くことにしました。麦畑は散髪屋の息子の通学路の途中にあって、だから彼は詳しく知っていたのでした。
「すごかったんだぞう、おっちゃんの銀色の軽トラが、猫みたいにひっくり返ってたんだもの」
散髪屋の息子があまりにも興奮ぎみに話すものですから、みんなはすっかりわくわくしてしまいました。早く見に行きたくて、小走りになっています。
「ほら、あそこだよ…」
散髪屋の息子が指差したころには、もうみんな、すっかり走っていました。
「あれっ」
いちばん最初に到着した友だちが驚いています。次々に到着した少年や友だち、そして散髪屋の息子も
「あれっ」「あれっ」
と間抜けな声を出しました。
そこには確かに、ひっくり返った軽トラがありました。銀色で、ナンバーも見覚えがある。確かに駅前のおっちゃんのものです。
でも、おかしいのです。
事故は昨日の晩に起こったはずなのに、軽トラはすっかり錆びていて、ところどころ苔がむしているのです。
まるで、ずうっと昔からそこにあるかのように。
「変だな」
「おかしいな」
少年たちが首をひねっていると、
「君たち」
と声がしました。振り向くと、駅前のおっちゃんの奥さんが立っています。奥さんはだらしないおっちゃんには不釣り合いなくらいの美人さんでした。
「昨日、事故があったんでしょう」
「そうよ、でも主人は無事だったわ」
「それはよかった。でも、なんで軽トラはこんなことになってるの?」
いちばん勇気のある友だちが尋ねました。奥さんは穏やかに微笑んで答えます。
「どうしてでしょうねぇ。ここだけ、時間の流れが違うのかしら」
まるで答えになっていないようですが、美しい奥さんに言われると、なるほど、そうかもしれない、と思ってしまうから不思議なものです。
きっと何かの奇妙な力で、この軽トラ周りだけ時間の流れが早くなっているんだろう、ということで、少年たちは納得しました。
「君たちも気を付けなさいね」
奥さんはそう言うと、去っていきました。
少年たちは、今にも「じいさん」になろうかという駅前のおっちゃんと違って、いつまで経っても若くて美しい奥さんに少し見とれながら、その後ろ姿を見送ったのでありました。
0どーん、という大きな音で、少年は目を覚ましました。何か大きなものがぶつかったような音です。少年はベッドから飛び出して、窓から外を見てみましたが、何もわかりません。
お父さん、お母さん、兄さんも音に驚いて起きてきましたが、やっぱり何があったのかはわかりませんでした。
次の日、学校に行くと、みんなが昨晩の大きな音について話していました。いちばん遠くに住んでいる女の子もその音を聞いたそうです。
そしてようやく、昨晩の音の正体がわかりました。
どうやら、駅前に住むおっちゃんが真夜中に事故を起こしたようなのです。
自慢げに教えてくれたのは、駅前の散髪屋の息子でした。
駅前のおっちゃんは夜中に軽トラを運転していて、そのまま麦畑にひっくり返ってしまったんだ、と散髪屋の息子は言いました。駅前のおっちゃんは多少の怪我はあったものの無事だったそうです。
そして、おっちゃんがひっくり返った麦畑も他の誰かの畑だったらおおごとになっていたでしょうが、おっちゃんの畑だったのでそれほど問題にもならないようです。
ただ、駅前のおっちゃんがどうして真夜中に軽トラを運転していたのか、どんな事故だったのかは、散髪屋の息子も知りませんでした。
フリン相手のところに行っていたとか、お酒を飲んでいたんじゃないかとか、いろんな噂が立ちましたけれども、真相はわからずじまいでございます。
さて、その日の帰り、少年と散髪屋の息子、それから何人かの友だちで、事故があった麦畑を見に行くことにしました。麦畑は散髪屋の息子の通学路の途中にあって、だから彼は詳しく知っていたのでした。
「すごかったんだぞう、おっちゃんの銀色の軽トラが、猫みたいにひっくり返ってたんだもの」
散髪屋の息子があまりにも興奮ぎみに話すものですから、みんなはすっかりわくわくしてしまいました。早く見に行きたくて、小走りになっています。
「ほら、あそこだよ…」
散髪屋の息子が指差したころには、もうみんな、すっかり走っていました。
「あれっ」
いちばん最初に到着した友だちが驚いています。次々に到着した少年や友だち、そして散髪屋の息子も
「あれっ」「あれっ」
と間抜けな声を出しました。
そこには確かに、ひっくり返った軽トラがありました。銀色で、ナンバーも見覚えがある。確かに駅前のおっちゃんのものです。
でも、おかしいのです。
事故は昨日の晩に起こったはずなのに、軽トラはすっかり錆びていて、ところどころ苔がむしているのです。
まるで、ずうっと昔からそこにあるかのように。
「変だな」
「おかしいな」
少年たちが首をひねっていると、
「君たち」
と声がしました。振り向くと、駅前のおっちゃんの奥さんが立っています。奥さんはだらしないおっちゃんには不釣り合いなくらいの美人さんでした。
「昨日、事故があったんでしょう」
「そうよ、でも主人は無事だったわ」
「それはよかった。でも、なんで軽トラはこんなことになってるの?」
いちばん勇気のある友だちが尋ねました。奥さんは穏やかに微笑んで答えます。
「どうしてでしょうねぇ。ここだけ、時間の流れが違うのかしら」
まるで答えになっていないようですが、美しい奥さんに言われると、なるほど、そうかもしれない、と思ってしまうから不思議なものです。
きっと何かの奇妙な力で、この軽トラ周りだけ時間の流れが早くなっているんだろう、ということで、少年たちは納得しました。
「君たちも気を付けなさいね」
奥さんはそう言うと、去っていきました。
少年たちは、今にも「じいさん」になろうかという駅前のおっちゃんと違って、いつまで経っても若くて美しい奥さんに少し見とれながら、その後ろ姿を見送ったのでありました。