騎士とかげろう

作家: ながる
作家(かな):

騎士とかげろう

更新日: 2023/09/03 11:07
異世界ファンタジー

本編


 岩と枯れ木ばかりの荒野に、かげろうと呼ばれる化物が出る。
 見るものによって形を変え、傷を負わせた話はついぞ聞かない。

 ここにひとり、亡国の騎士が辿り着いた。歩き疲れ、倒れ込む。
 その傍らに亡者のような影が現れる。漆黒の鎧。兜の奥もまた闇のよう。
 無慈悲な鞘走りの音を聞きながら、騎士はどうにか身体を仰向けた。

「背中の傷は……男の恥、ってな……」

 大切なものも守れず、殉じることも出来ず、ただ逃げ出した男にもう恥も何もないはずだった。
 闇が|凝《こご》ったようなような刃先が伸びて、胸元に突きつけられるのを見ながら、男の口は自嘲に歪む。こうまで追い詰められてもまだ、死にたくはない。

 鉛のような腕を持ち上げ、剣先を掴もうとするも、それはまるで陽炎のように揺らめいて霧散する。重力に負けた腕が落ちると、乱れた剣はまた元のように収束していく。
 ああ、幻なのか、と、投げやりに身を任せれば、目の覚めるような痛みが胸を貫いた。焼けるような熱さと、凍えるような寒さが同時に襲う。
 低く吼えるような声を吐き出しながら、男は己の剣を掴んでいた。
 男の唯一の持ち物。最後まで残った、男の矜持。
 睨め上げる瞳に炎が灯る。痛み以外の雑念を忘れ、男の剣は黒い影の騎士の首を落とした。
 ゆらりと乱れた兜は次の瞬間元の形に戻り、しかし音を立てて真っ二つに割れた。
 中から艶やかな黒髪がこぼれ落ちる。

 闇より深く、光をも飲み込む瞳がにぃ、と笑った。
 彼が故国で亡くしたものの形を闇に写し取った姿が、剣ではなくその手で彼の心臓を撫でながら顔を寄せる。

「チカラ ヲ ヤロウ カ」

 答えなど、聞かずともわかるというようにソレは彼に口づけた。

「我が名はカゲロウ。連れて行け」
0