悪役令嬢は毒林檎の夢を見るか

作家: 柴
作家(かな):

悪役令嬢は毒林檎の夢を見るか

更新日: 2023/07/28 22:56
異世界ファンタジー

本編


「シルフィ!本日この時をもって、お前との婚約を破棄する!!」

大広間を見下ろす大階段の踊り場に立ち、ノトス第一王子は階下に佇む婚約者シルフィウムを鋭く睨みつけて言い放った。
彼の隣に立つのはエリーラ男爵令嬢。不安げに王子に身を寄せているが、瞳の奥に光る狡猾さにシルフィだけは気づいていた。

「……理由を、お聞きしてもよろしいでしょうか、殿下」

王城で開催される王立学園の卒業パーティー。
先程まで卒業生たちの歓談で賑わっていたはずの会場が、今や水を打ったように静まり返っている。

「理由など明白だ!
お前はここに居る稀代の聖女エリーラ嬢にたび重なる嫌がらせを続け、果ては事故にみせかけた暗殺計画までも企てていたではないか!」

「…お言葉ですが殿下!わたくしには一切身に覚えがございません、事実無根にございます!」

「ノトス王子!そんなことありません!実際に私は毎日のようにシルフィウム様から数々の嫌がらせを受けておりました!それもだんだんとエスカレートし、やがては命の危険までも感じるように……!」

「あぁエリーラ!こんなに震えて!もう大丈夫だ!
…シルフィ、いやシルフィウム公爵令嬢。観念するがいい、数々の証拠や証言は既に出揃っている。
くだらぬ私怨から国の至宝である聖女を害そうとした罪、ただでは済まさぬぞ!」

もちろんにシルフィには本当に身に覚えなどない。全ては王子の隣に立つエリーラ嬢の、禍々しい計画の内である。
彼女は聖女の地位と愛らしい容姿を利用して、シルフィの婚約者であるはずのノトス王子をはじめ、学園内で有力な貴族の嫡男たちに取り入り、シルフィを断罪して自らが国を牛耳る準備を進めていたのだ。

無論、シルフィもただ指をくわえて見ていたわけではなかった。
エリーラの暗躍の証拠を押さえ、己の名誉を守り、彼女の邪悪さを白日の元に晒そうと試みたことも1度や2度では無い。
しかし、まるでシルフィの動きが先読みされているかのように何故か全ての行動が裏目に出た。
シルフィはエリーラによって巧妙な手口で冤罪や悪評を立てられ続け、徐々に学園内で孤立していった。
残った数少ない心許せる者たちにもエリーラの手が回り、全員が全員とも半ば強引に、あらかじめ会場から遠く引き離されている。
シルフィウム公爵令嬢は今日、この場所に足を運んだ時点で既に破滅が確定していたのだ。

罠を察知していて尚もパーティーを欠席しなかったのは、彼女の中に貴族女性の鑑となるべくして今まで生きてきた矜恃と、婚約者ノトス王子への僅かな期待が残っていたからである。

「ノトス殿下…、殿下はその令嬢に騙されております!聖女の力は本物かもしれませんが、その心根はどんな魔女より恐ろしい!」

「ノトス様ぁ…!」

「ええい、見下げ果てたぞシルフィウム!聖女の清らかな心を疑うなど言語道断!貴様こそ魔女と呼ぶに相応しい!」

怯えたふりをしてさらに身を寄せるエリーラの肩を王子が引き寄せ、彼女の顔が王子の胸に埋まる。
しかしシルフィは見逃さなかった。
2人が立っている大階段の踊り場には同じく大きな全面鏡がある。

――まだ幼い私と王子が、淡い愛を誓いあった思い出の場所でもあったのだけど…

王子に抱かれ広間に背を向けたエリーラは、自然と全面鏡を正面に見すえる形となる。
王子の体に隠れ口元しか見えなかったが、鏡に映った彼女はたしかにシルフィのことを嗤っていた。

