ほたるあかり

作家: 浜風 帆
作家(かな): はまかぜ ほ

ほたるあかり

更新日: 2023/08/30 22:16
詩、童話

本編


静かに川を見ていた。
緩やかな小川の流れが石を撫で、森の闇に消えていく。
川の音が静かに、体を包む。

僕は生茂る木々の影から、葉の影に隠れ
そっと、そっと、
静かに沈む心で、
水面に映る、仲間の光を見ていた。
滲む光が、揺らめいては消える。

月のない暗い夜に、優雅にふわりと舞う、その光を、仲間の蛍の姿を。
羨む心で、直視できぬその姿を、水面に写し、静かに見ていた。



何の因果か、光れぬ僕。光れぬ蛍の僕。
そんな僕を待っていたもの。それは…………



始めは分からず、夢を見ていた。
一つの星となり、皆と一緒に輝く夢を見ていた。
光輝き舞って、飛び回る夢を。

蛹になり、光らぬ自分に気づいた時。
「大丈夫、大丈夫」と優しい声が聞こえて安心した。
優しく包んでくれる、優しく暖かい声だった。

だけど、成虫になっても光らなかった。
光ろうと思って頑張ったんだ。
お腹に力を込めたんだ。
だけど、

……ダメなんだ。

闇雲に飛び回り、体を振り回した。
何故だ? 悔しくて怒った。
どうして? 失望して怒った。
笑われたら、怒って暴れたりもした。

全てが嫌になる、自分が嫌になる、
それでも、頑張って。頑張って、頑張って……

でも、ダメだったんだ。

……そして、
……僕は。
 
…………諦めた。

何も考えられなかった、
僕を待っているこれからのことは。

何も考えられずに、
川面を、ただただ見つめていた。

諦めのそこに広がる、
綺麗な皆の光が、
滲んで霞む。



やがて、
木々を撫でる風が、僕を乗せた葉を揺らした。
気がつくと、僕は風の音に合わせて、静かに歌を歌っていた。
川の音に合わせて、揺れる木の葉に合わせて、諦めた夢の光に合わせて。

静かに歌を、歌っていた。
諦めたのに、諦めきれず。
悲しみの底から手を伸ばし続ける、僕の歌を、
空っぽの心でずっと歌っていた。

ふと、
甘い水草の匂いがした。

下を見ると、
1匹の小さな蛍が輝きながら飛び立とうとしている。
だけどヘタッピで、飛ぼうとしては転け、飛ぼうとしては転け、そして、
また、ヨタヨタヨタヨタと、歩いては転んだ。
だけど、諦めず。

…… あ、また転んだ。
そして、彼女はプンプン怒っていた。

その、格好が可愛くて
「フフッ」と思わず笑ってしまった。

彼女がこちらに気付いてキッと睨む。

「あ、ご、ごめん」

彼女は、フンッと顔を背けると、
溜息ををついて、肩を落とししヨタヨタと葉の影に歩いて行った。

「待って! そんなつもりじゃ……」
僕は慌てて彼女の後を追いかけた。

「こないでよ。一人で練習するんだから」
彼女が怒った声を投げかける。

「あ、あの」
僕はなんと言ったら良いかを迷っていた。

「笑ったでしょ」
「ごめん。そんなつもりじゃないんだ」
「でも、笑ったでしょ」
「……」
彼女は、またヨタヨタと暗い森の中に歩いて行こうとした。

「ごめん!本当にそんなつもりじゃないんだ」
「……」
「僕で良ければ、飛び方を教えてあげるよ」
「いい。自分で練習するから。もう、笑われたくない」
「笑わない!! 絶対に!!」
「……」
「……だって」
「……」
「僕に、笑える様な資格なんてないから」

彼女は止まって振り向いた。

「僕は、蛍なのに光れないんだ」
「……」
「蛍なのに」
「……」
「笑っていいよ。フフおかしいよね。蛍なのにさ」
「それで?」
「?」
「……笑わない。笑えるわけないじゃない」

