友人の寝相

作家: 柴
作家(かな):

友人の寝相

更新日: 2023/08/11 17:03
ホラー

本編


これは、私が大学生の時の話です。
当時、私には毎日のようにつるんでいた2人の友人がいました。仮にそれぞれA、Bとでも呼びましょうか。その日も、Aの家に男3人で集まってはだらだらと酒を飲んでいたんです。
そろそろ日付が変わろうかという頃、Bが「眠たい」と言って、勝手知ったるていでAのベッドを借りて横になりました。
私たちは暇さえあればお互いの家を行き来していたので、他人の家であるという感覚もとうになくなっており、我が物顔で人のベッドを占領することもしょっちゅうでした。家主のAも「しょうがねぇな」とぼやくくらいで、まったく気にしている風でもありません。
 
そのまま、時刻は丑三つ時を回った頃のことです。私とAは、相も変わらずだらだらと酒を飲んではとりとめのない話を続けていました。
そのとき、Aはちょうどベッドを背に、その縁にもたれかかるような形で座っており、私は小さなテーブルを挟んでその対面に腰を下ろしていました。要は、私からはAの背中越しに、眠っているBが見えている状態です。
ふと、仰向けに眠っていたBの両の腕が、天井に向かってゆっくり突き上げられました。Bの顔を見ると、目を閉じて顔をしかめており、私ははじめ、てっきりBの目が覚めて、ぐっと伸びでもしているのかと思ったのです。
ベッドに背を向けているAは、Bの動きには気づいていませんでした。私も私で、そこからBがむくと起きだすのか、それともそのまま二度寝するのか、どちらのようにも見えたので、わざわざ声はかけませんでした。
 
次の瞬間、ごつ、と六畳一間の部屋に鈍い音が響きました。
 
Bが、高く突き上げた両手の【甲と甲を】打ち付けた音でした。私は一部始終を見ていたのでまだマシでしたが、Aからしたら完全に予想外だったと思います。驚きのあまり、弾かれたように背後のベッドへ振り返っていました。その姿がまるで小動物みたいで、私は思わず声を上げて笑いました。
 
「おい、なんだよB、起きてたのか?」
ごつん、ごつん。
「驚かすなっての。起きたんだったらさ、こっちで飲み直そうぜ」
ごつっ、ごつっ、ごつっ。
「おい、B…?いつまでやってるんだよ…?」
ごっ、ごっ、ごっ、ごっ、ごっ、ごっ。
 
Bは目を閉じた険しい表情のままで、ごつんごつんと一心不乱に手の甲を打ち合わせ続けていました。Aの声が届いていないどころか、意識すらもないように見受けられます。はじめは笑っていた私も、どうやらこれはただ事じゃないと気付き始めました。
 
「おい!B!」
 
異様な状況に、ついにはAがBの腕を直接つかんで止めると、Bは次の瞬間、体ごと跳ねるように起き上がりました。
 
「え…A…? 俺…部屋の外にいたんじゃ…?」
「なにいってるんだよ!ずっとここで寝てたと思ったら、いきなり両腕をガンガンぶつけ始めたんだよ。おまえ、手は大丈夫なのか?」
 
加減などまるでなしに何度も何度もぶつけられたBの手の甲は、血がにじんで真っ赤に染まり、見るも無残な状態でした。
 
「手?うわっ、なんだよこれ!いってぇ…!」
 
不思議なことに、Bは自身の異常な行動の記憶がまったく無く、Aが指摘するまで自分の手の状態にも気づいていませんでした。
薬局もとうに閉まっている時間でしたが、男子大学生の部屋にろくな手当の道具があるはずもなく、だがとにかく応急処置だけはしなくてはということで、軽く水で洗ったあと、近くのコンビニまで包帯や絆創膏などを買いに行くことにしました。
 
