光年記はとうに過ぎて

作家: 柴
作家(かな):

光年記はとうに過ぎて

更新日: 2023/07/28 22:51
SF

本編


(環境音) 規則正しく響くメーターの音
 
【男】さっき見つけた惑星はどうだった?不時着できそうかい?
 
【女】だめね。酸素は地球の百分の一で、二酸化炭素濃度は三千倍。おまけに地表の八割以上で高熱の暴風が吹き荒れているわ。
 
【男】ふぅむ…なかなかどうして、降り立つだけでもちょうどいい星はないものだな。
 
【女】ほんと。地球や月がどれほど特別な存在だったのか実感しますね。
 
【男】そうだなぁ…。嗚呼、われらが故郷、青の地球は今いずこ!
 【女】もう、いつもそれね。『ユニバース・ドリフト』のスタークの名台詞。
 
【男】こんなぴったりの台詞も他にあるまいよ。あぁ、何十年かぶりにあの映画が観たいな。
家からデータを持ってきておけばよかった。きっと今もう一度観たら、昔と感想がまるきり変わるはずだ
 
【女】違いないわね。…ふふ、あなたが毎日のように言うから、実際のスターク役がどんな声だったのか、もう忘れてしまいましたよ。
 
【男】もはや僕らこそが本家だと豪語してもいいんじゃないか。『ユニバース・ドリフト』は、所詮はフィクションだ。
…僕らのこれは、まじりっけなしのノンフィクションだからね。
 
《男モノローグ》
銀婚式には月旅行へ行こう。そう提案したのは妻の方だった。
文明は大いに熟し、県外に出かけるのと大差ない感覚で大気圏を突破する時代。妻の誘いに、私も二つ返事で了承し、購入して数年目の自家宇宙船のメンテナンスに取り掛かった。

《女モノローグ》
想定外な事態が起きたのは、私たちが旅行を済ませた帰りの航路だった。
月旅行中の思い出を語りながら、地球へと向かう自動運転中のこと。突然、正面方向からの強大な衝撃波がわたしたちの宇宙船を襲ったのよ。
 

《男モノローグ》
同時に襲い来る磁気嵐により舵もままならず、船は当初の航路から押し流され、そのまま―
 
【男】―いったい、どこなんだろうなぁここは。
 
【女】あなたがわからないんじゃ、私もわかりませんよ。カーナビの地図ですら読めないんだから。
 
【男】知っているかい?この迷子もそろそろ地球時間で半年になるようだ。
 
【女】あら、てっきりもっと経っているかと思ってたわ。船内の生活は変化が無さ過ぎて、永遠のように感じるもの。
 
【男】残した子供たちは心配しているだろうな。
 
【女】そうですよ。私なんか、帰ったらヒカリさんとお茶する約束してたんだから。
 
【男】ほんとうにヒカリさんと仲がいいよな。君は気が強い方だから、実は僕は最初、嫁姑問題が心配だったんだ。
 
【女】嫁いびりなんてするわけないでしょう。男ばかり産んでしまったから、ずっと娘が欲しかったのだもの。ホントなら今回の旅行だって連れて行きたかったくらいだわ。
 
【男】ははは…、妊婦は宇宙旅行に行けないからな。でもこうなるとわかっていたら、連れて行かなくてよかったよ。
 
【女】…。
 
【男】…どうした?
 
【女】…ねぇ、本当にそうなのかしら。
 
【男】…。
 
【女】だって!だってそうでしょう⁉私たちをこんなどこともわからない所まで吹き飛ばしたあの衝撃波は、|地球の方向からだった《・・・・・・・・・・》!あの子たちだってひとたまりもないんじゃ…!
 
【男】よさないか!
 
【女】でも…!
 
【男】ちっぽけな宇宙船を、星一つと一緒にするもんじゃあない。それに、僕たちがこんなにピンピンしているくらいなんだ。きっとみんな大丈夫さ。
 
【女】そう…そうよね。
 
【男】そうともさ。ヒカリさんだってそろそろ予定日なんじゃないか?早く帰って孫を抱っこしてやらないといけないだろう。
 
【女】ええ、ええ、ごめんなさいね。なんだか急に心細くなってしまって…。施設の母さんのこととかも心配だし…。でも、まずは自分達のことよね。
 
【男】…あぁ、そうとも。どうせなら建設的な話をしよう!宇宙船内でもできる新しい趣味を探すとか!
帰った時に息子たちに「老けた?」なんて言わせないために一緒に筋トレでも始めようか?
 
【女】…ふふ、無重力でどうやって?
 
【男】そこをなんとか工夫するのさ。ゴムバンドか何かなかったかい?体を固定しながらなら腹筋をしても浮かばないだろう?
 
【女】どうかしら?奥を探してくるわね。…ねぇ、あなた。
 
【男】ん?
 
【女】ありがとう。あなたと結婚できてよかったわ。
 
【男】…あぁ。僕らは、どうなろうとも一緒だ。
 
【女】このまま、宇宙の果てでさまよい続けようとも?
 
【男】嫌だったかい?
 
【女】もう!あなたでよかったって言ってるんじゃない!
それじゃあ、ちょっとゴムバンドがないか食事の後にでも倉庫を見に行ってきますね。あなたは、いつもの大豆ミートとバンズでいいかしら?
 
【男】うん?
 
【女】朝食の話ですよ。バイオプランターで久々にトマトがいくつか収穫できるはずだから、半年記念にそれも一緒に使っちゃおうかしら。
 
【男】…トマトはもう食べたろう?
 
【女】あら?そうだったかしら?
 
《男モノローグ》
に、トマトを使ったばかりじゃないか…。施設のお義母さんだって、とっくのとうに亡くなって…。
 
【男】…気のせいだったかもしれないな。
 
【女】いやですねぇ、もうろくしたのかしら?
 
【男】もしも僕がボケたとしても、一緒にいてくれるかい?
 

【女】もちろんですよ、あなたは私がいないとだめなんだから。
 
【男】…ありがとう。
 
(女が部屋を後にする)
 
【男】…実は、とっくに本来地球のあるはずの座標には辿り着いてるんだけどな。
…なぁ、僕らは、どうなろうとも一緒だ。『ユニバース・ドリフト』のスタークとジェーンのように。
…嗚呼、われらが故郷、青の地球は今いずこ…
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