そう言った後、彼女はしばらく黙って俯いていた。
「それで、歌をうたってたの?」
「……うん」
「あ、そう」
「うん」
「……そう」
「うん」

しばらく沈黙が続いた後、彼女は顔をあげると泣いていた。
「?」僕は驚いた。

「じゃ、もう一度、歌ってよ」
「……うん、いいけど」
「私、なんだか飛べるんじゃないかって。思ったから。あの歌聞いて」
「……」
「歌って」
「……うん。でも、同じようには歌えないかも」
「いい」
「……うん」

彼女は、水面の上を優雅に飛ぶ仲間の光を見つめて言った。

僕は正直迷っていた。
ちゃんとした詩なんてない歌だったし、
悲しみを風にのせて、口ずさんだだけなのに。

「……」

だけど、彼女を見ていて、今度は
今度は『頑張れ』と歌いたくなった。

深く息を吸い込んで、腹に力を入れて歌ってみた。
頑張れー♪ 頑張れー♪

「プッ」と笑われた。

「……」
「何か違う」って笑われた。

「……」
「ごめん。でも何か違うもん」
彼女は笑って僕を見た。

「……」
「これで、あいこ。許して」

彼女に悪気のない事は分かってたので、
彼女の笑いに逆に救われた気がした。

水面の上を飛ぶ光を見つめて、
静かな気持ちを口にする。

憧れと、夢と、失望と、怒り。
諦めと、悲しみと、全てを受け入れた心。

風が木々を撫で、森の奥から流れてきた。
僕は、風にのせて、ただ、自然と口ずさんだ、
この気持ちが、風の上を飛んでいく様に。



そして彼女は、空を見上げて、
羽を広げた。



僕は、
滲む心も、沈む心も、羨む心も、
怒る心も、浮かれる心も、全てを隠さず、
風に乗せて歌った。

彼女は、何度も何度も、羽ばたこうと繰り返した。
転んでも転んでも、何度も何度も。

僕は、たまに歌うのをやめて、飛び方のコツを教えてあげた。
焦らず、羽を素早く伸ばすコツや、バランスの取り方を。

彼女は、右の羽が少し小さく、飛行のバランスが悪かった。
だから、特にバランスの取り方に注意して飛ぶ飛び方を教えてあげた。

なかなか上手くいかなかったけど、
それでも、何度も何度も工夫して練習して、
だんだん上手く飛べる様になって行った。

そのことが、僕も嬉しかった。



そしてたまに、彼女が僕に光かたを教えてくれた。
彼女は、僕らより光部分が少ないのに、とても綺麗に輝いていた。

「お腹から下に下に、お尻の方まで力を入れて。力を溜めて溜めて」

僕は言われた様に、何度も何度もお腹から下に下に力を入れた。

「そう、頑張れ!!
 いけーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
彼女が叫ぶ!

……でも、全くダメだったけど。

横を向くと彼女が僕以上に力を入れて、ビックリするほど光っていた。

こっちは、全くダメだったけど。
きっと何かが、もうどうしようもなく壊れていてダメだったけど。

だけど、笑えてきた。
彼女の気持ちが、また嬉しかった。



それから、僕も、彼女も一生懸命、続けた。
しんどかった、だけど、楽しかった、嬉しかった。
初めて、僕の心の中に満たされるものが沸き起こり、
このまま、ずっと続けばいいやなんて思ってしまった。
そう思ってしまった。

だけど、彼女は上手くなった。
これなら、もうすぐ上手に飛べるだろう。
飛んでいってしまうだろう。

僕は静かに歌を歌った。
もうすぐ光り輝き飛び立っていく彼女に。

優しい風が吹いて、
綺麗にふわりと飛び立てた彼女。

「やった!」僕らの声が重なった。

僕は何故か涙がこぼれ落ちた。
「どうして泣いてるの?」
ゆっくり綺麗に着地した彼女が真面目に聞いてきた。

「嬉しいんだよ。へへ」
「?」
「僕だって。君が飛べる様になったのが、嬉しいんだよ。……頑張ったね」
「……ありがとう」
「君が光り輝いて飛べば、僕も輝いた様で、とっても嬉しい」
「フフ」