コンビニへ向かう道中、私は気になっていたことをBに尋ねました。
 
「B、おまえさっき目が覚めた時、部屋の外がどうとか言っていたけど、あれなんだったんだ?」
「いや、それが結局は夢だったんだけどさ。おれ、気付いたらAの部屋の外のドアの前にいたんだよ。あれ、いつの間に外に出たんだ?とか思ってたら、通路の奥に白髪をぼさぼさに伸ばして顔の見えない婆さんが立ってて、俯きながら手の甲をごつごつぶつけてたんだ」
「それっておまえがやってたやつじゃん」
「そうなんだよ!起きたあとでおまえらの話聞いてマジでびびった。とにかく、夢の中の俺はその婆さんを見たら金縛りみたいに体が固まっちまってさ、しばらく婆さんを見つめたままだったんだけど、だんだんと俯いていたはずの顔がこっちを向いてきたんだよ」
「うわ…どんな顔だったんだよ」
「いや、見えてない。ニタって笑ってる口元が見えた時に急に体が動くようになって、慌ててAの部屋の玄関に飛び込んだと思ったら目が覚めてたんだ」
「なんだよそれ!怖くて家に帰れねぇじゃんよ」
「俺も今日はAの家戻りたくねぇ。なぁ、隣駅だけどこのままお前の家に行こうぜ」
「お、おう…俺は別にいいけど…」
 
私自身、こんな話を聞いて再びAの家に帰る気にはなれなかったので、コンビニで消毒液と絆創膏を購入した後、そのまま3人で一駅分歩いて、その夜は私の家に行きました。明け方近くになってやっと仮眠はとれましたが、正直またBが、あるいはAや私自身が、寝ている間に手の甲をぶつけ始めたりしないか、気が気ではありませんでした。
 
幸いにも心配していたような事は起きず、翌朝、「一人で帰るのが不安だから家までついてきてほしい」とAが頼み込んできたので、あらためてAの家まで行くことになりました。
Aの家が近づくにつれ、早朝にもかかわらずなにやら近隣の様子が騒がしいと感じました。胸騒ぎを覚えながらAの家の前まで行くと、そこにはパトカーが数台停まっており、何人もの警察官がアパートを出入りしていました。
そのうちの一人が私たちに気付いて駆け寄ります。
 
「こちらのアパートの住人の方ですか?」
「あ…はい、僕がそうですけど…」
「お騒がせしております。住人の方から通報があって、アパート一階の奥の部屋にお住まいだった高齢の女性の方が孤独死されているのが見つかりまして。事件性はなさそうなのですが、一応、その方と面識などはありましたか?」
「いえ。そういえばそんな人が住んでたような…くらいでしゃべったこともないです。あの、すぐ出ていきますんで自分の部屋に荷物取りに入っても大丈夫ですか?一階の一番手前なんですけど」
「あぁ、いいですよ、お連れの方も大丈夫です。…ところで、」
 
ここで警官はAではなくBの方に声を掛けました。
 
「あなたは、このアパートの住人ではないんですよね?」
「え、俺ですか?違いますけど…」
「いえ、失礼しました。通報された方をはじめ、他の住人の方々にもお話を聞いていたのですが、皆さんなぜか手をケガされている様子でしたので…」
 
それを聞いた途端、私たちの顔からさっと血の気が引きました。特にBは、幽霊に取り憑かれてしまったのではないかとひどく怯えてしまって、その日も、なし崩し的に2人とも私の家に泊まることになりました。
その晩も不安が残りましたが、ひとまずは何事もなく夜を明かしました。
 
翌日、私はどうしても外せない授業があったので同席しなかったのですが、Bのバイト先に霊感が強いという先輩がいるとのことで、AとBはその人に相談に行きました。
その先輩は2人の話を聞いたあと、気になることがあるからと実際にAの家の前まで来てくれたそうです。
 
先輩の見立てによると、まず、現状AとBに悪いものが取り憑いているということはなく、そこは安心してほしいとのことでした。ですが、Aの家の前まで着いた先輩は苦虫をかみつぶしたような顔で、Aにすぐに引っ越すようにと伝えたそうです。
 
「Bくんのやってた手の甲を打ち合わせるのって【裏拍手】って言ってね。あちらの住人が手招きをしたり、呪いをかけるときにやる動きなんだよ。周りの他の人まで巻き込んで裏拍手させたみたいだから、このアパート全体が強引に霊道にされちゃってるね。そのお婆さん、よっぽど寂しかったのかな。とにかく、この場所には長く居れば居るほど良くないから」
 
それを聞いたAが慌てて引越し準備をはじめたのは言うまでもありません。Bは断固拒否したので参加しませんでしたが、私も荷造りを手伝わされました。
その間も、Aはずっと私の家を生活の拠点にしていましたが、引越し当日、ガス栓の立会確認のためしぶしぶ一人でアパートに行った際に、「業者に、『この物件に来るのは今週だけで三回目です』と言われた」とこぼしていたのが、今でもやけに耳に残っています。
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