誰にも奪えぬこの想い

作家: 蒼河颯人
作家(かな): そうがはやと

誰にも奪えぬこの想い

更新日: 2023/06/02 21:46
詩、童話

本編


 ――あなたに伝えたいことがある。
 他の誰でもない、あなただけに聴いて欲しい――
 
 あなたが私の前から姿を消して、
 一体どれ位の月日が経ったのだろうか。
 嬉しいこと、
 楽しいこと、
 腹ただしいこと、
 悲しいこと、
 色々なことが沢山やってきては去って行く。
 川の流れのように、ゆるやかに。
 記憶は遠く彼方へと去ってゆく。
 私一人を置き去りにして。
 
 あなたの顔も声もぼやけてもう曖昧。
 どんなものだったのかさえ最早思い出せなくなってしまった。
 
 決して無くならない様に。
 互いを失わなくてすむ様に。
 心身問わず焼鏝みたいに。
 流れる紅い血をも蒸発させる程。
 あんなにも互いに深く真摯に焼き付けた筈だったのに。

 溶けて溶けて、溶け合って。
 燃えて燃えて、燃え尽きて。
 共に一掴みの灰となってしまえたらと思い続けたあの日々。
 永遠と思われたあの限りある世界。
 
 あの時間は一体なんだったのだろうか。
 あれは現実だったのだろうか。
 あれは夢ではなかったのだろうか。

 あなたは一体どれ位私の腕の中に居たのだろうか。
 自分は一体どれ位あなたの胸の中に抱かれていたのだろうか。

 もう、分からない……。
 
 沢山喪ってしまった。
 自分がどれだけ喪ったか忘れる位。
 
 あなたは私のもとにはもういないのに。
 どうして自分だけがこうして未だに息をしているのか分からない。
 
 それでも……私の中で光と温もりが残っている。
 静かに息を止めていないと感じられない位だが。
 僅かにだが、確かにあるのだ。

 ふと仰のけば、満天に広がる無数の煌めき。
 今にも落ちてきそうな瞬き。
 それ以外は真っ暗な大空。
 
 人気の無い中で満ち引きを繰り返す波の音。
 今日の波は心持ち荒れている。
 
 湿気を含み少し肌寒い潮風の匂い。
 砂浜のざらざらした感触。
 薄桃色の螺旋を巻き付けた小さな貝殻の破片。
 粉々になって靴越しに伝わってくるその痛み。
 
 銀縁眼鏡越しに顔へと浴びた真白な飛沫は、
 目に染みて、
 冷たくて、
 とても塩辛かった。
 潮風が無精髭の生えた顔を、
 優しくそっと撫でてゆく。
 
 懐かしくて狂おしくて尽きない愛慕の情。
 一見すっかり無くしてしまった様でも、
 やっぱり……喪えないものがある。
 
 否、無くしてしまったからこそ、尚更募るものなのかもしれない。
 
 この心も、
 手も足も頭も、
 身体も、
 精神も、
 今現在ここに私が在るのも。
 
 総てはあなたが存在していたから有り得ることなのだ。
 
 あなたの姿が消えて、
 たった一つの眩い光へとなった。
 こんな姿になってしまっても、
 まだこの心の中では綺麗なままで消えてはいないのだと。
 
 出来たらじかに伝えたい。
 あの日、
 大空の向こうへと行ってしまったあなたに。
 
 
「あなたを愛している。この気持ちは永遠に変わらない」
 
 と……。
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