彼女はそう言って笑うと、小さくても強い光を放ち、もう一度ふわりと飛んで行った。誰よりも元気に、嬉しそうに、楽しそうに、舞って踊って輝いていた。

もう大丈夫だろう。

そこには、嬉しさがあった。満足感で満たされるものがあった。
でも、その先に胸が焼ける様な痛みがあった。

つまり、僕は、もう、必要ない。



最後の歌を歌うよ
もう必要のない歌を。
その嬉しさと、寂しさと。
張り裂けそうな心を風に乗せて。

彼女の光は僕の心にも輝きを届け、
僕の心の中で明かりとなり、
輝き続けるだろう。

…… ありがとう、いままで。そして、さよなら。
僕は静かにその場を離れた。
彼女の光が陰らぬ様に。

「さよなら」とちゃんと言う勇気がなくて、
僕は、静かにその場を去った。



僕は空高く羽ばたいた。
高く、高く、森を抜け、
星の輝く夜空に届けとばかりに、
高く、高く、舞い上がった。

眼下には、仲間の光が見え、
その中で舞う彼女の光が、一際輝いて見えた。

戻って、彼女と一緒に踊りたかった。
だけど、笑われるだけだ。
僕はいい、だけど彼女が笑われるのは……
彼女の光を曇らせたくなかった。

僕は、さらに高く、どこまでも高く飛んで行った。
行けるところまで行こう。力の限り飛んで行った。

やがて夜空の闇と僕は同化し、
妙な静けさが心を満たす。



静かに僕は何故生まれてきたんだろうと考えた。
迷う暗闇、心の中に、彼女の光がふわりと舞う。

それは、彼女を助けてあげるために、
僕は生まれてきたんじゃないだろうか。

いや、おこがましいかな。
救われたのは僕の方で、彼女は僕の空っぽの心に明かりをくれた。
それは、見た目の輝きだけではなく、心に灯る温かな明かり。

そんな思いで、周りを見回した時、
僕は、
ただの光ではなく。
心に灯る明かりが見える様になった。

必死に頑張っている、
仲間の心の明かりが見える様になった。

それから僕はみんなの所に飛んでいって、
かせるだけの力を貸した。

相手にされなかったり、周りから馬鹿にされたりしたこともあるけれど、
それでも、一生懸命、心の明かりが消えぬ様に、輝く様に。

飛べない仲間には飛び方を教え。
怪我した仲間には肩を貸し。
怒っている仲間には耳を貸して訳を聞き。
震えてる子には、「大丈夫、大丈夫」と優しく声をかけた。

光の弱い子には、光りかたを教えた。 
彼女に教えてもらった方法を思い出す。

「お腹から下に下に、お尻の方まで力を入れて。力を溜めて溜めて」

その子は僕が言った様に、何度も何度もお腹から下に下に力を入れた。

「そう、頑張れ!
 行けーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
僕も力を入れて叫んだ!

その子の、光がひときわ明るく輝いた。

「やった!!」声が重なる。



アレッ?
なんだろう。
彼女の嬉しそうな顔が浮かぶ。

「ありがとう」その子はそう言うと、嬉しそうに舞い上がっていった。

良かった……
僕の目から、何故か、涙がとめどなくこぼれ落ちた。



それから、僕は
体が動くだけ、飛べるだけ、
僕の心にも明かりが光輝く様に、
見える明かり全てに駆けて行った。



だけど、少し疲れたんだ。
もう、飛ぶ力もなくなった。

水面に映る、仲間の姿を見ていた。
黄色くふわりと舞う光の中に、温かな明かりが灯る。

僕の周りを、出会った皆が
集まってふわりと飛んだ。

滲む目で眺めていた。
懐かしみ、歌を歌う。

せめて、
僕の心にも光は灯っているだろうか?
風に乗せ、水面に向かい歌を歌った。



やがて、
気がつくと、隣にふわりと風が吹いた。
甘い水草の匂い。
そして、静かに彼女が横に座った。

「歌ってよ。でないとどこにいるか分からないじゃない」
彼女は泣きながら、怒っていた。
「……」
「探したんだから」
「……」
「ずっと、探したんだから」
「うん」
「私もここにいる」
「うん」
「あなたの輝きは、他の人にはないんだから」
「うん」

僕は静かに歌を歌った。
優しい歌が明かりを灯す。

そんな明かりの中で、
彼女と一緒に、光舞う水面を眺めていた。
寄り添いながら一緒に。ずっと。










……ずっと。ずっと。


Fin
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