「こ…の……っ、恥を知りなさい!!」

気づけば淑女らしからぬ怒声と同時に、みっともなく階段を駆け上がっていた。
――恥を知るのはわたくし自身の方よ、優雅にカーテシーのひとつでもして大人しく兵士に連行されていれば良かったのに…
と彼女は頭では思いつつ、今世で初めて感じる激情に突き動かされ、無策のまま踊り場の2人を目指す。

「きゃ…!」

「……見苦しい」

(剣音)

王子が腰に差していた剣を一閃振るった。
それは、シルフィの胸をドレスごと切り裂き元々深紅だった生地に更なる朱を挿した。
酷くゆっくりと視界が流れていく中で、見知らぬ国の景色が走馬灯としてシルフィの脳裏に連なり、今まで聞いたこともない単語たちが突如彼女の頭の中になだれ込んだ。

【『乙女ゲーム』、『悪役令嬢』、『断罪エンド』、『転生者』】

(階段を転げ落ちる音)

遠くで悲鳴があがった。大階段のふもと、仰向けに倒れたシルフィの体はぴくりとも動かない。早くも光を失いつつある彼女の瞳には、険しい顔をして剣を構える王子と、その背中に寄り添う聖女の姿。

――あぁ…これ、前世でスチル見たヤツじゃん…エリーラの勝ち誇った表情だけは違うけど。

――あーあ、ホントにわたし、別に何も悪いことしてないんだけどな…。

「悪役令嬢のどんでん返しなんて…、やっぱありえないんだね…」

最期にシルフィの頭に浮かんだものは、皮肉にも「TRUE END」の文字だった。

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「やったー!久々にお義母様に勝てたわ!」

「そりゃあせっかくの前世の記憶も、あんな今際の際に思い出してたら意味無いさ」

「だってここ最近はヒロインが負け越しだったのですもの!
いくら悪役令嬢ブームだからってお義母様ばっかりずるいわ!」

「だからって、片一方だけ最後の最後まで前世の記憶を思い出させなかったのは流石にやりすぎだったと思うね」

「そうかしら?
でもあのシルフィ?でしたっけ?彼女も前世を思い出せないなりにも、もう少し上手くやれてたはずだと思いますわ」

「そうだねぇ、今回の娘は善良さもしたたかさも、どっちをとっても中途半端で使えなかったねぇ」

「その点、こちらのエリーラは素晴らしかったですわ!前世の記憶を思い出して仕組みを理解した途端に、まるでチェスみたいにシルフィを追い詰めていって!」

「あの娘の方がよっぽどヴィラネスだったよまったく。
今度は前世を思い出すタイミングを少しは調整させてくれないかい?次もここまで一方的だとゲームにならないだろう、なぁ白雪姫?」

「んー、確かにそうですけど…。
ねぇ鏡さん!今の私達の戦績を教えてくださる?」

――5万飛んで723戦中、白雪姫様が2万4282勝、お妃様が2万1907勝、引き分けが4534戦で、内3750件が両者和解、784件が両者死亡です。

「ほぅら、勝ち越してるんだからいいじゃないか」

「でも最近の悪役令嬢ものって凄いんですのよ!とにかく量が!油断してるとすぐに逆転されてしまうわ!」

「そのくらいの方が張合いがあるだろう?そもそもその悪役令嬢ものってやつが増えてるのだって、元はと言えばあたしらが細工したからじゃないか」

「それはそうですけれど!
だって、わたくしとお義母様の代からはじまったヒロインとヴィラネスの抗争も、数世紀もの間ずうっと勝ち続けてばかりでつまらなかったんですもの!
…でもいい勝負になったらなったで、こんなこと初めてだから戸惑ってしまうわ?」

「…その傲慢さがお前がヒロインたる所以だと思うよ、白雪姫よ。
それなら次はどうしようか?あえて引き分けでも狙ってみるかい?」

「そんな!少なくとも和解は興ざめだわ!お義母様はそう思わないの?」

「そこの部分だけは気が合うねぇ。
じゃあやっぱり、それなりに強欲で狡猾な気質の娘を探そうか」

「そうしましょう!
鏡よ鏡よ鏡さん?今の話は聞いてたわよね?次のヒロインにふさわしい子はだぁれ??」
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